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どこの台所にもある名前のない神話

台所に立つ。腹が減ったからだ。スーパーに行く気持ちにもなれないし、家にあるもので何かを作ろう。フライパンをコンロに乗せる。火はとろ火。熱くなり過ぎるうちに、油をいれ、クミン、コリアンダー。カゴの奥底でしなびていたニンニクを手に取る。内側が黒くなっているものもある。ざっと洗って、みじん切り。フライパンに投入する。タマネギもカゴから取り出す。これも一体いつ購入したものだろう。皮をむくとツヤツヤしていて、まだ新鮮なようにも見える。こんな自分では、野菜の目利きなど到底できないだろう。かといって、そうやって新鮮だと騙すことで、自分の気持ちをピカピカに磨くことができる。これもみじん切りにする。ざくり。ざくり。包丁は研いだ方が良さそうだ。かといって、この分厚い感触が嫌いなわけでもない。

この料理にゴールはない。目についたものを、やりすぎない程度にフライパンに放り込む。油でクミンを炒めて、そこにタマネギを加えたら、もう美味しい体。そこにどんな食材を入れたって、いくつかのスパイスと、最後塩で調味すればいい感じになる。たとえ、その料理の名前が不明だからといって、それが必ずしも不出来な料理というわけではない。まだ、名前を与えられていないだけだ。詠みひと知らずのたくさんの和歌があるように、料理にも生み出されることに注力されたものがある。玉ねぎがしんなりして、メイラード反応で色がきつね色に近づいて行く。

気分も上がって、ぽんぽんと、食材を入れて行く。韃靼そば茶を入れる。これはカリカリして小さなおせんべいみたいで美味しい。天然ルチンも豊富で健康にもいい。まったりした玉ねぎにカリカリが加わったら、いい食味のアクセントになる。さらに、レーズンも投入。干物も投入。ここにトマト缶を少々入れたら、アジの干物カレーみたいになるだろうな、と思いながら、目の前の、茶色い料理を米に載っけて食べた。美味し過ぎるということは起こらなかったが、これはこれで悪くない。一体どこの料理なんだろう。レーズンとクミンと干物。そこに韃靼そば茶のカリカリと、ネチャネチャの玉ねぎ。何かソースのベースにしたら良さそうな。干物とそれ以外は別にして、その別を皿の下に、その上に干物を載っけて、ピクルスを添えた料理はベトナムとかでありそう。しかし、そこに韃靼そば茶が加わることで、一気に謎さが増す。今日も台所で、名前のつかない神話を作った。

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