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月の女神と夢見る迷宮 第四十九話

不死の魔物との戦い

レイス

 その異形の者たちはルシファーの背後でユラユラと揺れていた。
 「あれは……レイス……?」
 その様はギルドの資料室で見たことがある。いわゆる低位のゴーストだ。平たく言うと、幽霊ってことね。恐らくルシファーはこの地の地縛霊を呼び出したんだろう。

 レイス自体はそれほど強い敵ではない。しかし問題なのは、普通の攻撃では傷もつけられないこと。魔法ならターンアンデット、武器ならホーリー系の魔法がエンチャントされた武器でなければ、攻撃が全部すり抜けてしまうのだ。そして私たちのパーティは、そのどちらも有していなかった。

 「マズいっ! レイスに触れるなよっ」
 ライトさんから檄が飛ぶ。レイスの攻撃のバリエーションは少ない。だけど、そのメインの攻撃であるドレインタッチは、凶悪な攻撃な攻撃として広く知られていた。

 ドレインタッチという攻撃は、レイスに触られた者の体力と精神力を奪う。その個体の持つ限界量を奪われると気を失い、下手をすると死に至ることもあるのだ。

 「ちょっとアンタっ。なんてもん召喚してんのよっ!」
 お嬢様がルシファーに向かって毒づいた。
 「殺してしまっては生きの良いゾンビは造れないからのう。まずは気を失わせてから生きたままゾンビに換えてやるのよ」
 「なんて悪趣味な……」
 私は総毛立ちながら呟く。

 レイスの数はおよそ50体。どんなにうまく交わそうとも交わしきれる数ではなかった。レイスたちは私たちの周りを素早く飛び交い、私たちはどんどん追い詰められていった。

 最初にドレインタッチの洗礼を受けたのはヨシュアだ。
 「うわっ……」
 同じ冒険者であっても、戦闘にほとんど加わらないヨシュアはこういう荒事には慣れていない。しかも、今は若干のケガを負っている。最初に脱落するのも無理はなかった。

 しかし、ヨシュアの脱落は私たちパーティの危機を意味する。お嬢様、私、ラパン、ミントの女性陣のパフォーマンスが著しく落ちるからだ。ヨシュアのバックアップがあるからこそ、私たちは安心して戦えるのである。私たちに緊張が走った。

 「ぐうっ……」
 次に狙われたのがミズキさんだ。普段はその大きな盾で物理攻撃のほとんどを防いでくれるミズキさんだが、ドレインタッチを防ぐ手立てはない。銃の攻撃もレイスには無効。最後は自らの身体を盾にして、私たちを守ってくれようとしたがそこまでだった。

 後に残ったメンバーは、俊敏性を生かしてレイスの攻撃を避けていたが、時間が経つにつれ消耗していった。
 「ほーれほれ。もっと早う逃げんと捕まってしまうぞぇ」
 ルシファーの声が遠くに聞こえる。するとライトさんが
 「奴を倒せばレイスは消える。シーナ、できるか?」
  私にそう言った。
 「分かりましたっ! ミントっ!」
 「アイアイ、マムっ! ライトニーングッ!」

 ミントから一筋のライトニングがルシファーに向かって飛ぶ。しかし無情にもルシファーに当たる寸前で、その光の矢は消滅した。
 「くっ! 対魔法バリアを展開してる……」
 どうやらルシファーは魔法使いとしても優秀なようだ。私は唇を嚙み締めた。

 

ディアナ

 「あうっ!」
 ついにお嬢様がドレインタッチの洗礼を受け、その場に膝をつく。
 「お嬢様っ!」
 駆け寄ろうとする私に向かってレイスが殺到しようとした。それを庇うようにラパンがレイスと対峙する。どうやらラパンの光の剣はレイスにとっても脅威のようで、レイスがさっと身を翻す。

