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差別は分断を生む

 自民党所属の参議院議員であり、政調会長代理である西田昌司氏は、LGBT理解増進法に対して「差別の禁止や法的な措置を強化すると、一見よさそうに見えても人権侵害など逆の問題が出てくる。社会が分断されないような形で党内議論をしていきたい」と発言した(1)。この発言は、LGBTについて「見るのも嫌だ。隣に住んでいたら嫌だ」などと総理大臣秘書官が発言した件により、与党である自民党内でLGBTに関する法案議論が再度始まったことに対する反応である(2)。LGBT理解増進法は、超党派の議員連盟(※1)が法案成立を目指していたが、自民党の一部の議員が反対したことで、閣法(※2)として国会に提出できなかったという経緯がある。なお、LGBT理解増進法とLGBT差別解消法という二つの法案があるが、その説明は以下の「差別に言及した法律について」を見てほしい。

※1 特定のテーマについての法案成立を目指すための複数の政党の国会議員の集まり。多くの場合、与党議員が参加することで閣法として国会へ提出しようとする。
※2 内閣が国会に提出する法案。与党が事前に承認しているので、国会で成立する可能性が高い。

 この発言の是非・問題点について議論し、LGBTの差別に関する法案の重要性と適切性について説明したい。

発言の是非

 差別を禁止する法令が成立すると、それにより何かしらの理由で社会が分断されるという発言には、全く理由がない。それについて、日本国内での差別に関する法令や海外でのLGBTに関する法令を紹介することで説明する。

 日本では、2016年に差別に言及した三つの有名な法令が成立した。「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進に関する法律」、「部落差別の解消の推進に関する法律」である。それぞれ、障害者、海外出身者、部落出身者に対する差別に関する法律だ。これらの法令の中では、「不当な差別的取扱いをすることにより、障害者の権利利益を侵害してはならない」、「不当な差別的言動は許されない」といった明確に差別という言葉を使い、それを禁ずる趣旨の文言を入れている。また、ヨーロッパの民主主義国を中心としてLGBTに対する差別を禁止する趣旨の法令が各国で作られている(3)。
 このように、差別やLGBTに言及した法令は、日本国内外に数多く存在する。そして、これらの地域において法令の成立によって社会の分断が深まったということは確認されていない。

 実際に、発言のような悪影響が発生した事例は無いので、もし社会が分断してしまうという悪影響があると思うのであれば、それがどのように起こるのか丁寧に説明する必要がある。しかし、西田議員の発言には、どのように人権侵害が起こり、社会が分断されうるのか、という説明がない。そのため、LGBT法案を成立させるべきとする意見への反論として成り立っていない。

 野党が成立を目指す「LGBT差別解消法」やLGBT法連合会が提言する「LGBT差別禁止法」は、すでに可決された差別に関する法令と同じ枠組みが用いられている(4)(5)。罰則についても、公的機関で責任のある者に対してのみ課される形になっており、表現の自由との兼ね合いを踏まえた、他の法令と同じ対応となっている。

 西田議員は、差別禁止の規定によって社会の分断すると言う。差別は、他者を理由なく区別することで、その対象を精神的・物質的に苦しめる。それだけでなく、固定概念を持って接したり、そもそも意思疎通を拒否することで、ディスコミュニケーションにつながる。分断とは、特定の集団間において適切な議論や対話が行われないこと(ディスコミュニケーション)が原因である。このように、差別が存在することで社会の分断が生まれやすい。その点、差別は許されないという理念を法に基づいて主張できれば、より積極的なコミュニケーションが促されるはずである。このことを、憲法学者であるフィスは「沈黙効果」という言葉で説明する。差別的言動を法的に禁止することに対しては、表現の自由を過度に制限することになるため危険であり、言論によって対抗するべきであるという反論がされることがある。それに対し、フィスは差別的言動はその対象となる者を萎縮させ、言論による反論を実質的に困難にするという反論をした。この「沈黙効果」は、差別の対象となった者の表現の自由を縛るだけでなく、多様な意見を出づらくさせることで民主主義を閉塞させるような結果につながるのだ(6)。

 また、LGBTの差別を禁止する法案は、他の差別に関する法令がそうであるように、一般国民に何かしらの罰則を設けるものではなく、差別を許さないという理念を主張するためのものである。よって、法令それ自体が、差別的行為をした者を直ちに社会的に排除したり、ましてや社会を分断することは起こらないのだ。この点については、「差別に言及した法律について」で詳しく説明する。

 それに付言すると、差別発言をした総理大臣秘書官は、すぐに更迭させるのではなく、公の場で話し合うなどのコミュニケーションを取ったのちに処遇を決めるべきだったと考える。

発言の問題点

 前述したように、日本には三つの差別解消を目指す法令がある。そして、これらの法令は全て満場一致で可決されており、西田氏も参議院で賛成票を投じている。これらの差別解消を目指す法令は、ただ障害者や海外出身者、部落出身者に対する差別だけを解消しようとするものではない。あらゆる差別を根絶させるための手段として、特に当時問題視されていた差別問題に対する立法を行ったのである。あらゆる差別は社会的に認めらないという共通認識に基づいて立法されたはずであるが、今回の発言を見ると、西田氏はその点を理解しておらず、差別問題の現状を軽視しているように見える。私たちの社会は、他人の存在を尊重し合うことで成り立っている。家の外に出ると、もしくは自分の部屋を出ると、理由もなく罵声を浴びせられたり、存在しないかのように扱われたり、暴力を振るわれたりする社会で、誰が生きやすいと感じるだろうか。今まで、私たちの社会は一部の人々へ差別的行為を行い、自由で平等な生活を奪ってきた。そして、それは差別を実際に何かしらの形で行った人だけでなく、それを見て見ぬふりをしてきた私たちにも原因がある。差別を受けた人全員への想像力を持ち、差別的行為を文化的・制度的に社会全体で行ってきたことに対する反省をしなければならない。そして、差別を禁止する趣旨の法令があることは、そういった理念を文字で残すことができる強力な手段なのである。

