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月の女神と夢見る迷宮 第三十八話

進撃のブランシェ

ブランシェ

 「このまま進みましょう。敵は前方から現れましたから……」
 「目指す物はきっとそっちにあるわね」
 「はい。分かれ道もないようですし、このまま進んでも問題ないかと」

 それはどうだろうか。1本道ということは、敵にとっても私たちの侵入経路が分かるということだ。迎撃された以上、この先で更なる敵が待ち構えている可能性が高い。

 「かと言って、それを避ける方法はないのよね……」
 「先ほどのようにすれば、今後の戦闘でも問題なく戦えると推測します。ただ……」
 「それは長が出てこなければの話ね」

 そうだ。お嬢様たちの戦いは予想外に早く終わった。それは、長がいなかったからだという事に他ならない。もしかしたら、非戦闘員が多かったのかも知れない。そこから推察すると、戦闘員はここに集結していると考えた方が良いだろう。

 「分かった。ここまで来て引き返す事はできないわ。全力で行くわよ」
 「お任せ下さい、マスター!」

 ここまで進むと罠があるかも知れない。そう考えると無闇矢鱈に突っ込むのは危険だ。だから私たちは慎重に進んだ。そして、幾つめかの曲がり角を曲がった時、突然ブランシェが立ち止まった。

ブランシェ

 『鉄の擦れる音が聞こえました。『じゅう』の音かも知れません』
 ブランシェが頭の中に語りかけてくる。
 『この先で待ち伏せされてる可能性が高いわね』
 私も頭の中でブランシェに応える。
 『はい。ですので……』

 ブランシェを先頭にして私たちは進んだ。ブランシェを盾にするのはとても心苦しいのだけど、私がやられたら2人ともアウトなのだ。これが今出来る最善の策だと自分の心を納得させる。

 そして3つ目の角を曲がった時
 ズガーン! スギューン!──
 複数の爆発音が鳴り響いた。しかし、既にそれを予測していた私たちに動揺はなかった。

 ブランシェはその攻撃を物ともせず、ジャンプすると空中から光の矢を撃ち出す。その後はまるで飛んでいるかのように空中を滑り、前方で『じゅう』を構える黒の人狼族の群れに突っ込んだ。

 『じゅう』という武器は近接戦闘ではただの棒切れ以下だ。振り回すにも力が要るため攻撃速度が落ちる。ブランシェは一足飛びで『じゅう』本来の戦闘力を無効化する事に成功した。

 そうなれば後はブランシェの独壇場。例え姿は狼と兎であっても、狩られるのは人狼族の方だ。ブランシェは思う存分殴る蹴るを繰り出し、狼の群れを粉砕していった。

 彼等は『じゅう』という強大な力を持つ武器の力を過信した。けれど、どんな強力な武器でも上手く使えなければゴミでしかない。結局道具は使う者次第って事なのよ。

 ブランシェが戦う間、私が手をこまねいていたかというとそうではない。私は私で出来る事をする。人狼族の群れをかき分けるように進撃するブランシェの後ろから、私は隙をうかがう。

 「今っ!」
 私がそうブランシェに叫ぶと、ブランシェは光の矢を前方に撃ち出した。目の前の進路がぽっかりと空いた。その間隙を縫って私は前方に駆け抜ける。すると私の目の前に、何もない広間のような空間が現れた。そしてそこに立ち塞がる巨大な黒い影。

 「キサマ……ヨクモココマデ……」
 「やっぱりいたわね……」
 黒人狼族の長がそこにいた。私は恐怖で震えそうな脚を気合いで堪え、一歩踏み出す。
 
 物凄く怖い……だけど、ここで引くわけには行かないのよ。それをしたら、全てが無駄になってしまう。マリスさんの命がけの思いも、ラパンの命も……

 今の私は前の時のように無力な私じゃない。私の両手には『裂』と『空』が握られている。刃が当たりさえすれば、長だって無傷では済まないはずだ。

 私はともすれば萎えそうな気持ちを持ち直す為に、自分に強く言い聞かせた。そして、右回りに走り出す。私のアドバンテージはスピードのみ。それを最大限生かす為に。

 長は私の動きを目で追うように、その場にたたずんでいる。まるでどんな攻撃が来ても問題ないとでも言うかのように。

 「その余裕がいつまで続くかしらねっ!」
 右回りに走りながらトップスピードに乗った私は、勢いをつけて長の足下に飛び込んだ。そして、すかさず『裂』の一撃を長の右脚に叩き込む。

 「オグァッ!?」
 長は驚いた声を出し、切り裂かれた自分の脚を信じられないとでも言うように見た。私はその隙を見逃さない。長の股の間を抜けると、背後から『空』の一撃を長の背中に叩き込む。長の背中の一部が削り取られた。

 「グォァァァァーッ!」
 長が苦痛のうめき声を上げた。今度こそ効いたっ!? だが、私は追撃をかけようとして信じられないものを見た。

 切り裂いたはずの長の脚が、失われたはずの背中の一部が、みるみるうちに元に戻っていく。再生能力持ち……

 「そんな……」
 私は絶望感に捕らわれると、思わず後ろに飛びすさった。一瞬前まで私のいた空間を、長の右腕がなぎ払っていた。

 マズいマズいマズい。私の攻撃が効かない。どうすれば……どうしたら……

 『再生能力があっても、再生する速度を超えた攻撃を行えばいずれ倒れます』
 その時ブランシェが頭の中に語りかけてきた。

 そうだ。ブランシェ達は一度長を撃退してるんだ。諦めず何度も攻撃するんだ。というか、私にはそれしかできない。

 私はもう一度、今度は左回りに走り始める。長はさっきまでの余裕のある態度ではなく、警戒しながら身構えていた。
──────────────────
 「これは……」 
 マスターが長と戦っている間、私はある装置を起動していた。既に黒人狼族の群れは一掃し、私の邪魔をする者はいなかった。

 マスターには申し訳ないが、マスターがあの黒いヤツに負けるはずがない。マスターは気づいていないが、生命エネルギーの差が圧倒的に違う。ただ、再生能力持ちはすぐに倒すのは困難だ。早めに仕事を終えて、マスターの援護に向かおう。

 そう考えながら、端末のキーを叩く。
 data copy 
 count down 600second……
 
 禁忌の知識の正体。それは、この世界には存在するはずのないコンピューターと呼ばれる機械。実は私たちの思考を司る『AI』も異世界の産物だ。そして、このコンピューターのデータを使えば、私たちカーディアンの能力は飛躍的に向上する。

 『それは失われたはずの者さえ、復活させられる程に』

 マスターにはガーディアンは死なないと言ったが、依り代はその限りではない。依り代であるラパンの命は、マスターとの共有が行われる前に失われてしまった。本当なら『あの時』に共有されるはずだったのにだ。

 それは偶発的なシステムエラーだった。普通なら起こるはずのないエラーが、ラパンとマスターの自我を融合させようとしてしまったのだ。

 今後の為に、修正プログラムをインストールする必要があるとシステムは判断し、私をマスターの元に送った。そして幸運な事に、そのプログラムをこのコンピューターの中に見つける事ができた。しかし、これは偶然なのだろうか? 私にもよく分からない……

 …… data copy complete
 Install  recovery program……
   ……done
  完了。次はこのコンピューターのデータを消さなければ。マリス嬢の願いを叶えるために。

 delate all data 
    ……finished

 mission complete
 そして『彼女』の刻が再び動き出す。
 

  
 

 

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