帰り道
引っ越してくる前は、都内まで2時間半かかる場所に住んでいた。2時間半の特別な帰り道。行きよりも帰りのほうが眠くなくて、止まらない指先に言葉を乗せながら線路の音を聞くことがたまらなく好きだった。
近くも、遠すぎもしない私の家。そこに帰るまで、メモを見ながら舞台のこと、ライブのことを思い出す。煌めいていた時間のことはすぐに忘れてしまうから。
引っ越してきてからは自宅に着くまでの時間があまりにも短く、感想を書き留める時間を稼ぐために寄り道をして帰るようになった。だけど、どうやら私には線路の音が必要だったようで、あまり指先は動かなかった。
だから舞台が大阪と豊橋、東京で行われることが決まり、久しぶりに2時間以上かかる電車の旅することになったときは本当に本当に嬉しい気持ちで胸がいっぱいだった。
この舞台が始まる直前、不穏なメールが届いた。センターが似合うアイドルがアイドルを辞める、そんな報せだった。あまりにも突然の発表で、それからタイムラインは重い空気が漂うようになった。文字から感じる不安の色は今も拭われていない。
「東京は思い出が多すぎて行けない」
会場に向かう新幹線の中で、そのアイドルが好きな人が呟いていたことを思い出す。
ライブや舞台の会場は、会場だけでなくその付近、道中の全てに思い出が付帯してくる。2時間半の道中が好きだったのは、この時間すら思い出にしてくれるようなライブや舞台を見せてもらったという嬉しい事実があるからだった。そうでなければ、2時間半電車に乗っているのはしんどいだけだ。
今回の舞台は、大阪公演に自担である阿達慶さんのお誕生日当日の公演があった。
本編が終わり、主演から「今日はお誕生日の人がいます」と紹介してもらった阿達慶さんは、19歳の抱負を教えてくれた。
「夢を沢山見てもらえる人になります」
「もっと大きくなります」
その公演終わりに更新されたブログでも「あなたが見たい僕の夢をたくさん描いてほしい」と書いてくれていた。
その言葉が本当に嬉しくて、隣で見ていた同担と無意識のうちに抱きしめあっていた。夢みたいなことを言って欲しい訳でもないし、無理やりな希望が欲しい訳でもないけれど、いま1番聞きたかった言葉だと思った。
1人のアイドルが辞める。それは多くの人に絶望感を植え付けた。好きなアイドルに夢を見ることを諦めようとする人が増え、悲しみが怒りに変わっていく過程を嫌というほど見かけた。「夢がない」と話されることも多くなった。
そんな中でも舞台やブログで伝えてくれたのは、まるでアスファルトに咲いた花のように、強い意思のある言葉だった。
どの土地も、どのステージも、阿達慶さんが夢を見て、私が阿達慶さんの夢を見られる場所であってほしい。あなたが夢を見続けるから、私も夢を見続けられるのだ。なんとなく夢を見ることが難しくなってしまったように感じるここ最近だけど、大好きなアイドルは「夢を描いて」と言ってくれた。今はそれだけが事実だから、思う存分夢を描きたい。
新幹線で、ブログを読みながら泣いた。東京までの約2時間半、疲れているはずなのに眠れない帰り道で、数え切れない夢を見た。
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