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月の女神と夢見る迷宮 第七十五話

闇の皇帝

ユン・ソニア

 「アナタ、イーの居場所を何か知ってるんでしょ? 早めに喋った方が身の為よ」
 お嬢様が『光を呼び覚ます者』のリーダーを尋問している。しかし、リーダーはだんまりを決め込んで目も合わせようとしなかった。

 イーを取り逃がした私たちは『光を呼び覚ます者』達全員を拘束した。そしてイーの逃げた先を聞いたんだけど、誰も黙秘して答える者はいない。ただ1人を除いては。

 「ねぇ、アナタ名前は?」
 「わ、わわわ私は……ユンですっ。ユン・ソニアですっ。殺さないでっ……」
 泣きながら名を名のる少女は、対アンデッド専門の魔法使いである。

 「ユンね。ねぇ、アナタと『光を呼び覚ます者』とはどんな関係なの?」
 「私は雇われただけですっ。ギルドで個人的に声をかけられたんです。殺さないでぇ……」

 どうやら彼女の話は本当のようだった。対アンデッド専門の魔法は、非常にレアだが潰しが効かない。それしか使えないとなると、どのパーティーからもお誘いが来ないのだそう。そんなユンに『光を呼び覚ます者』が白羽の矢を立てたのだろう。

 「うーんとね……最初に言っておくけど、私たちがアナタを殺す事はないわ。安心して」
 「ほんどうでずがぁ……?」
 「本当よ。でも……」
 「でぼぉ……?」
 「イーはアナタを殺すつもりかもね。アナタ、イーの正体知っちゃったから……」
 私がそう言うと、お嬢様もそれに乗っかる。

 「普通は口封じするわよね。秘密を知られたからには……ってヤツ」
 お嬢様が手で首を切る真似をした。
 「あぎゃぁっ!? わ、私なんにも知らないのにぃっ!?」
 「でも、イーの正体は知っちゃったし……」
 「な、何でもじますっ! 助けてくだざい~っ」
 ユンは大声で泣き始めた。

 「分かったわ。アナタは取り敢えず私たちの元にいなさい。イーを何とかしないと1人じゃ危ないから」
 「わ、わがりばじだぁ~っ」
 まぁ、頼りにはなりそうもないけど……枯れ木も何とかって言うし、何よりもほっとけないわよね。

ルシファー

 ユンとの会話が終わると、私とお嬢様の所にルシファーが現れた。
 「ルシファー!? 元気を取り戻したの?」
 さっきまでは立ち上がる事すら出来なかったのに。まるで力を取り戻したかのように見える。

 「お陰様でな。あの坊主……ヨシュアと言ったか……珍しいタイプのヒーラーよな」
 「え? ヨシュアがどうしたの?」
 「死者の町に居る時ほどではないがの。あの子のヒールで力を大分取り戻せたようじゃ」
 え、え~っ!? 確かにルシファーは女性だけど、アンデッドなのよ。ヨシュアのヒールはアンデッドさえも癒すって言うの? 驚愕の事実に、お嬢様も驚いた顔をしている。

 「……と……そんな話をしに来たのではない。イーの事で話があったのじゃ」
 「ルシファーっ、イーの居所が分かるのっ?」
 お嬢様が息せき切って尋ねる。するとルシファーは
 「それは分からぬ……だが……ヤツは夜になれば再び現れる。妾には分かる」
 そう言った。

 「かつての妾には分からなかったが、アンデッドに身をやつした今なら分かる。ヤツは……イー・ジョムンもアンデッドじゃ……」
 「「アンデッドぉ~っ!?」」
 私とお嬢様の声が重なった。
 「あぁ、それもかなり高位のな。ヤツは……恐らくヴァンパイア……」
 「ヴァンパイアっ!?」
 
 ヴァンパイアは、闇の皇帝とも呼ばれる高位のアンデッドだ。リッチのように不死ではないが、嫌らしいのは眷属を増やすこと。その牙で血を吸われた者を眷属にしてしまう。

 「そ、そう言えばぁ……私の首筋をいつも見ていたようなぁ……ひえぇっ……」
 傍らで、話を聞いていたユンが脅えた顔をした。
 「ちょっとユンっ! アナタは吸われてないわよねっ!?」
 吸われていたら眷属になってるはず。そうなるとマズいわ。ユンだけでなく『光を呼び覚ます者』達はどうなんだろう?

