月の女神と夢見る迷宮 第六十九話
シューの野望
「あら、村長さんじゃない。やっぱりお年寄りは早起きなのね」
硬直から立ち直ったお嬢様が皮肉たっぷりの返事をする。
村長は私たちの中にシルヴぃの姿を認めると、顔をしかめた。
「ふん、なるほどな。お前達がその娘を……。まさか、アンナの側についたのか?」
「さぁ、どうかしらね。ただ、少なくともアナタの味方じゃない事は確かよ」
「貴方はシュー・ジョムンですよね? 前フランカス領主の」
私もお嬢様に続く。
「そこまでバレていてはしょうがないの。いかにも、ワシがシュー・ジョムンじゃ」
「何故パーリの街に火をつけた?」
ライトさんが鋭い口調で問い詰める。
「はっ、決まっておろう。まずはフランカス領主の座を奪い返す為よ」
老人の独白会が始まった。どうせ年寄りの戯言だろうけど、真相を知りたい私たちは『聴いてあげる』事にした。詳細は長いから割愛。年寄りの話は長いと昔から決まってるからね。要点だけ纏めると……
領主の座を更迭されたシューは、パーリの街を追放された。その時彼に従って街を出たのは従者が1人。それが宿屋の主人だ。追放された彼等はまずアルカスに向かった。アルカスは彼の実験場だったからだ。
「ワシはな、以前から死霊術の研究をしておったのよ」
シューはフランカス領主在任中に、政策としてアンデッドを使役する事を提唱していた。アンデッドを使って人の嫌がる仕事をさせるというのが表向きの理由。だがシューの本当の目的は、アンデッドの軍隊を作り王国を乗っ取る事だったのだ。
「王にでもなるつもりだったのか?」
いつも穏やかなミズキさんの声が、怒りに震えている。そりゃあそうだろう。彼は元王国騎士団のエリート騎士だったのだから。王国を守る盾として見逃せるはずがない。
「人に生まれたからには頂点を目指さなくてはのぉ。ちっ、ルシフェリアは良い人形になってくれたんだがな……娘の育て方を間違えたようだ」
「なっ……!?」
「貴方がお母さんを……」
「ふん……協力を要請した当初はなかなか首を縦に振らなかったんじゃがな、娘であるお前をゾンビにしてやったら直ぐになびいたわ」
シューは醜悪な顔を歪めながら笑った。
シルフィをゾンビにしたのはシューだったのだ。そして、全ての罪をカスロンになすりつけ、ルシフェリアをルシファーに変えたのもシューの仕業。そうして彼はシルフィの回復薬を手に入れた。
領主時代に作り上げた裏のルートを通じ、シルフィの回復薬を売りさばいたシューは、大金を稼ぐ事に成功する。その金を使ってカルム村のスキー場を再開発したシューは、村人の尊敬を集め、村長の座を手に入れたのだ。
だがシューの野望は、ちっぽけな村の村長ではおさまらなかった。アンデッド軍団を率いて国王の座を手に入れる。それにはまずフランカス領主の座を奪還しなくてはならない。出来るだけ多くのアンデッドを造り出す必用がある。
「まさか……アルカスの疫病も貴方が仕組んだの?」
「当然じゃ。アンデッドの兵隊を増やす為には大量の死人が必用じゃからな。それをルシファーのヤツめが邪魔をしよって……死者の町だと?」
シューの人形だったルシファーだが、彼の野望に気づいていたのかも知れない。若しくはシューの野望を、カスロンの野望だと勘違いしていたかのどちらかだろう。死者の町を造ってアンデッドを囲い込んだのだ。
「だから今度はパーリの街に疫病を流行らせようとしたのね。でも、どうやって……?」
「ふふ、スカベンジャースライムには面白い特性があるんじゃ。取り込んだ物を自らの特性にするというな」
スカベンジャースライムはゴミ処理をするだけでなく、自らの体内に取り込んだ性質を持つらしい。つまり、スカベンジャースライムに疫病の元を取り込ませれば、疫病をまき散らす死のスライムとなるわけだ。
「それがダークスライム……。バーバラさんはその事に気づいていたのね……」
「下水道地下で静かに繁殖させておったのにバーバラめ。わしの計画に水を差しよって……」
じゃあ、スライムが燃えたのは……
「それはこれのお陰よ……」
シューが懐から取り出した黒い粉。それはミズキさんの銃に使われているのと同じ……火薬?
