はなちゃんの「パァァ……!!」
下北沢は犬にやさしい街だと思う。
駅から10分ほど歩いたとこにある緑道は、お散歩に最適だし(運がいいとカメに会えるよ)、
商店街にはドックサロンやペットOKのカフェもある。
なによりいいなぁと思うのは、ペット可とうたっていなくても、「テラスならいいですよ〜」なんていうお店が意外と多いところ。
そういう雑多で寛容なとこ、だいすきだ。
そんなわけで、週末はだいたいスンスン(犬)と一緒に下北沢にいる。
緑道を散歩し、こはぜ珈琲(店主がほのぼの)のテラスかVIZZ(この時期はラムチャイがおすすめ)でお茶するのが日課。
さて、とある日曜日。
その日はどちらのお店も満席で、下北沢ケージという高架下の屋外広場に流れ着く。
気持ちのいい秋晴れ。
空が高く突き抜けている。
いつものように本を読んで過ごしていると、なにか視線を感じ…顔を上げると、女の子と目があった。2歳くらいかな。ぴょんとしたポニーテールに小花柄模様のワンピース。
あいさつの代わりに、にこっとしてみせると、女の子は、困ったような恥ずかしいともとれるような、あるいはその両方みたいな表情になって、向こうを向いてしまった。
あらら、残念。
そして数ページ読み進めたところでまた気配を感じ、見るとさっきの女の子。
パパの手をひっぱりながら、こちらに向かって歩いてくる。
視線の先にはスンスン。
そうか犬が気になっていたのね。
「こんにちわ」と言うと、
「はなちゃん」と女の子。
名前を教えてくれたらしい。
そのまま、スンスンにトコトコ近づいていくはなちゃん。
しかし、スンスンまであと2歩と半分まできたところで、ぴたっと止まってしまった。
しばらくして、今度はスンスンのまわりをぐるぐる回り出す。2歩半の距離をきっちり保ちながら。
時々その場にしゃがんで、片手を伸ばしたり引っ込めたりもしている。
触りたいけど、ちょっぴり怖い。
スンスンとの距離を慎重にはかっている。
スンスンはというと、しっぽをそよそよ振って、はなちゃんが手を伸ばすタイミングに合わせて、前足をバンザイ(“あそぼ!”のポーズ)させているのだけど、おそらくこのバンザイが、はなちゃんを都度びっくりさせてしまっていたのだろうな…。
そんな二人(正確には一人と一匹)を見守るわたしとパパ。
スンスンを抱き抱えて“触らせてあげる”ってことをしてもよかったのだけど、パパののんびりした雰囲気もあって、この場ははなちゃんとスンスンに任せてみることにした。
こういう場面のパパママって「ほら、触ってごらん」「怖くないよ」みたいなコミュニケーションになることが多くって、だからなんだか新鮮でもあった。
で、はなちゃんはこの後どうしたかというとね…
3歩進んで3歩下がっちゃうくらいのペースで、スンスンとの距離を少しずつ縮めていって、
スンスンが飽きてか疲れてか、とにかくはしゃがなくなるまで待ってから、
後ろ側にそーっとまわって、やっとこさで背中を撫でたの。
その瞬間の、はなちゃんの「パァァ………!!」っという顔ときたら。
見ると、パパもおんなじ顔をしてるじゃないの。思わず笑ってしまったよ。
たまたま広場で出会っただけの、通りすがりの親子だけれど、なんというかこの光景を忘れずにとっておきたい気持ちになった。
とってもとっても豊かな時間。
吉本ばななが、あるエッセイの中でこんなことを言っていた。
とことん相手に合わせてみたり、ゆずってみたり、無駄な時間と思われる時間を過ごしてみることでしか、思い出の塊はできなように思う。
わたしはこの一節がすごく気に入っているのだけど、この日のことも思い出の塊になるかしら。
相手の歩幅と目線にあわせてものを見たり聞いたりすること。
無駄を楽しむこと。
慌ただしく過ぎていく日々の中で、少しでもそういう時間をもてたらいいな、と思う。
たとえそこに発見があってもなくてもね。
はなちゃん、またどこかで会えるといいな。