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月の女神と夢見る迷宮 第五十八話

冒険者ギルド・パーリ支店


シルヴィ

 死者の町を出てから数日後、私たちは無事パーリの街に着いた。旅の間1番心配だったのは、やっぱりシルヴィの事。シルヴィは私たちと違って旅をした事がない。そんな子どもが着いて来られるのだろうかと、みんなから不安視されていたのだ。

 しかし結論から言うと全く心配なかった。シルヴィはタフな娘だったのだ。歩幅が小さいから歩く速度は遅いが、途中で歩みを止める事は決してなかった。

 「シルヴィ、無理はしてない?」
 私がそう聞いても
 「大丈夫です。私、丈夫なので」
 といつもシルヴィは答えるのだ。
 「でも、疲れたでしょう……休みましょうか?」 
 お嬢様がそう聞くと
 「大丈夫です。私楽しいんです。道を歩いて行くと、新しい景色や新しい匂いに出逢えるから……」
 と控え目なしゃべり方だけど、はっきりと答えた。

 あぁ、私にもそんな時期があったわ。お嬢様と旅に出た当初は、見る物聞く物全てが珍しかった。旅をする事が楽しくて堪らなかった。シルヴィも今きっとそんな感じなんだ。

 そんな理由で私たちは、シルヴィを連れているにも関わらず、予定より早くパーリの街に着く事ができたのよ。

 「まずは冒険者ギルドに行こう。そこで必用な手続きと情報集めをしなくてはね」
 当初の予定通り、私たちは冒険者ランクを上げるつもりでいた。その為にはランク試験を受ける必要があるのだが、それには決められた手続きを行わなければならない。

 それに、ラパンとミントの従魔登録もしなくてはならないしね。これをしておかないと、野良の魔物として狩られても文句は言えないのだ。最も2人が狩られる未来は全く見えないけどさ。彼女たちは私と命を共有してるから、決して殺される事はないのだ。

 「問題は……シルヴィなのよね……」
 彼女を従魔として登録するか、はたまた冒険者として登録した方が良いのか。
 
 「どっちにも登録しなくて良いんじゃない? 知り合いの娘を預かってます的な感じで」
 お嬢様がそう言った。うーん、それが無難な選択かしらね。

 「でもそうなると、シルヴィは戦闘に参加出来なくなりませんか?」
 ヨシュアが疑問を述べた。
 「それはそうだけど、そもそもこの娘を戦闘に参加させるのはどうかと思うわよ」
 お嬢様がヨシュアに答えた。

 冒険者というのは戦闘の資格を持つ職種である。一般人が戦って人を殺せば犯罪だが、冒険者の場合は正当な理由があればそれが許される。

 例えば盗賊のような無法者と戦って、仮に命を奪ってしまったとしても冒険者なら罪に問われない。まぁ、一般人でも正当防衛なら許されるんだけど、冒険者ほど融通が効かないんだよね。

 「ねぇ、シルヴィはどうしたい?」
 「私は冒険者になってみたいです……」
 「そっか……うん、分かった」
 ま、元々は人間だった訳だし、従魔でない方が自然だよね。相談がまとまったので、私たちは早速冒険者ギルドを訪ねた。

ギルド職員

 「冒険者ギルド、パーリ支店へようこそ~」
 私たちがギルトの中に入ると、受付の職員2人が声をかけてきた。どうやら見た目からして2人とも魔法職のようだ。

 冒険者ギルドの職員には、元冒険者がなる事が多い。そうじゃないと、冒険者同士の揉め事が起こった時に対処出来ないからだ。

 「さすがパーリね。ギルド職員の服装もファッショナブルだわ」
 受付嬢の被る大きなウイッチハットを見て、お嬢様がそう呟いた。私たちも一応年頃の女の子だからさ、当然そういう事にも興味があるのよ。

 「まず、この娘の冒険者登録がしたいのですが」
 ミズキさんがシルヴィを指差して受付嬢に言った。
 「はい、登録ですね。えっと……失礼ですけど年はおいくつですか?」
 あっ、そうだ。冒険者は12歳以上でないとなれないんだった。シルヴィって今何歳なんだろう。

 するとシルヴィは落ち着いた様子で答えた。
 「今年13歳になりました」
 「分かりました。しっかりしてるのね」
 確かにシルヴィって13歳より大人びて見えるよね。やっぱり苦労してるからかな……

 まぁとにかく……取り敢えず年齢はクリアしてる事が分かって良かった。その後の質問にもシルヴィははっきりと答え、無事登録が完了した。

 次はラパンとミントの従魔登録だ。これにはとても驚かれた。何故ならラパンは一見すると兎人だし、ミントは翼を隠しているので単なる人族の美少女だからだ。その為職員が鑑定して、ようやく魔物と妖精族の従魔であると認定してもらえた。従魔かどうかって鑑定できるのね。シルヴィを鑑定されなくて良かったわ……

 「それでは続いてパーティ登録の方に移りますね~」
 これをしておくと良いのは、クエストを達成した時の成果ポイントが、全員で共有されることだ。ヨシュアやシルヴィのような非戦闘員にもきちんとポイントが配分されるので、パーティのランクアップに必須の手続きである。

