
月の女神と夢見る迷宮 第四十七話
美少女ゾンビは無罪ですか?

フランカス地方アルカス。その町に寄ろうと思ったのはただの偶然だった。そろそろポーションの在庫が切れるなーと思ってた頃、たまたまヨシュアが狩りで怪我をしたのだ。
その日の狩りは絶好調で、私たちは既に何頭もの獣を狩っていた。しかし好事魔多しとはよく言ったもので、たまたまお嬢様とライトさんの間を駆け抜けたビッグボアが、ヨシュアに向かったのだ。
ヒーラーで戦闘力は皆無とはいえ、ヨシュアも冒険者の端くれ。直撃は避けることが出来たのだが、かすり傷を負ってしまった。これが私たち女性陣だったなら何の問題もなかった。ヨシュアのヒールが効くからね。
だけどヨシュアも男の子なので、自分自身の事を癒やせないのだ。自分自身を癒やせないヒーラー。それがヨシュアの最大の弱点なのよ。
そんな訳で私たちは、最寄りの町でポーションの調達を行うことにしたの。幸い狩りの獲物でマジックバックはパンパン。私たちが消費する以上の肉や毛皮などが眠っている。これらを売却すれぱ、ポーション代は十分賄える。何ならちょっとした豪遊が出来ちゃうかも知れない。
冒険者が稼ぐお金の大半は武器や防具に消える。武器や防具は消耗品だからだ。しかし、ダンジョン産の私たちの武器は、マリスさんから受け継いだ『裂』と『空』も含めて一向に劣化する気配がない。
また、ミズキさんの銃は弾数が限られているので、試射をした時以外は使われていない。だからまぁ、盾を修復するのにお金がかかるくらいなのよね。ということで、私たちパーティーの懐事情は、かなり潤っているのである。

「この辺だとこの町が近いね。ギルドはないけど、そこそこ大きな町だよ」
ミズキさんが地図の1点を指し示す。アルカスという名前のその町は、風光明媚な観光地として知られていた。
夏は向日葵が咲き乱れ、秋には秋桜の花で埋め尽くされる。フランカス地方でもずば抜けて美しいと言われている町並みは、最近王都でも公開されたアニメ映画の舞台にもなっていた。
「是非、この町に行きましょうっ!」
「……うん、さんせい……わたしもいきたい……」
「貴女たち随分と乗り気ね? この町に何か思い入れでもあるの?」
何故私とラパンがこんなに乗り気かというと、そのアニメ映画の大ファンだからだ。『バルスの城』というそのアニメ作品は、巨匠ハヤノ監督が手がけた作品である。私は王都で1度観て、儚く城が崩壊していくシーンで涙してしまった記憶がある。ラパンがこの作品を知っているのは、私のその記憶を共有してるからだ。
因みに、この時お嬢様も隣で観ていたはず……。隣から健やかな寝息が聞こえてきていたのは、きっと気のせいだろう。
そんな訳で、私たちはアルカスに舵を取ることになった。でも、それが大きな間違いだったと気づいた時には遅すぎたのよ。

