月の女神と夢見る迷宮 第五十話
美少女ゾンビの献身
遂にライトさんのボーンソードがルシファーの背中を捉えた。
「ぐはっ!」
うめき声を上げてその場にうずくまるルシファー。
「浅いかっ!?」
ライトさんは更なる一撃をルシファーに加えようとする。
その時、追撃を加えようとするライトさんの前にゾン美少女が立ちはだかった。
「お母さんを虐めないでぇっ……」
ゾン美少女は震えながら手を伸ばし、ルシファーを庇った。
「お母さん、逃げて……」
ルシファーはゾン美少女の手を振り払うと、怒りの表情を浮かべた。
「オマエのような失敗作に庇われる妾(わらわ)ではないわっ!」
そして、ゾン美少女をライトさん目がけて突き飛ばした。
「きゃっ!」
「くっ!」
突き飛ばされたゾン美少女を受け止めようとするライトさん。マズいっ! 彼女に触れたらライトさんが感染するかも知れないっ!
その危機を救ったのは一陣の風だった。ラパンが猛スピードで2人の間に割り込み、ゾン美少女を受け止めたのだ。
「ラパンっ!」
ラパンが感染したっ!? 感染を食い止めるにはヨシュアのヒールが必要。でも、そのヨシュアは地に倒れ伏している。マズいマズいマズいっ!
しかし窮地に陥り思考が麻痺しかけた私に、ラパンはどや顔でVサインを送ってきた。
「……だいじょうぶいっ!」
そして今度はライトさんの方に向き直り
「……さわったら……たいほ……」
と真顔で呟いた。
いつも通りのラパンの様子に、私はホッと溜めた息を吐く。呼吸するのも忘れるほど追い詰められていたようだ。でも、分かったことが1つ。どうやらラパンはゾンビに感染しないらしいわね……
「おのれおのれおのれっ! またしても邪魔するか兎風情がっ!」
「もう貴女に勝ち目はないわ、ルシファーっ!」
「まだ妾は負けてなどおらんっ!」
私の言葉にそう強がるルシファー。しかし彼女が受けたダメージは、確実に彼女の力を削いでいた。
「お母さん、もうやめて……」
ゾン美少女がルシファーに向かって懇願する。その声を聞いて、怒りで顔色の変わったルシファーの手から一筋の光が撃ち出された。
「ライトニングっ! まだそんな力が残ってたのっ!?」
思わず叫ぶ私の目の前で、その光はゾン美少女を貫いた。
「かはっ……」
その場に崩れ落ちるゾン美少女。ラパンは? ラパンは無事っ!? 直撃していたらラパンも危ないっ!
そんな私の心配を他所に、ラパンは倒れる寸前のゾン美少女を抱き留めた。良かった……どうやら無事のようだ。
「待てっ!」
今のライトニングでほぼ魔力を使い果たしたのだろう。いよいよ勝ち目がないと悟ったルシファーが逃げ出そうとしていた。
「お前たちっ、ヤツを寄せ付けるなっ!」
ルシファーの声に反応して、残ったレイスがライトさんに殺到した。
「くそっ!」
行く手を阻まれるライトさんから距離を取るように後退るルシファー。このままではジャンプのスキルで逃げられるかも知れない。でも、ゾン美少女をこのままには出来ない。ライトニングをその身に受けた彼女は、既に体が透け始めていた。
ルシファーを追うか……それともゾン美少女の元に駈け寄るか。私は2つの選択肢の間で揺れ動いていた。でも……
このまま消えてしまったら。あの娘は何のために生まれてきたのだろう。実の親とも言えるルシファーに疎まれ、突き放され、今まさに消えていこうとしているこの娘。
ゾンビに命はないかも知れないけれど、この世に存在するモノは全て、皆生きているのだと思う。そうよ……この娘も……生まれたからには生き続ける権利があるのよっ!
ルシファー、私は貴女を許せない。でも、今は何よりこの娘を救いたい。貴女の事を親として慕うこのゾン美少女を……
「ライトさん、ゴメンっ!」
私はライトさんに向かってそう声をかけると、ゾン美少女を抱き抱えるラパンの元へ一目散に駈け寄った。そして今にも消えそうな娘に両手を差し出すと、大きく叫んだ。
「ヴィー……アナタの名前はヴィーよっ!」
ヴィー……咄嗟に思いついたその名前は、フランカス地方の言葉で生命という意味。私がアナタに与えるのは単なる名前じゃない。命そのものだから……
その途端消え入りそうなヴィーの輪郭がはっきりし始めた。頬が赤みがかり、瞳の色も青に変化する。
「ヴィー……私の名前はヴィー……?」
「そうよ、アナタの名前はヴィーよ」
「何だかこの辺がとっても暖かい……ぽかぽかする……」
そう言ってヴィーは胸を押さえ、目から涙を溢れさせた。
「ふんっ、そんな失敗作、貴様等にくれてやるわっ! 覚えておけっ!!」
そう言うが否やルシファーの姿が消える。と同時に、残されたレイスもかき消すようにいなくなった。最後までテンプレを貫くとは、見上げた悪党根性ね。
「逃がしたか……」
ライトさんが悔しそうな、それでいてホッとしたような声で呟くのが聞こえてきた。
「ごめんなさい、ライトさん。ルシファーを逃がしてしまって……」
「いや、シーナは良くやった」
「でも……」
「ヤツはまたきっと来る」
「……そうですね。その時の為にこちらも準備しないと」
今回は敵の手口が分からなかったから遅れを取った。でも次はきっと……
そろそろ東の空が白み始めてきた。夜が明けても、ヴィーには問題ないのだろうか? 少し心配になるが、お嬢様たちの様子も心配だ。
「ラパン、ヴィーの事お願いね」
「……まかせろり」
私の気持ちを感じ取ったラパンは、いつものように即答した。
お嬢様たちの所に行くと、既に3人とも草むらの上に寝かせてあった。そして傍らにはミントが座っている。どうやら既にミントが3人の世話をしてくれていたらしい。
「ミント、ご苦労さま。ありがとう」
「3人とも気を失っているだけ。もう少ししたら気がつくんじゃないかなぁ……」
とミントが言った。その言葉に私はホッとして、ミントの隣に座り込んだ。
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「3番目の依り代が誕生したのね、ブランシェ?」
「そのようです。ガーディアン3の準備は既に整っています」
「他にも候補はいたと思うのだけど?」
「他の個体は、まだリンケージ出来る状態にはありません」
「それはマスター・コアの方の問題ではないの?」
システムの問いに私は少し考えてから回答する。
「……そうかも知れません。マスターが無意識下でリンケージする個体を選んでいるのかも……」
「やっぱり?」
「最初のリンケージに失敗した事が影響しているのかも知れませんね。推測にしか過ぎませんが……」
「なるほど、了解したわ。引き続き観察と支援をお願いするわね、ブランシェ」
今回の私には出番が無かった。依り代であるラパンとマスターの信頼関係は、私の計算を遥かに超えて深まっている。その事が私に、嬉しいような寂しいような気持ちを抱かせた。2つの相反する気持ちを同時に抱くとは、感情というものは複雑なものだと改めて思う。