もしも、こんな奴がいたら【第15話 人生の終電】
一度、語っただけで相手のことをわかった気になってはいけない。
サクラは学生時代、ある一人の友だちと出会った。今日は、その友だち「いっちー」に対するサクラの気持ちを書く。できるだけ丁寧に書きたい。失礼のない文章を書くんだ。いっちーの人生を分かった気にならないように。
いっちーに書いていいか許可を貰った。いっちーは「もちろん!」と即答してくれた。ありがとうすぎる。この文章で誰かの心を絶対動かすからね。いや違う。ここに、いっちーの足跡を残すんだ。
何を普通と呼ぶのか。毎日、三食の飯を食って寝る。子どもの頃には、義務教育を受けて毎日部活をする。社会人になったら毎日出社して金を稼ぐ。親を安心させるために結婚して家庭を持つ。こういうのを普通って呼ぶのか?
「普通の人生」なんて簡単に言うんじゃねぇぞ。サクラ。
中学1年生の時、いっちーは悪魔に取り憑かれた。自分の悪口を言う悪魔もいたし、それをいっちーに告げ口する悪魔もいた。なんだか、ずっと悪口を言われているような気がした。
朝、目が覚めると布団から起き上がれない自分に驚いた。足が動かなくて学校へ行けなかった。それから学校へ行かない日々が続いた。学校へ行かないんじゃない。行けないんだ。だって悪魔がいるのだから。
学校へ行けなくても、勉強はしていた。個別指導の塾へ行ったり、優しい友だちが宿題を学校から届けてくれたりした。そんな日々が続いた。
~中学3年生~
宿題を届けてくれる友だちのおかげで、時々学校へ行けるようになった。保健室登校だったが、これはいっちーにとっては大進歩。部活動も始めた。美術部に入った。いっちーは絵を描くことや、優しい友だちに救われて、少しずつ前向きな気持ちになってきた。
いよいよ進路を考える時期になった。美術部の先生が、いっちーのことを真剣に考えてくれて、いっちーにぴったりな高校を紹介してくれた。あの優しい友だちも応援してくれた。
高校へ無事合格。学校へ毎日通った皆勤賞なんていらねぇよ。
~数年後~
いっちーは夢を叶えた。高校を卒業し、目指していた資格の取れる大学に入学した。そして大学も無事に卒業。ずっとなりたかった職業に就くことができた。少し停車時間の長い駅に停まっていたんだ。そして、その電車は再び走り出した。
いっちーの人生は、いっちーにしか語れない。いっちーは言う。自分と同じような境遇の人に伝えたいと。いつになるかは分からないけれど、人は必ず暗闇から抜け出せると。どんなに踠き苦しんでも、必ず明日は来るのだと。
サクラは、いっちーの気持ちを聴いて泣いた。「きっと大丈夫」「なんとかなる」なんて綺麗事を言ったら失礼だと思っていた。確かに、上辺の言葉で言ったら失礼だ。でも本心で言えば、それは綺麗事ではなくなる。失礼な言葉ではなくなるのだ。
人生には終電なんて存在しない。ずっと同じ電車に乗り続ける必要もない。何度も乗り換えていい。何度も何度も乗り換えていい。時には長く駅に停車するかもしれない。けれど、また走り出す。人生はそういうものであってほしいとサクラは願う。
今、泥沼の海にいるどこかのあなたへ。いつ電車が走り出すか分からないあなたへ。いつか沖に上がれるから走り続けてなんて言いません。すぐに電車が走り出すからね、なんて言いません。あなたを救いたいなんて綺麗事も言いません。どこかのあなたが、もしこの文章を読んでくれたていたら心から感謝します。届いていたら嬉しいです。それだけです。
泥沼の海を、踠いて走っている人がいる。いつ発車するか分からない電車が走り出すのを待っている人がいる。このことを今日も明日も、ずっと忘れないで生きる。サクラにできることは、そのくらいしかない。
私には、サクラを見守ることしかできないけれど、サクラはこの気持ちをずっと忘れないよ。だから安心して生きていってね。
あなたにも、あなたを見守る妖精がいます。きっと、今日もあなたを見守っているはずです。
いつか、あなたに届きますように。
そして、あなたの素晴らしさが世界中のみんなに伝わりますように。
私の心の陽射しへ感謝を込めて。