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いつか、きっと忘れてしまう

ひと雨ごとに寒さがゆっくり深まって、木々があったかく色付いていく、この季節が好きだ。秋の木漏れ日は、わたあめを焦がしたみたいな、プリンのカラメルみたいな、甘い香り。

落ち葉は気づいたときには既に落ち葉で、不思議だなぁと思う。そういえば少し前、金木犀のときもそうだった。その香りはいつも急にやってくる。恋みたいだと思った。

あと数センチの距離を、彼のためではなく私が傷つかないために、そっと遠ざけた日を。好きな気持ちに私自身が気づいてしまうことを恐れて、その手を繋げなかった夜を。

交差点で信号を待つ間せめてもう少しだけ赤でいてくれることを願ったいつかの帰り道を。「またね」と言いかけたときの、ささやかなハグを。別れた後のさみしさに似た安堵を。

いつか、きっと忘れてしまう。

わたしたちは忙しいし、些細なできごと一つ一つを、すべて抱えられるほど器用じゃない。でも、だからこそ、気づいたときには立ち止まって、ちゃんとざわざわを感じて、心の「今」を受け止めたい。そしてぎゅっと言葉にして記録しておきたいと思うのだ。

過ぎゆく季節の狭間で、金木犀の香りとともに、凛とした冬の空気とともに、いつか思い出せるように。


p.s.
秋に書きはじめたのに、迷ったり悩んだりしながら書いては消しまた書いては消し…をしてたら、気づけば冬になってました。

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