 個人の冒険者ランクとパーティランクは別物だ。いくら個人の冒険者ランクが高くても、所属するパーティのランクが低いと高ランクのクエストを受けられないようになっているのだ。

 これは冒険者ランクが高いものが勝手に高ランクのクエストを受け、冒険者ランクの低い者を危険に晒す事がないようにとの配慮から。つまりソロでもない限り、冒険者ランクとパーティランクはバランス良く上げていかなければならないって事なのよ。

 ところが、ここで一つ問題が浮上する。パーティ登録にはパーティ名が必要になるのだ。私たちの意識の中からその事がすっかりと抜け落ちていた。

 「パーティ名……」
 全員が顔を見合わせて困惑の表情を浮かべていた。やがてみんなの視線が一点に集まり始める。こういう事はやっぱりリーダーにお任せするのが良いんじゃないかな……という視線だ。

 「待ってくれ。いつから私がリーダーになったのかな?」
 ミズキさんが困ったように言う。
 「それはやっぱり年の功ってヤツよねぇ」
 お嬢様がニヤニヤしながら言った。
 「ミズキ、諦めろ。お前が一番の適任だ」
 ライトさんが追い打ちをかける。その通り。さすがはライトさん、私の推しキャラである。まぁ、簡単な消去法ではあるんだけどね。

 ライトさんは雇われている身なので無理。あんまり考えたくはないけど、途中でパーティを抜ける可能性がある。

 ラパンやミント、シルヴィアがリーダーになれる訳ないし、ヨシュアも無理だ。後方支援のヨシュアが戦闘で指揮を執るのは難しいからね。

 お嬢様の従者である私も無理。お嬢様を差し置いてリーダーなんておこがましいにも程がある。

 残るはお嬢様なんだけど……そういう面倒な事は基本的に避けるタイプなのだ、ディアナお嬢様は。それに、お嬢様の指示に従っていたら……命がいくつあっても足りないような気がするのよね……経験上。

 という訳でリーダーはミズキさんしかいないのよ。ミズキさんもその辺は薄々と感じていたのだろう。「はぁ……」と一つため息をつくと、諦めたように言った。

ミズキ

 「分かったよ。年長者の責任上リーダーは引き受ける。でも、パーティ名はみんなで決めないか?」

 みんなが肯きかけた時、ラパンが突然声を発した。
 「……わんぴーs」
 「ダメよ、ラパン! それは許されない名前だわ!!」
 私は焦って思わず大声で制止をかけた。それは……私たちは1つって意味なんだろうけど、既に使われているのよ。
 「……しんげきの……」
 「それもダメっ!」
 ラパン、アナタ……当分漫画は禁止ね。

ヨシュア

 その時、思わぬところから声が上がった。
 「オラシオン……エスパニア地方の言葉で『祈り』って意味なんですけど……」
 ヨシュアだった。でも祈り……?

 「どうしてそれが良いと思うの?」
 お嬢様がヨシュアに尋ねる。
 「どうしようもないピンチに陥った時に、祈りを捧げれば助かるかもと……」
 「ダメよ!」
 お嬢様がいつになく強い口調で遮る。その言い方に私は違和感を覚えた。

 基本お嬢様という人は、自分が関心ない事は「いいんじゃない?」の一言で済ませてしまう人なのだ。こんな風に即座に人の意見を否定するような事は、今までになかった。

 「どうしてダメなんですか?」
 ヨシュアもムッとした様子で尋ねる。
 「冒険者というのはね、どんなピンチに陥っても自分の力で道を切り開かなければならないの。誰かに頼ったり、何かにすがろうなんて考えちゃダメ」

 うっ……。お嬢様の言葉に私はいたたまれなくなる。ごめんなさい……私、いつもラパンやミントに頼ってばかりです……

 私が肩をがっくりと落としたのを見て、ミントが声をかけてきた。
 「ママと私たちは一心同体だからぁ、頼ってるのとは違うと思うよ?」
 「しーなのちから……わたしたちのちから……わたしたちのちから……わたしのちから……」
 何? その危険思想は……
 でもラパンも一応私を慰めようと……してくれたんだよね?

 「あの~…」
 なかなか決まらない私たちに痺れを切らしたのか、職員が声をかけてきた。
 「今決められないようでしたら、後ほどでも結構ですよ。パーティ名は何度でも変えられますし……」
 「済みません。保留にしておいて下さい」
 ミズキさんがそう言って職員に頭を下げる。
 「分かりました。ペンディング……と」
 こうしてパーティー名問題は先送りになった。続いてはランク試験の内容についてだ。

 「皆様のランク試験の内容ですが、現在はこれ一択になりますね……」
 申し訳なさそうな顔をして職員が告げる。

 あー……やっぱりね。何となく予想はついてたわ。

 ギルド職員が指し示すランク試験の内容は
 「下水道に入り、1人10体以上のダークスライムを駆除すること」
 だった。
 


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