
月の女神と夢見る迷宮 第五十五話
敵襲

ザワッ……
急に町の空気が変わった。見回すと町のあちらこちらからゾンビたちが湧き出ている。
「何? どうしたの?」
「どうやら奴の手の者が入り込んだようだの……」
「……つけられたか」
ライトさんが悔しそうな声で呟いた。
しまった……。私たちも視られてたんだ。遠見のスキルで。
私たちがアルカスの町中を探索していた事も、店の裏の作業小屋に入った事も全て。小屋の結界は私が無力化してしまった。ここまで追ってくる事はさほど難しくはなかっただろう。
「まぁ、心配するでない。今まで何度も追い返してきたんじゃ。ゾンビたちに任せておけば問題ない……」
ルシファーはそう言ったが、私たちが敵を呼び込んでしまったという後ろめたさから、私たちは町の入り口に急いで戻る事にした。だが、そこで見たものはにわかには信じがたい光景だった。

「ターンアンデッドッ!」
「ホーリーランスッ!」
2人の魔法使いが呪文を唱えると、数十体のゾンビたちが一気に消えさった。

「ワハハハッ! 対アンデッド用の剣ならゾンビなどに遅れはとらんわっ!」
漆黒の重厚な鎧に包まれた大柄な男の戦士が、光輝くロングソードで一度に数人のゾンビを切り裂いた。

「ふんっ! 装備さえ揃えたら、ゾンビなんて怖くも何ともないのよっ!」
これもまたアンデッドに対して有効な魔法がエンチャントされた武器なのだろう。銀色の鎧に包まれた女の戦士が、白銀のショートソードでゾンビたちを切り刻んでいた。

「何とっ!?」
ルシファーの声にも焦りの色が滲む。その場に現れた冒険者達は6人。そのうち戦闘をしているのは4人のみだが、楽々とゾンビたちを殲滅している。
「アンタ達っ! 人の家を尋ねる時は礼儀正しくって教わらなかったのっ!?」
お嬢様が真っ先にブチ切れた。

「お前達、まさかゾンビ共の味方なのか?」
4人の後ろから金髪の偉丈夫が現れた。どうやら彼がこの冒険者達のリーダーであるようだった。
「いささかやり方が乱暴過ぎるのでは?」
ミズキさんも険しい顔をして言う。しかし男が横柄な態度を改める様子はない。
「我々は依頼された仕事を遂行しているだけだ」
「その依頼主って誰なのよっ!」
再びお嬢様が吼える。
「それは言えんな。依頼主の情報は明かさないのが冒険者というものだ。お前達も冒険者の端くれなら、それくらい分かっているだろう?」
「貴方達の目的は何なのっ?」
私もつい口調が激しくなってしまった。すると、今度はリーダーの影に隠れていた、盗賊風のローブを着た男がスッと前に出た。

