月の女神と夢見る迷宮 第五十六話
新たなるガーディアン
「シルヴィ……シルヴィなの?」
光の中にたたずむ少女に私は問いかける。するとその少女は少し首を傾げると、こう答えた。
「私は3番目のガーディアンでぇす。シルヴィと呼ばれる個体を依り代にして顕現していまぁす。なので、マスターがそう呼びたければその名前で呼んで下さぁい」
少し間延びした喋り方で話すその娘は、どうやらブランシェと同じガーディアンのようだ。
「うん、分かった。名前の事は後にしましょう。取り敢えず、この状況を何とかできる?」
私は藁にも縋るような気持ちで言った。
「お任せあれ~!」
その娘はそう言うと、頭上に杖を掲げた。
「クリエイト・ストーンゴーレム~!」
彼女が歌うように言うと、残っていたゾンビたちが一斉に岩の人形に変わった。よく見ると地面からも新しい人形たちが湧いて出てくる。
その人形たちが魔法使いに向かって歩み始めた。
「な、なんでゴーレム~!? 聞いてない、聞いてないよ~っ!!」
魔法使いのうちの1人が戸惑いの声をあげる。どうやら彼女は対アンデッド専門の魔法使いらしい。ゴーレムに対しては有効な魔法を持ってないのだろう。完全に戦意を喪失している。
もう1人の魔法使いは、ファイヤーボールやライトニングで攻撃しているが、岩のゴーレムに対して有効ではなく、こちらも防戦一方になっていた。
「もひとつおまけ~っ! クリエイト・メタルゴーレム~!」
今度は地中から鉄の巨人が現れ、漆黒の鎧の戦士と対峙する。
ガイーンッ!
漆黒の鎧の戦士がメタルゴーレムに斬りかかるが、メタルゴーレムの装甲には傷1つつかない。
「何だとっ!?」
漆黒の鎧の戦士が持つ剣が、根元からポキリと折れた。攻撃の手段がなくなった漆黒の鎧の戦士は後退しようとした。しかしそこにルシファーの魔法が飛ぶ。
「カースバインドッ!」
「うぉっ!?」
黒き呪いの鎖に捕らわれた漆黒の戦士は、その場で昏倒した。
戦況は一瞬でひっくり返った。残る冒険者達は3人だ。
毒ナイフを使う男は、ラパンが追いかけている。男は何度か投げナイフで反撃したが、ラパンはその攻撃をことごとく躱していた。そしてラパンに男が気を取られた隙に、上空からミントのライトニングが炸裂する。
「うごぉあっ!」
男は地面に叩きつけられ、動かなくなった。
「まだやりますか?」
ミズキさんがリーダーに問いかける。もうこうなれば彼等に勝ち目はない。しかし、ミズキさんの言葉にリーダーは答えず斬りかかった。それをミズキさんは盾で防ぐ。
「人には使いたくなかったんだけどね……」
そう言うとミズキさんは銃の引き金を静かに引いた。
ズガーンッ!
銃から飛び出した弾丸は、リーダーの右肩を撃ち抜いた。
「ひっ……」
後に残された女戦士は、最早戦意を喪失し、地面に膝をついている。リーダーは右肩を抑えてその場に崩れ落ちた。
その姿が目に入ったのだろう。最後まで抵抗を続けていた魔法使いもガクリと膝をつき、そのまま戦闘は終了した。
「ヒールっ!」
ヨシュアがお嬢様に回復の魔法を使った。
「うっ……」
お嬢様が目を覚ます。
「良かった……お嬢様っ!」
私はそう言ってお嬢様に駈け寄った。
「戦いは終わった……の?」
「はい、私たちの勝ちです」
「そっか……またアタシは……」
お嬢様が悔しそうに唇を噛みしめた。
「こちらの方はどうしますかぁ~?」
そうだ。ライトさんっ! 早く解毒しないとっ!
