毎月短歌13 自選部門 選歌評

〈金賞〉


鏡面に写った僕のTシャツのゆるむ首元から梅雨が来る/てと

 良い短歌ですね。ちょっと難解というか、シュルレアリスム的な雰囲気もあって、けれども結句の飛躍には非常に納得感があります。理屈ではなく感覚として、鏡に写る自分というシチュエーションとTシャツのゆるむ首元というアイテムが「梅雨」の訪れに対する言語的な説得力があるんですよね。読めば読むほど味の出てくる短歌です。この発想力というか、これが「歌として成り立つ」として詠んだ一首に対するバランス感覚がすばらしいと思います。

〈銀賞〉


みずいろはそらいろ きみの映らない水面のなんと凪いでいること/短歌パンダ

 挽歌という読み方をするべきでしょうか。それ以外の読み方もできそうですが、「きみ」の喪失を詠んだ歌として捉えられます。句割れを用いたリズムが印象的ですね。凪いだ水面に映る空の色が視覚的にあざやかで、映らない「きみ」の姿を逆説的に引き立てます。その主体の静かな悲しみを想いました。

〈銅賞〉


心臓の裏に燃えやすい箇所があり見抜いた者のみ火をつけられる/叭居

 かっこいい短歌ですよね。どことなくハードボイルドな感じがあって、とても雰囲気があります。“かっこよさ”というのは、個人的に短歌にとって重要な要素だと考えています。昨今、短歌においては共感性みたいなものを重視されがちなんですけど、こういうまっこうから言葉の“かっこよさ”に向き合った歌というのは評価されてほしいと思っています。

〈佳作十首〉


摩天楼、削がれた神の脳が降る 狂《たぶ》れてふたり 舞いゆけ舞えよ/妄想機械零零號

 神話めいた舞台と古語からどこかゲームを思わせるような独自の世界観を生み出しています。字空けを持ちいた表記と韻律が一首に緊張感を保たせていますね。

公園で謝罪の電話をしていたら知らない人にキャラメルもらった/藤瀬こうたろー

 身に降りかかる理不尽な情けなさと不意の(ちょっと不可解な)優しさが一個のものがたりとして成立して、読んでいて思わず笑顔になってしまう歌です。

永遠なる刹那の琥珀に囚われて So it goes. 夢の傷痕/有野 安津

 カート・ヴォネガットの名作SF「スローターハウス5」を下敷きにした一首ですね。印象的な場面の切り取りに終始しているように見えるのが惜しいですが、題材と言葉の組み合わせは素敵だと感じます。

火の上で硬直していく筋肉も草原を駆けていた時あり/ZENMI

 「筋肉」の一語が訊いていますね。言葉の言い換えによって一首の異化を狙うのはよくあるレトリックなのですが、それがきちんと効果的に働いていてなにげない焼肉の場面がおもしろい歌になっています。

マジっすか馬で高速ダメっすか下道行くのダルくないっすか/汐留ライス

 軽やかな口語の、なんだ、この内容。どういう会話なのかと笑ってしまって、笑ってしまったからには取り上げなくては思いました。ちなみに馬は法律上、軽車両という扱いになるのでたしかに高速道路は走れません。ダルくても下道を行きましょう。

路地裏にビールケースを積み上げてそれでも届かぬ月を見上げる/宇井モナミ

 視覚的というか、演劇のワンカットのようなおもむきのある一首ですね。ビールケースと月の取り合わせが、わびしさと美しさを感じさせます。

ああきっといい夏だった 絵日記でその身を終える青いクレヨン/あひる隊長

 技巧的な歌です。シーンの切り取りも語の選択も過不足がなく、さわやかな読後感もあって、すごく褒めどころの多い一首です。

存在を確かめるよう青痣をわざと触るタイプの人間/ひなとと。

 あー、なんかわかるわかる。そういうタイプのひとっていますよね。気持ちは分かります。触って「痛いなあ」とか言っちゃうんですよね。そうやって青痣と、そして自分自身の存在は確かめているようなひと。

生き方を教えてほしい猫もいてそいつはたぶん優しい猫だ/ゆひ

 優しい猫ですね。そしてかわいい猫ですね。でも、たぶん、これは猫だけの歌じゃないんだろうなぁ、と思います。猫自体がかわいいんで、猫短歌はそれだけでちょっとずるさがあるんですけど、そんなことはともかく猫はかわいいですね。

正しいことだけをしてきたなんて君 空を見ていただけじゃあないか/琴里梨央

 批判のようで、あるいは皮肉のようで、そんな「君」に主体がどこか羨ましさを感じているように見えるのは、もしかしたら穿ちすぎた読み方かもしれません。けど、空を見ていただけ、そんなありかたで正しさを主張されたら、何も言えなくなってしまいますね。

〈特別賞〉


全員が盆踊りだと思ってたそこに邪神が現れるまで/汐留ライス

最後に特別賞を一首。佳作のほうでも歌をあげさせてもらった汐留ライスさんの作品ですが、こちらも思わず「なんでやねん!」と突っ込んでしまい、突っ込んでしまったからには取り上げねばならないだろうと思いました。でも、なんだろう、ありえないはずのことなんだけど、ただ荒唐無稽なだけじゃなくて、なんとなく盆踊りで邪神ってありえるかもしれない、と思わせてしまうようなチョイスがうまいです。


【選歌後記】
 こんにちは。はじめましての方ははじめまして。このたび毎月短歌13の口語自選部門の選者を承りました宮本背水と申します。
 担当した部門が自選だけあって、作者にとっても自信作ばかりだったのでしょう、ここに掲載していない歌もよい歌が多かったです。三百首近くの応募があったその中から、どの歌をどのように選ぶのかというのは非常に難しかったのですが、そこはもう、完全にわたしの独断と偏見で選歌しました。
 もちろん独断と偏見にまみれた選歌だからこそわたしにとっての胸を張って良い歌と言えるものをチョイスしましたが、ここで選ばれなかったからといって、それがダメな歌というわけではありません。別の選者であれば、また別の選歌になったことでしょう。
 私自身、今回の選歌、また評をするにあたって、非常に勉強になることばかりでした。
 また良い短歌をたくさん読ませてください。
 レッツエンジョイ短歌!

(宮本背水)
 


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