「あの娘だぜ~、リーダー。アイツを拉致ってさっさとおさらばしようぜ、こんな所は」
こいつだ。間違いない。こいつが遠見のスキル持ち。きっと、シルヴィが私たちと一緒に行動しているのを視ていたのだ。そして、私たちが小屋の中に入った所も視ていたのに違いない。
「ふっ、そうだな。お前達、その娘をコチラに渡せ。そうすればこちらも手荒な真似はせん」
「娘って誰かしら? こっちは女の子が多いから誰のことか良く分からないわね」
お嬢様が皮肉たっぷりに言う。
「惚けるのは時間の無駄だ。そのゾンビ娘に決まっている」
リーダーの視線がシルヴィに向いた。
「この娘はもうゾンビではない。それに貴様等に渡す義理もない。とっととここから去るがよい」
ルシファーがそう言うと、リーダーは
「ならば力づくで連れて行くのみよ」
鈍い銀色をした剣を抜きながらそう言った。
「しーな……どうする……?」
ラパンがいつにもなく慎重だ。多分相手の力量を測りかねているのだろう。見た感じはかなり腕が立つように思える。しかし、数はこちらが上だ。ゾンビと私たちの両方を相手にするのは6人では……
「お前ら、対人戦はやったことがないみてぇだなぁ。隙が多いんだよっ!」
盗賊風の男がナイフを投げた。私たちがそのナイフに気を取られた隙を突いて、リーダーが切り込んで来る。狙いは……ヨシュア!?
ヨシュアが私たちのパーティーにとって、生命線であるのを知られている。その事実に私たちは浮き足立った。その隙を見逃さず、リーダーがヨシュアに迫る。
ガキンッ!
間一髪その剣を受け止めたのはライトさんだった。
「ちっ、出来る奴もいるようだな」
リーダーはそう言うと、回り込みながらライトさんの隙を覗い始めた。
「こういうのはどうよっ!」
再度盗賊風の男がナイフを投げた。しかし、それは全く的外れの場所に飛んでいく。
「と、思うじゃーん?」
男がそう言った途端、ナイフの軌道が変わった。目を凝らさなければ分からない程の細い糸が、ナイフに繫がっていた。男はそれを引いてナイフの軌道を変えたのだ。
「ぐっ……」
ナイフの切っ先がライトさんの頬を掠める。ライトさんの頬から一筋の血が流れた。
ちょっとっ! 私の推しの顔に何てことすんのよっ! 絶対許さないんだからねっ。
そう私が怒りに燃えていると、ライトさんの様子がおかしい事に気づく。何だか息が荒く、足下がフラフラし始めた。
「ヒッヒッヒッ! 即効性の毒が効いてきたようだなぁっ」
盗賊風の男がうそぶいた。
それを聞いた私は完全にブチ切れた。
「ブランシェっ!」
そう、ここはダンジョンの中だ。私の生命エネルギーが活性化している。ブランシェを呼ぶ事が出来るはずだ。彼女なら、奴等を一瞬で叩きのめす事も可能だろう。
そう思ってブランシェを呼んだのだが……何も起こらない。一向にブランシェに変身する様子のないラパンを見つめる私。その私の視線を不思議そうに見つめ返すラパン。
「なんでっ!?」
何故ブランシェは来ない? 生命エネルギーが足りないの? それとも何か別の問題でも? そこまで考えたとき、私はハッと気づいた。
今までガーディアンが現れたのは、私たちがどうしようもないピンチに陥った時だった。呼び出そうと意識して呼び出した訳じゃない。つまり……私はガーディアンの呼び出し方を知らない……?
「そんな馬鹿なっ!」
何で呼び出し方を聞いておかなかったの? そう後悔しても後の祭りだった。
私が混乱から動けないでいるうちに、事態はどんどん移り変わっていた。毒が回って動けないライトさんを庇う為に、ミズキさんがリーダーと対峙する。そしてお嬢様は盗賊風の男を追っていた。
盗賊風の男は逃げながら、お嬢様に向かってさっきのナイフを投げる。お嬢様はナイフを躱そうとして足を滑らせてしまった。その隙を突いて盗賊風の男は新たなナイフで斬りかかった。
「きゃっ!」
お嬢様の腕を男のナイフが掠めた。お嬢様の顔色が一気に青ざめ、地面に縫い止められたように動かない。マズいっ! あのナイフにも毒が塗ってあったに違いない。
動けないお嬢様に男が迫る。しかし、その時それを防いだのはラパンだった。
「ラパン、ナイスっ!」
私はラパンに声をかけ、すかさず空に向かって叫んだ。
「ミントっ! お願いっ!」
「オーケーマム!」
上空のミントから、ライトニングの矢が男に向かって飛んだ。
「チッ……」
男が跳び退りライトニングの矢を躱した。そして同時にミントに向かってナイフを投げる。そのナイフはミントには届かなかったが、牽制するには充分だった。2発目のライトニングを放とうとしていたミントが撃つのを躊躇する。
ライトさんに続いてお嬢様も毒に侵されてしまった。今回はヨシュアが健在だからお嬢様の回復は可能だ。でもヨシュアが再び狙われたらどうすれば? それにライトさんの解毒も急がないと……。焦りで心が乱れる。
ゾンビたちとルシファーは最初の4人の相手で手一杯。ラパンは盗賊風の男を追いかけている。ミントのライトニングもこの乱戦の中では使いにくい。明らかにこちらの状況はジリ貧だ。
ヨシュアとシルヴィを私が護らなくてはならないと強く思った……その時だった。
「きゃぁっ!」
「シルヴィっ!?」
「つーかまえたっ!」
いつの間に近寄っていたのか、女戦士がシルヴィの腕を掴んでいた。
「シルヴィを離してっ!」
私は『裂』と『空』を構えて、女戦士ににじり寄る。
「いいのかなぁ? この娘がどうなっても」
その女戦士は、シルヴィを盾にしながらじりじりと後ろに下がる。
「卑怯なっ!」
「どんな手を使っても依頼を達成する。それが冒険者ってもんなんだよ、お嬢ちゃん」
くっ……。ダメだ、打つ手がない。このままではシルヴィが連れて行かれる。無力な自分に涙が出そうになる。
嫌だ。このままシルヴィが連れ去られるなんて。
護りたい。
護らなきゃ。
シルヴィを……
ライトさんを……
みんなを!!
───シュイーン───
Accept Order
Guard Skill Open
Create Gurdian3 with LABYRINTH
「何っ!?」
シルヴィの体が光の繭に包まれた。女戦士の手がシルヴィから離れた。繭から出る光がどんどん増していき、まぶしさで目が眩む。そして、その光が弾けた時……

光の中から美しい魔法少女が現れた。