金木犀の通学路
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結局今夜は先輩のアフターに付き合わされることになった。水商売の上下関係は厳しいのでなかなか逆らえない。特に女同士の世界はめんどくさい。
たまに行く店なので慣れていたし、メインは先輩とその相手のお客なので私は脇役だからとりあえず一番端っこの席に座った。ここで終わるまで適当に飲んでいればいいわけだ。私はカラオケが好きではないのでただ飲むだけで、店の従業員に話しかけられたら当たり障りなく話すだけ。この店は男が接客するタイプの店なので、女の客が多い。私はこのタイプの店は本来苦手で、プライベートだったら絶対行かないだろう。だけどこうやって、生きて動いていれば色々な経験はするものだ。良くも悪くも、生きて動くってそういうことだ。
「茜ちゃん、そんなこと言っちゃダメー」
店の男の子(って言っても店長みたいな)と話してるときに、なんで彼氏作らないの?的な話をしていて、私が「今は彼氏作るぐらいならセフレ作る方がいいわ」と言ったらそう言われた。もちろんここが自分の働く店だったら逆の返事をしたけれど、ここは逆の店と立場なので本心を答えたまでだ。特に彼はよく会う同じ業界の人間なのだから遠慮はいらない。
「あなたも同じようなものでしょ」と私は笑った。彼はちょっと真面目な顔になり「うーん」と言った後「ちょっと違うかもね」と言った。
この仕事は男も女もある特殊なところが歪むのだ。強くなければ奪われる、何か大事な感覚のようなものをすり減らしながら生き残らないといけない場所。だから少しだけ共通認識みたいなものは伝わったけど、でも微妙な感覚はもちろん個人で違うだろうから、彼はそれを言ってるのだろう。
彼とはその後驚くことにそういう関係になってしまうのだけど、それはまた別の話だ。結果的に付き合わなかったし、好きにならなかった。私は距離を近づけようとしなかった。今思えば彼は優しく、今思えば若い割にしっかりとしていた人だった。私は彼を理解しようとさえしなかった。彼はいつも自分から会いに来てくれていたのに。「今度一緒に買い物に行かない?」と誘われたとき私の返事は「セフレなのにそれ以外でも会うの?」と返事した。彼の返事はなかった。私が水商売を辞めるとき「また次のセフレ探してね」と言ったら「そういう簡単なものじゃない」と彼は答えた。でもそれももう取り返しのつかないことで、それもまた、たいしたことではないのかもしれない。そしてそれはもちろん、彼にとっても忘れるような些細な関係だったかもしれない。ずっと後になって、彼が今も元気にきちんとした生き方をしている大人になっていることを知って少し嬉しかった。会いたいとかは思わないけど。