 「私、これでも対アンデッド専門の魔法使いですからぁ……」
 「此奴からアンデッドの臭いはせんの。『光を呼び覚ます者』達からもじゃ。何か眷属にできぬ事情があるのやも知れぬ」
 ルシファーの言葉に、私とお嬢様はホッと息をついた。

 「しかし、シューもイーもアンデッドなんだ。もしかしたら一族全員アンデッドなんじゃないの?」
 吐き捨てるように言うお嬢様。それに対して私は
 「いえ、少なくともバーバラさんは違いますから……」
 と答える。
 「それに関してはの……思い当たる節があるのじゃが……。不確か故に今は話せん」
 ルシファーがそう締めくくった。

ミズキ

 「なるほど……それは結構厄介な相手だね」
 私たちの報告を聞いて、ミズキさんがそう言った。
 「例え何者であっても、倒すことには違いないがな」
 ライトさんがそれに続く。

 「でね、ちょっと提案があるんだけど……」
 お嬢様がユンの腕を引っ張った。
 「この娘さ……対アンデッド魔法が使えるじゃない? 今回に限りパーティーに加えたらどうかと思うんだけど?」
 その事については、先程ルシファーとも話し合って賛同を得ている。

 「なるほど……餅は餅屋って言いますからね」
 ヨシュアも賛成のようだ。
 「そうだね、戦力は多い方がいい。ユンと言ったっけ? よろしく頼むね」
 ミズキさんがそう言うとユンは
 「はいぃ~っ! 私も自分の命がかかってますからぁ~。頑張りますっ!!」 
 と元気よく答えた。

シルヴィ

 「私も頑張って準備しますね。ラパンさんと一緒に」
 シルヴィもそれに続く。
 「予めホーリーウォーターを造っておくのね? 武器や防具にエンチャント出来るように」
 「はい、いつもより粘性を持たせて、長時間エンチャント状態が続くように工夫しようかと……」
 シルヴィの研究熱心なところは両親譲りね。素晴らしいわ。

 「凄いわ、シルヴィ。お願いね」
 お嬢様がすかさず褒める。そう、この娘に必用なのは自己肯定感を高めること。その為にはみんなで誉めないと。

 「シルヴィ、頼りにしてるよ」
 そう思ってたんだけど……ヨシュアの言葉にシルヴィは何故か顔を背けた。え? 何……? まさかシルヴィってヨシュアが嫌いなの?

ラパン

 「ママ……マジかぁ……?」
 「しーな……わたしも……さすがにひく……」
 ミントとラパンがまた私の悪口を言ってるような……解せぬ。
 
 簡単な作戦会議が終わり、それぞれが戦いの為の準備を行うことになった。今回ミントは空からの偵察を常時行っているので、久々に私が食事の準備を行うことになった。そこへラパンとシルヴィも現れた。作業が終わったので、彼女たちもお手伝いをしてくれるという。

 「あの……シーナさん……皆さんの好きな物って知ってます……?」
 シルヴィが私にこういう質問をするのは珍しい。
 「好きな物って食べ物の事?」
 料理の最中に聞いてるんだから、間違いないとは思うんだけど、私は一応そう聞いた。
 「はい……そうです……」
 
 「うーんとね……基本みんな好き嫌いはないわ。冒険者だからね……あ、ラパンはお肉より野菜よね。そして……ミントは食事しないの知ってるよね?」
 冒険中はね、虫でも蛇でも食べなきゃならない時があるのよ。好き嫌いなんか言ってられないわ。
 「でも……」
 それでも好物ってのはやっぱりあるもので……私とお嬢様は甘い物かな。で、ミズキさんとライトさんは……やっぱり男の人だからお肉。焼き肉が彼らの好物だ。

 「あの……ヨシュアさんは……?」
 「ヨシュアはねぇ……珍しい物が好きなの。山菜って分かる? 後はキノコ類とか……」
 私がそう言うと、シルヴィは
 「今日の食材にそれらを使ってもいいですか?」
 食い気味に答えた。
 「あー……まぁ、使えない事もない……わね」
 「それじゃ、そうしましょう!」
 
 何故か途中からシルヴィ主導で料理が作られることになってしまった。いや、私は楽でいいんだけどね……

 隣でサラダを作っていたラパンが、ボソリと何か呟いたみたい。
 「こいする……おとめは……むてき……さ……」

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