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月の女神と夢見る迷宮 第三十三話

無理はしないでっ!

ブランシェ

 「マスターは忘れていたかも知れませんが……」
 「わ、忘れてなんかないわよっ!」
 「忘れてなかったかも知れませんが……」
 「くっ、もういい……」
 「ミントはずっと上空から周囲の状況を送って来ていました」
 「えっ? じゃあ、ちゃんと偵察してくれてたの? 気づかなかったけど……」
 「はい。ただ、その情報を私がインターセプトしていたのです」
 「えっ? それは何故?」
 「今のマスターには、その情報を分析する余裕がなさそうでしたので」
 うーん、言い返せないのが悔しいけど確かに……

 「あ、じゃあ、さっきの敵が偵察目的だと分かったのも……」
 「ミントの情報から分析しました。その上でミントに攻撃の指示を出したのも私です。余計な御世話……でしたか?」

 少し自信なさげに言うブランシェ。ライトさんに負ぶわれるかどうか云々の時に、私が言った言葉が彼女には突き刺さったらしい。ちょっとだけ心が痛む。

 私よりも状況分析に長けたブランシェに任せる方がきっと良い結果を生む。そう考えた私はブランシェに言った。
 「ううん、貴女は正しいわ。これからもよろしくね」
 「了解しました」
 そう答えるとブランシェは嬉しそうに微笑んだ。

 今、笑った……?
 「嬉しいという感情が少し理解できました。嬉しい時には笑えば良いと『えーあい』がマスターの記憶から学習したようです」
 なる程。そういう事。

 『見つけたよー』
 その時ミントからの報告が脳内に響く。以前は言葉が頭の中に浮かぶ感じだったのが、ちゃんとミントの音声として伝わってきた。手紙と魔道具による通話との違いと言えば良いのだろうか。確実にレベルアップしている。

 「1キロメートル先、森が消失しています。その先に集落の存在を確認」
 ミントから送られる視覚情報を元に、ブランシェが状況分析を始める。

 「上空から確認できる敵の数はおよそ30体。ほぼ全員武装をしていますね」
 「長はいる?」
 「確認できません。おそらくは建物の中にいるのではないかと推測します」

 傷を癒す為に休んでいる、もしくは待ち伏せの為に潜伏しているのか? まだ帰ってないという可能性は?

 「黒狼族の様子からみると、確実に里の中にいると思われます」
 「どうしてそう思うの?」
 「ほぼ全員が武装していること。そして様子がピリピリしていることなど、明らかに敵襲を警戒していますから」
 傷ついて帰って来た長が、私たちの事を伝えたと考えるのが自然ね……

 「奇襲は無理そう?」 
 お嬢様が話に加わった。他のみんなもブランシェの話に耳を傾けている。
 「そうですね。完全な奇襲は無理でしょう」
 「と言うと?」
 ミズキさんもブランシェに質問する。

 「先ほど偵察を殲滅しましたので、こちらの動きはまだしばらく相手には掴めないはずです」
 「だが、時間が経てば気づかれるな。偵察が帰って来ないのはおかしいと」
 ライトさんの言葉にブランシェも肯く。

ライト

 「時間的な余裕はありません。ですがこちらにはミントがいます」
 ブランシェの語った作戦はこうだ。まず私たちは森の切れ目まで移動し潜伏する。次にミントが上空から攻撃する。その騒ぎに乗じて私たちも突撃する。突撃した後は上空のミントから送られる情報を元に、ブランシェが状況分析をして私たちに伝えるというものだ。

 「結構シンプルな作戦なのね」
 お嬢様が呟くと
 「作戦はシンプルな方が上手くいくものです」
 ブランシェが応える。

 「余り綿密な作戦を立てても我々は兵士じゃないからね。作戦通りに動けない。シンプルな作戦の方が理に適っているよ」
 そして最後はミズキさんの言葉が、作戦会議を締めくくった。
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 今、私たちは突撃に備えて森の切れ目から黒狼族の里の様子を覗っている。ミントが所定の場所に到達するのを待っているところだ。その時フィーナが小声で話しかけてきた。

フィーナ

 「里に入ったらさ、アタイは別行動してもいい?」
 「……それは使命を果たすために?」
 「そう、アタイはマリスの願いを叶えたい。それに禁忌の記憶さえ消してしまえば、戦いを終わらせられるかもしれないし」
 「……分かったわ。でも、貴女1人では行かせない。私も行くわ」
 私がそう言うとブランシェも
 「私もお供します」
 と言い、じっとこちらを見つめた。そうね、アナタが来てくれるなら心強いわ。私は了承の意を込めて軽く肯いた。
 
 私は急いで作戦の変更をみんなに話した。
 「OK! 敵の注意を引きつけておけば良いのね?」
 「それならもし長が出てきたとしても、正面からやり合わずに済むね」
 「今度は簡単にはやられないがな」
 そう言うライトさんに、私は思わず口調激しく詰め寄った。
 「ダメっ! 無理はしないでっ! 約束してっ!」

 あの時──ライトさんが私をかばって傷ついた時──あの瞬間の出来事が脳裏から離れない。怖かった。悲しかった。私は大切な人をこれ以上失いたくはない。

 ホントは出来るなら貴方の側にいたい。でも、きっと足手纏いになる。貴方をまた危険な目に遭わせてしまう。だから私は私の出来ることをするの。戦いを一刻も早く終わらせる為に。

 そんな思いを込めた瞳を彼に向けると、ライトさんも私をじっと見た。そして言った。
 「了解した。そちらが使命とやらを果たすまで、敵を振り回すことに専念する」
 「うん……」
 「だから、早くそれを果たして帰って来い」
 「うん……分かった……」

 そんな会話を交わした私たちが、いつの間にかお嬢様たちの姿が消えていたのに気づいたのは、しばらく経ってからの事だった。
 


 

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