「了解でぇす。アンチポイズン~」
さすがこの娘もガーディアンだ。リンケージしてるから話が早い。
少女が呪文を唱えると、ライトさんの青黒ぬなっていた顔に血の気が戻った。無事解毒されたようで私はホッとする。
「ありがとう……えっと……シルヴィ?」
「いいえ~、これが私の仕事……? 任務……? うーん……うまく言えないけどぉ、とにかくマスターを護るのが私の役目なのでぇ……」
「うん、本当に助かったわ。こんなにあっさりと戦いを終わらせられたのはアナタのお陰よ」
「お役に立てて良かったですぅ~」
そう言って少女は柔やかに笑った。
「そうだ。アナタの名前なんだけど、シルヴィアなんてどう? やっぱりシルヴィとは分けたいし」
「あ、いいですねぇ~。依り代との繋がりも感じますし、そう呼んで下さいませぇ」
「分かったわ。シルヴィア」
「その娘は……シルヴィなのかえ?」
いつの間にか側にいたルシファーが声をかけてきた。
「ええ、彼女は……」
私はルシファーにガーディアンについて説明した。
「なるほどのぉ……。死霊術ではないが、それに近いスキルという事か。妾も初めて見たが凄いもんじゃな」
そうね。ゴーレムをあんなに召喚できるなんて驚きだわ。
「ホント、シルヴィアの召喚術は凄いですよね」
「いや、妾が凄いと言ったのは、そのガーディアンを呼び出した其方のスキルの事なんじゃが……」
ルシファーが苦笑いしながら言った。
あぁ、そっちね。私としては、何故こんなスキルが使えるのか分からないから思いっきりスルーしちゃったわ。しかも、使いこなせてないし……
「そうだ、シルヴィア?」
「はぁい?」
「アナタたちガーディアンってどう呼び出すの?」
ブランシェがすんなり呼び出せていれば、こんなに苦戦しなかったはずなのよね。
「うーん、それは私にも分かりませぇん……」
「えぇ~っ!?」
「なんじゃ、其方自分で呼び出したんじゃないのかえ?」
「ええ、実は……」
私は他にもガーディアンが存在する事、今回呼び出そうとして出来なかった事をルシファーに説明する。
「つまり、まだ開発途上のスキルなのだな。魔法もスキルも訓練によって使いこなせるようになるからのぅ」
「そうなんですかねぇ……」
取り敢えず、ブランシェにもう一度会う必要がありそうね。
「あ、もう一ついい?」
「何でしょぉ~?」
「アナタって最初から感情豊かよね。ブランシェと違って」
「あー、それは多分依り代によるんだと思いますぅ~」
なるほど。確かにラパンは愛情深いけど、感情表現が苦手だったわね。
「つまりアナタはシルヴィに似てるって事?」
「というか、依り代本来の特性を受け継いでるんだと思いますねぇ……」
その時ルシファーが肩を落として呟いた。
「シルフィも本来ならこのように……」
そっか……。もしゾンビにならなかったら。もっと分かり易くルシファーが愛情を注いでいたら。シルフィはこんな娘に育っていたのかも知れないのよね。
「大丈夫、まだ間に合うわ……」
そう、まだやり直せるはず。シルフィはシルヴィに変わってしまったけれど。これからみんなで愛情を注いでいけば、彼女にも笑顔が取り戻せるはずだ。
「そうか……よろしく頼む」
「人任せにしちゃダメよ。貴女は母親なんだから」
そうよ。例え毒親だったとしても、子にとって母親はたった1人なのだから。貴女もやり直さなくちゃ。
「じゃが私は共には行けぬ……」
「だから待ってて。カスロンに会って、真相を確かめたら必ず戻ってくるわ。シルヴィと一緒に」
「……あぁ……あぁ……待っている。待っているとも……」
ルシファーの目から大粒の涙が零れた。そして私はルシファーの肩をそっと抱きしめた。