ずっと脳の中が揺さぶられているかのような錯覚を覚えたのは久しぶりのことで、上体を起こすと私は半裸だった。隣で背を向けて肩甲骨を剥き出しにした体格の良い男とどんな寝方をしたか覚えていない。そう、やらかしてしまったのだ。またお酒で。あれよあれよと注がれるままに飲んでいたら焼酎だの梅酒だのワインだのウイスキーだのお馴染みカクテルだのごちゃ混ぜにそれはもうパーティのように飲まされて意識がふらりとしていた所に肩を貸してくれた青年。それは覚えている。しかし顔などよく覚えておらず、視界の中
着たり脱いだり着たり脱いだり。暑さが疎らすぎて、春先はどうしていいかわからない。出会いと別れの季節と言うけれど、それも億劫で環境の変化が苦手な私にとっては苦痛でしかない。たとえ自分の環境が変わらなかったとしても、他人や世間の環境が変わることに敏感なので辛くなる。
窓を開けた。つん、と昨晩雨が降ったことを知らせる嫌な匂いが鼻をついた。ベランダに出ると一階から見えるすぐそばに、紫陽花が咲いていた。色とりどりで規則正しいその花たちの集合体が何故か気持ち悪くて、見ているだけで吐きそうだった。 朝は苦手だ。こうして目を覚まして、朝のにおいを嗅ぐだけで気分が害される。えづきそうになって、咄嗟に窓を締める。もう、見なくていい。朝は見たくない。そう思いながら、私は遮光カーテンを締めると振り返った。背後に化け物でも潜んでいるかのように、ゆっくりとした足
「大丈夫」だと言った。その一言が、彼なりの優しさなのは承知の上で気を害すものだから、苦しい。どうすれば、この肺に濁る感情を捨てられるだろうか。天井から自分を見下ろしたとして、どこから過去をやり直せば悔い改めることが出来るのだろう。 「オレは気にしてないから」 その言葉が、心底から出たもので、許してくれたのだとして、それはそれで胸が詰まって、喉にビー玉が突っかかったように何も言えないし、かといって、無理に言わせた言葉ならどう謝ればいいのだろう。謝ることすら、自身への甘さに思
好きだと思った。ただ、誰かを赦さない心を、ただ、何かに悲しむ姿を、ありのまま、ひけらかしてくれるのが、なによりの、幸運で、なにより、安心できた。その人が、どんなに悲しんでいても、必ず自分のそばを離れない。そのことが、自分を、ひどく安心させた。胸の内に、肺の中に、空気を吸い込んで出すまでの間、泣かないように、と思うばかりが、余計に目頭を熱くさせた。あの人と、あの人と、あの人と、あれと、それと、あれと、………ひとは、願望が増えるうち、手に入れたいと思うものが増えるたび、傷つくのだ
「嫌よ、つれない人。服はそのまま!早くこっちへ来て」 僕は断るべきだと思った。目の前にあるのはシャワーと浴槽のついたバスルーム。シャワーからは少量のお湯がポタポタと流れつつ、彼女はそこに居た。そう、服を着てそこに居た。僕はチェック柄のシャツに黒いスキニーを履いていた。彼女の言い分はこうだ。「服を着たまま、私のところへ来て」そんなの絶対嫌だ。服を着たまま水に浸かったことがないのか。僕はある。6歳の頃、訳も分からず川の中へ足を踏み入れて行ったらついには深い一部へ足を滑らせ、気づ
生徒たちの大半は帰り尽くしただろうか、と、もう夕刻とは言えない暗闇の空を見上げて思う。教室や学内は警備員が徘徊し、生徒が残っていないかを確認してくれるので心配要らないだろう。しかし、どうしたものか。雨が降っていた。職員室で明日の授業の資料を纏めていた頃、雨音に乗せてどの先生かが言った。「降ってきましたねぇ」と。大人になると雨は決して嬉しい気候ではない。傘が必要で片手は塞がるし、排水口の上を歩くと下手すれば革靴が滑る。車で通勤するにしろ、公共交通機関を使うにしろ、みな雨に濡れた
※BLオリジナル小説 「隅っこに置くなよ」 峻はそう言って、僕がテーブルの端に置いていた左腕のすぐ隣のグラスを指した。指差すのみで、彼はお節介を極めている人間ではない。だからグラスに手をかけることはしなかった。僕はそれを、ああこんな光景前にもあった気がする、と思いながらグラスを中央に引き寄せた。半分ほど入った水が揺れ、水面が曖昧になる。その光景は何でもない。氷を入れていないグラスは音を立てることなく、僕と峻のちょうど真ん中に置かれた。 「それで、話ってなんだよ」 僕は
別記事にて掲載した、オリジナル小説fleurの解説 ※独自の解釈を広げたい方は見ないでください。 ※本編を読んで、あまり意味がわからなかった人、真相が知りたい人は読むことをお勧めします。 もともと家族は4人構成。母、父、兄、弟。 母と父は自宅にて火災で死んでいる。 兄は頭がよく成績優秀で、フランスへ留学をしており家に不在。弟も出掛けており、父と母のみが家へ居た時に火災は起きた。 弟は兄と違い、何もかもが不出来なため、両親は兄をよく可愛がった。やりたいことをな
※注意 多方面への偏見、地雷が無い方の閲覧推奨 目を閉じているからと言って、目が充分に休めているとは限らない。ビタミン剤の入った目薬を目に向かって真上からひとつ、ふたつ、落としながら、ふと、そんなことが過った。寝ているからといって、良質な睡眠が取れているとは限らない。悪夢に魘されれば寝起きは酷い気分だし、そもそも夢を見ている時点で浅い眠りなのだから、良質とは言えない。硬くなった瞼に触れることすら怖かったが、そっと薬指で撫でてみた。薬指は、人の五指のうち最も力の入りにくい指
ジョーカーは多くの人からの承認が欲しかったのではないか、またその目的はラストにて果たされたのではないかと考えた。 ※映画ジョーカーのネタバレ、独自の考察と感想文 ジョーカーを見た。率直な感想は、「哀しい」「可哀想」だということ。見た後の、後味は悪くなかった。でも人によっては、後味が悪かったりそもそもジョーカーのとった行動について、納得がいかないかもしれない。でも私は、ジョーカーに少なからず同情や共感を覚えた。ただ不思議なのが、ジョーカーのことを嫌いでも好きでもないという
眩しい。朝焼けが、反射して細い光の筋を作る。カナルイヤホンを押し込んだ耳の奥、頭の方で、カチカチ、と何かのスイッチを切り替えている様な音が一定のリズムで鳴っている。あれは、何の音だ。私の部屋から鳴っている。イヤホンを片耳だけ外して、音の方を見た。誰もいない。当たり前だ。そして、昨夜同様、風が強いことに気づく。ごうごうと唸る様に風が鳴り、木々が揺れている。家の真正面に、大きな木が連なる斜面がある。そこの木が揺れているのだろう。昨年の台風のときなんか、その一本が折れて道路へ倒れて