「みぎゃあ~~っ!? 何これ、何これ~っ!!」
アルカスに到着したのは深夜に近い時間帯。店は閉まってるだろうけど、酒場の1軒や2軒は空いてるだろうと踏んでいた。しかし私たちのそんな予想は、目の前に埋め尽くされたゾンビの群れに見事消し飛ばされたのだ。
「流石にこれは多すぎる……な」
近寄って来るゾンビの頭をボーンソードソードで爆砕したライトさんが呟く。
「臭いがキツいわよね……」
お嬢様も、ミスリルソードでゾンビの首をはねながらそう愚痴った。いや、そこですか? お嬢様……
私は『空』を使い、ゾンビの頭を消滅させる事に専念している。不死とは言え、流石に頭から上がなくなれば無力化はできるからだ。『裂』は今回封印。切り裂いた時に飛ぶ血飛沫を浴びるのはご勘弁願いたいからね。
ミントは空からライトニングの嵐を吹かせまくっている。ファイヤーボールでゾンビを焼くと、周囲に嫌な臭いが充満する事に気づいたからだ。ゾンビはよく燃えるんだけどね。火がつくと所構わず走り回って危険なのよ。
ヨシュアは今回ミズキさんの盾の陰で待機中。魔法を使えるヒーラーには、ターンアンデットが使える者もいるらしいけど、残念ながらヨシュアには使えない。だから、万が一私たちは女性陣が怪我や感染した時の為に、待機してくれている。ヨシュアが感染したら一気に壊滅の危機に陥るからね。
そしてラパン……。彼女もゾンビと闘ってはいる。いるんだけど、何だか様子がおかしい。鼻をクンクンさせながら、時折ウットリとした表情を見せている。
余りの臭さに意識が跳びかけているんだろうかと、心配して声をかけてみると
「だいじょう……ぶい……」
と答えが返ってきた。そしてあろうことか
「このにおい……すき……しーなと……おなじくらい……すき」
と宣うではないか。
ちょっと待て……。それは何か? 私が腐ってるって事か? 強ち間違ってはいない事に腹が立つ。ゾンビと同列扱いは甚だ不本意だけど。
「これはダメだ。捌ききれないよ。さっさと薬屋を見つけてポーションを手に入れよう」
ミズキさんの言葉に皆が肯く。この期に至って、ポーションの事を忘れてなかったミズキさんの胆力には感心するしかないわ。
その後私たちはゾンビの群れをかき分けるようにして薬屋を探した。
「ここだーっ!」
やっと見つけた薬屋の看板。中を覗いても当然店主の姿はない。それでも一応声はかけてみる。
「ごめんくださーい。ポーションが欲しいんですけどー」

すると意外にも奥からのっそりと人影が現れたのよ。そして現れた『ソレ』は言葉を発したの……
「いらっしゃい……」
それは紛う事無きゾンビだった。でも、その容姿は生きてる者より美しいんじゃないかと思えるほど整っていた。長い金髪の髪、少し赤みがかった瞳。見る者全てを魅了するその様は、ヴァンパイアなんじゃないかと思えるほど。腐臭を漂わせてさえいなければね。
「えっ? えっと……ぞ、ゾンビが喋ったーっ!?」
「ぞんび? ぞんびって……なぁに……?」
その美少女ゾンビはそう言った。
「シーナ……この娘は自分がゾンビになった事に気づいてないんじゃない?」
隣に立つお嬢様がそう言う。
あぁ、自分が死んでるのに気づかない幽霊の話とかありますよね、確かに。でも、問題はそんな事じゃなくて。仮にそうだとしても問題なのは……ゾンビには生きてる者を喰らいたくなる衝動があって、喰われた者はゾンビになっちゃうって事なのよ。暢気に会話している場合じゃ……

「お姉ちゃんたち……ポーションはあげる。だからお母さんを捜して欲しいの……」
その美少女ゾンビが発した言葉の意味を理解するのに、私はきっかり5分の時間を費やした。
「お母さんいないの?」
その間にお嬢様が会話を続ける。
「うん、少し前に出て行っちゃったの……」
「あー、お外に行っちゃったのね。そうなると……」
「もう保たない。急いでくれ!」
店の入り口で、ゾンビの群れを抑えていたライトさんから声がかかる。その声にハッと我に返った私は
「お嬢様、ここを離れしょうっ! ポーションは……これねっ!?」
そう言いながら動き始める。
「シーナ……えーっとね……」
お嬢様が話しにくそうに私に話しかけるのを見て、嫌な思い出が私の脳裏に浮かんだ。
こ、これは……王都でお嬢様が犬を拾ってきた時と同じだ。あの時はお嬢様と一緒に、私も旦那様に叱られた。野良犬は狂犬病の恐れがあるから近寄っちゃダメだって。
今回の場合は狂犬病じゃないが、感染したらゾンビになっちゃう。その恐怖は狂犬病の比ではない。何としても阻止しなければ……
「ダメです、お嬢様っ、! その娘はゾンビなんですよっ!?」
「ゾンビだって美少女よ? 美少女ゾンビは無罪って言うじゃないの」
「そんな歌は知りませんっ!」
「歌って知ってるじゃん……」
尚もブツブツと言い続けるお嬢様の手を引いて出ようとする……と
「しーな……このこ……いいにおい……」
ここにも美少女ゾンビに魅入られた者がいた……