 「ラパンっ、お嬢様をっ!」
 ラパンは私の声を聞くと、お嬢様の元に駆け付けようとした。だけど、その瞬間に隙が生まれた。

 「んぎゅっ!?」
 ラパンの手足を漆黒の闇が包む。ルシファーから放たれた魔法攻撃がラパンに直撃したのだ。ラパンはその闇を払おうと藻掻いているが、簡単には抜け出せそうになかった。

 「ほぉ、このカースバインドに抵抗するか。こ奴ただの魔物ではないな?」
 カースバインド。敵を拘束しながらドレインするという、ドレインタッチの上位互換。これを喰らうと、動けないまま生命力を根こそぎ吸い取られる。

 だけどルシファーの言葉通りなら、生命エネルギーを私と共有するラパンには効果が薄いということ? それなら……

 「ライトさんっ……」
 私はライトさんと背中を合わせ、短く言葉を交わす。
 「分かった。無理はするなよ」
 「ライトさんもねっ!」

 ライトさんはその場から走り去った。私はラパンの元に走る。そしてカースバインドの真っ黒な鎖を『裂』で切り裂いた。その間、私は何度もレイスのドレインタッチを受ける事になったが、私の生命エネルギーは特別製らしい。私に触れた途端、レイスの体の方が弾け飛んだ。

 「なんじゃと? 貴様もただの人間ではないと言うのか!?」
 「人を化け物扱いしないでくれる? 貴女とは違うのよっ!」
 私はルシファーに向かってそう叫んだ。更に今度はラパンに問いかける。
 「分かってるわね? 相棒!」
 「……まかせろりっ!」
 作戦の内容はリンチャで既に打ち合わせてある。

 「ミントっ!」
 ミントからライトニングの矢が放たれる。まるで流星群のような何本もの光が、ルシファーに降り注ぐ。しかし、それらは全て対魔法バリアで防がれた。

 だけど、これは計算通りだ。ミントのライトニングに気を取られてる隙を狙って、レイスの間を駆け抜けたラパンがルシファーに迫る。

ルシファー

 「小癪なっ!」
 「いくら優秀な魔法使いでも、一度に2方向からの攻撃は防げないわよねっ!」
 ラパンがルシファーに斬りかかる。その切っ先が当たった……と思った時、信じられない事が起こった。

 ルシファーの体がスッとその場から消え、また別の場所に現れたのだ。
 「無駄無駄無駄ぁ~~っ!」
 典型的な悪役の台詞を吐きながら、ルシファーが嗤っている。

 ラパンが再びルシファーを追う。しかし近寄る寸前でまたスッと消え、別の場所に現れる。幾度となく同じ事を繰り返すうちに、ラパンの消耗が目立ち始めた。回復役のヨシュアがいない事がここに来て響いている。

 でも、貴女は気づいてないのよね……ルシファー。ラパンが何故ここまで執拗に追い回すのか。何故私が手を出さずに、ただ見ているだけなのか。

 レイスの攻撃に晒されながら、私はずっとアナタの動きを視ていたのよ。空からミントの目を通してね。

 ルシファーが消えたり現れたり出来るのは、恐らくジャンプ系のスキルを使っているから。これは目に見える場所へ瞬間移動できるというスキルだ。

 けれど、このスキルには弱点もある。途中に障害物があったり、跳んだ場所に異物があると跳べないのだ。だから1度跳んだ場所へ跳ぶ事が多くなる。その方が確実だし安全だからね。

 そして、人は同じ作業を繰り返していると、気づかないうちにパターン化してしまう。貴女の場合、まず右に3回、前に1回跳ぶ。次に左に3回、後ろに1回跳んで元に戻るの繰り返し。そう、8回でワンセット。元の位置に戻って来るのよ。

 「ライトさん、今っ!」
 ルシファーが消えた瞬間に私は前方の林に向かって叫んだ。

ライト

 彼女が最初の場所に現れた時、背後から回り込んでいたライトさんのボーンソードが唸りを上げた。

 


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