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月の女神と夢見る迷宮第五十九話

潜入!地下下水道

 「覚悟はしてたけど、やっぱ臭いがキツいわね~」
 お嬢様が顔をしかめながら言った。
 
 冒険者ギルドを出た私たちは、今日泊まる宿だけ予約してから、すぐさま下水道の入り口に向かった。パーリで何が起こっているのかを、出来るだけ早く把握する必要があると考えたからだ。
 
 「で、結局何匹駆除すれば良いの?」
 「ラパンとミントは従魔なので除いて……6人分ですから60体以上……ですかね?」
 男性3人、女性はシルヴィを入れて3人だから数は合ってるはずだ。

 「60~っ!? それ、どんだけ長い間ここに籠もらなきゃならないのよ……」
 お嬢様が毒づいた。
 「さすがに今日1日で達成できるとはギルドも思ってないだろう」
 「期限は……3日になってるね」
 ライトさんとミズキさんがお嬢様をなだめる。

 「1日20体って事か……それならまぁ何とか……」
 お嬢様が少し気を取り直して言った。
 「でも、長引くと何回も下水道に入らなきゃならなくなりますから……」
 私としてはさっさと終わらせたいのでそう言う。
 
 「そうね。何も3日もかけなくていっか……」
 お嬢様も私に賛同してくれた。だってさ、この環境は乙女にとってはかなりキツいのだ。探索するには汚水の中を歩かなくてはいけないからね。ニオイが染み付くのは勘弁して欲しい。

シルヴィ

 「あの……皆さん、これを……」
 シルヴィがみんなにポーションを差し出す。
 「シルヴィ、これは?」
 「状態異常の耐性を上げるポーションです。ダークスライムが疫病の原因だとすると危険ですから……」
 「え……こんなのいつ造ったの?」
 「ギルドでみなさんが話し合ってる時に時間があったので……」
 あー、私たちがパーティー名ですったもんだしてる時ね。何て気が利くの、この娘は。

 「元々疫病が流行り始めてると聞いていたので、旅の途中、材料になる物を集めてたんです」
 なるほど……たまにシルヴィが姿を消すことがあったのはそういう理由だったのね。私はてっきりお花摘み的な事かと思ってたんだけど。

 「シルヴィってホント気が利くわよね」
 とお嬢様が言う。
 「ありがとう。感謝するわ」
 と私。
 「頼りになるな」
 これはライトさん。
 「シルヴィ、君がいてくれると助かるよ」
 ミズキさんもそう言う。

 みんなが口々にシルヴィを誉めるのには理由がある。この娘にはみんなで愛情を注がなくてはいけないという共通認識があるからだ。でも、あれ? ヨシュアは……?
 
 「シルヴィ……君は優しいね」
 シルヴィを見つめながら、最後にヨシュアが言った。

 ん? なんか2人の周りだけ空気が違うような……。私が2人をボーッと眺めていると、お嬢様が私の脇腹を肘でつついた。何だろうと思ってお嬢様を見ると、何かを語りかけるような真剣な眼差しで私を見ている。あれ……私、何かしちゃいました? 私がそう聞こうとすると、突然お嬢様が私の手を握り前に向かって歩き始めた。

 「さぁ、それじゃ行こうか」 
 ミズキさんが棒読み口調でそう言う。うーん、何か雰囲気が変なんですけど。

 「ママって……空気読めない人?」
 「……しーな……にぶい……」
 ミントとラパンが何やら呟いていたみたいだけど、よく意味が分からなかったわ。

 さて、気を取り直して探索である。相変わらずのひどい臭いの中、私たちは下水道の中を進んだ。汚水の中を歩いていると、次第に嗅覚が麻痺してきて、臭いも気にならなくなってきた。

 そしてしばらく進むと
 「……いた……」
 ラパンが囁くように言った。

ダークスライム

 前方にヘドロのような塊が見える。
 「これが……ダークスライム……」
 それはウネウネしながら汚物を漁っているようだった。

 「これ、どうやって倒すの?」
 「体内にある魔核を壊せば死ぬ……だが……」
 「壊すと駆除した事の証明が出来ないんだよね」
 そう、スライムの討伐部位は魔核なの。これを60個集める事がランク試験の課題なのだ。

 「という事は……この中に手を突っ込むの~っ!?」
 お嬢様が思わず大声で叫んだ。
 「いや、違う。こうする……」
 ライトさんはそう言うと、ボーンソードを真横に振った。
 ブォンッ! 
 風を薙ぐような音がして、ダークスライムの体が弾け飛び、後には魔核だけが残った。

 「え……何したの?」
 「剣圧でスライムの液体部分を吹き飛ばした」
 かっこいい……さすが私の推しキャラ──ライトさんだ。剣聖を目指しているだけの事はあるよね。剣圧で液体部分だけ飛ばすなんて……そんなの私には無理な話だわ。

 「面白そうね。次はアタシもやってみるわ」
 お嬢様がやる気満々でそう言った。うん、お嬢様なら可能かも。
 
 「ママ、ファイヤーボールで燃やしたらダメなの?」
 ミントが私に聞く。するとミズキさんが
 「それはダメなんだ。下水道の中にはガスが溜まってて、それに引火したら爆発するんだよ」
 と説明してくれた。となると、今回私たちは出番なしかもね。

 「……しーな……『空』つかう……」
 なるほど。『空』を使えばスライムの液体部分だけ消せるかも知れない。魔核に触れないようにすれば……

 それにしても、最近ラパンに教えられる事が多くなった。特に『裂』と『空』の使い方に対するアドバイスは的確だ。ありがとう、頼りになります。

 「いずれにしても1匹ずつじゃいつまで経っても終わらないわ。もっとドバーッと出てこないかしら」
 お嬢様がそう言った。この言葉によって見事なフラグが立った事を、この時の私たちは誰も知らない……

ダークスライム

 「ひぃーっ!」
 前方の水路を埋め尽くすダークスライムの群れ、群れ、群れ……。これを見た私は最初、久々に情けない悲鳴を上げてしまった。だって、ダークスライムの数は、見える範囲だけで60体は軽く超えているのよ。

 腰が引けている私の隣で、ラパンが光の剣を横に薙いだ。すると光の剣から、翼を広げた鳥の形をした光の塊が飛び、スライムを数体蒸発させた。後には魔核だけが転がっている。

 「ラパン、いつの間に新しい技を……」
 「……ひけん……いーぐるすとらいく……」
 何、その技名……
 「……また……つまらぬものを……きってしまった……」
 うん……技の出所が分かったわ……

 「面白~いっ!」
 お嬢様がさっきライトさんから教えて貰った技を早速使っていた。剣の扱いについてはお嬢様も負けていないみたい。ダークスライムがどんどん魔核に変わっていく。

 「シールドバッシュ!」
 ミズキさんはシールドバッシュのスキルを、スライムの上部だけに当てている。そうする事で魔核を表出させ、見えた魔核をスライム本体から蹴り飛ばす。この一連の流れで、ミズキさんもダークスライムを次々と魔核に変えていた。

 「ミントもやりたいな~」
 そう言うミントをなだめながら、私も『空』を使い始めた。慣れるまでは何度か魔核まで消してしまったけど、ようやくコツを掴んだ。そうなるとただの単純作業だ。私もスライムをどんどん魔核に変えていけるようになった。

 こうしてそれぞれが、それぞれの方々でダークスライムを駆除し、やがて水路には1匹のダークスライムもいなくなった。後には100個以上の魔核が転がっている。私たちは全員でそれを広い集め、見事にランク試験の課題をクリアしたのだった。

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