 そして、日本では1996年まで優生保護法という、「不良な子孫の出生を防止する」という目的のもと、障害者の去勢手術を強制的に行うことを行政に認める法律が存在した(6)。また、法務省が2017年に発表した「外国人住民調査報告書」では、41.2%が日本人の保証人がいないことを理由に入居を断られ、25.0%が外国人であることを理由に就職を断られたと回答している(7)。同性婚はいまだに認められていない。少し前まで、差別という概念すら社会全体で認識されていなかったし、今も差別は全く終わっていない。このような状況において、国会議員という権威ある立場から、差別禁止が分断を生むという発言をすることは、差別的行為を正当化するような影響を与える可能性がある。

 西田氏の発言は、差別という問題を軽視し、自分の発言が当事者にどういう影響を持ちうるのか、という想像力が欠けていたことで生まれたものだ。憲法14条は、「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。」と明記している。この文言が、どのような背景で、どのような当事者の苦しみに基づいて作られたものなのか、私たちは差別問題を考えるために想像力を働かせなければならない。

差別に言及した法律について

 LGBT法案が成立すると、どういった影響力を持ちうるだろうか。以下で説明したい。

 まず、差別に言及した法律ができれば、行政に具体的にその差別に取り組む責任が生じるための組織が作られたり、政策が実施されることになる。例えば、LGBT法連合会の「LGBT差別禁止法」であれば、LGBTであることを理由としていじめの予防、ケア・雇用時の差別の禁止・差別による自殺への対策などが行われることが示されている。法律ができることで省庁や地方自治体による実態調査が行われやすくなることもメリットである。

 また、差別は許されないとする法律が成立することは、意識面への影響力も持つ。言論の自由を制限することは、他の自由を制限することに比べて危険性が大きいため、直接的に規制することは難しい。そのため、現在議論されている法案も、差別的言動に対して罰則を定めるものではなく、規範を示す理念法という形式になっている。そのため、現在議論されている法案は、規制手段ではなく、記者会見やキャンペーンのような政府が意見を主張するための手段なのである(9)。権威ある政府という主体が、社会に対して主張を発することは、社会全体の議論を促進したり、あるべき姿を示す指針となるような効果を持つ。社会のあるべき姿が示されれば、文化的なものや無意識的なものも多い差別を無くしていくことができるのだ。
 さらに、裁判や国会審議における法解釈に影響を与えることにもなる。上述のように、法律自体が差別的言動に対して罰則を設けるものではないため、差別的言動が違法とされるとか、差別的言動を行った者を取り締まる法律を作られるといったことが起きるわけではない。しかし、細かな文言や表現方法が重要な法律問題において、LGBT差別に具体的に言及した法律が作られれば、より積極的に差別問題に取り組むきっかけとすることができるのだ。

 法律の内容を議論する中では、他の権利との比較考量は必要になるものの、こういった影響力を最大化できるような内容とすることが求められる。今回の発言のような、中身がなく、当事者を苦しめるだけの言葉に惑わされず、真っ当な法律が成立することを願う。

 なお、LGBT法案には、与党の「LGBT理解増進法」、野党の「LGBT差別解消法」、LGBT法連合会の「LGBT差別禁止法」と呼ばれる三つの法案が存在するが、自分は「LGBT差別解消法」が成立すべきだと考える。今までの法案も全て、「●●差別解消法」という名前で成立しており、それ以外の名称になれば、他の差別に言及した法律との違いが法的解釈に影響しうるためだ。例えば、「LGBT理解増進法」という他の法律に比べて表現の弱い法律になれば、国会・行政・司法などの対応が弱まってしまう可能性がある。法的解釈とは、それだけ繊細なものである。そして、そのリスクを取る意味は全くない。どの差別も同等に認められないものであるため、他の法律と同じ名称であることが肝要である。

参考文献

(1) 産経新聞「自民・西田氏『差別禁止は分断生む』LGBT法案」(最終閲覧:2023年2月9日)

(2) NHK「岸田首相 同性婚『見るのも嫌だ』などと発言の荒井秘書官 更迭」(最終閲覧:2023年2月9日)

(3) プライドハウス東京「『差別禁止法』に関する世界各国の法整備」(最終閲覧:2023年2月9日)

(4) 立憲民主党「性的指向又は性自認を理由とする差別の解消等の推進に関する法律案」2022年6月8日国会提出。

(5) LGBT法連合会「法律に対する考え方」

(6) 吉原祐樹「憎悪表現の『沈黙効果』 -オーウェン・M・フィスの所説を素材として-」

(7) 衆議院「第002回国会 制定法律の一覧」

(8) 法務省「外国人住民調査報告書」2017年、22,28頁。

(9) 人事院「国家公務員制度に関する勉強会 曽我部委員提出資料」令和4年10月28日(金)


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