「わしがパーリへ行くと言ったらな、チャイムとかいう兎娘がワシにこれを託したのよ。ミズキという男に渡せとな」
チャイムの馬鹿っ! そんな危険な物を人に預けるなんて!!
『しーちゃん、ごめぇんっ!』
話の成り行きをリンチャで聞いていたんだろう。チャイムから謝罪の言葉が飛んできた。
火薬を取り込んだスカベンジャースライムは、燃える性質を持つようになった。そしてそれにシューが火を付け、パーリの街に放ったのだ。
「手に入らぬ物を惜しんでいるのは不毛だからの。まずは全て燃やしてから再構築する事にしたんじゃ」
パーリを燃やして死者を増やし、アンデッドにする。それを使役してパーリを再構築する。それがシューの狙い……
「アンタ狂ってるわ!」
お嬢様がブチ切れた。
「人の命をなんだと思ってるんですか?」
温厚なヨシュアも激高している。
「人の命など所詮儚いものじゃよ。人の夢と同じくな。ほら、人の夢と書いて儚いと読むじゃろう?」
「なら、お前の野望は儚く破れ去るわけだ」
ライトさんが吐き捨てるように言った。
「人の夢ならな……じゃがワシは……」
そう言うとシューの体が黒闇に包まれる。
それはまるでこの世の闇を全て集めたような漆黒の闇。数瞬の後、その中から現れたのは異形の姿をした者だった。見た目はスケルトン。しかし顔の中心辺りにある赤い瞳がこちらを睨んでいる。これは……
「リッチっ!?」
リッチとは高位のアンデッドモンスターである。死霊術に精通した魔法使いや僧侶が永遠の生命を欲して、魔術により自らの肉体を不死化した存在と言われている。(wickeyさん調べ)
「ワシは永遠とも言える時間を手に入れたんじゃ。最早恐れるものなど何もない……」
かつてシューだった者が声を発した。恐らく彼は死霊術を極めようとして、禁断の秘術に手を出したのだ。アンデッドを造り出すだけに飽き足らず、自らをアンデッドに変えた。ルシフェリアをゾンビに変えたように。
「気をつけろ……ヤツの後ろにも敵がいるぞ」
ライトさんがみんなに声をかけた。リッチの後ろには数え切れない程のゾンビ、スケルトン、レイス……。アンデッドのオンパレードが湧いていた。
「これはやっかいな事になったわね……」
お嬢様が苦虫を噛み潰したような顔をしながら言った。私たちのパーティーには対アンデッドの専門家がいないのだ。せめて死者の街に残した魔法使いを連れて来ていれば……
「いない者を頼ってもしょうがないわよ。冒険者ってのはね、どんなにピンチな状況でも、自らの手で切り拓くもんなの。最後まで諦めずにね」
お嬢様がそう言ってミスリルソードを構えた。それに続いてライトさんもボーンソードを振りかぶる。私も『裂』と『空』を握りしめ戦闘態勢をとった。
『合図をしたらミント、ライトニングをお願い。ラパンはリッチに攻撃して』
『了解よ、ママ』『まかせろり……』
リンチャでミントとラパンにも指示を出す。今のところアンデッドに有効な武器はラパンの光の剣だけ。しかしミントのライトニングもゾンビ程度なら蹴散らせる。そっちが不死なら、こっちの従魔だって不死なのよ。質では決して負けてないわ。
私は決して1人じゃない。貴方とは違ってね。私はそう心の中で呟きながら、大火によって赤茶けた大地を踏みしめた。