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田舎の猫 街に行く 第三十一話
田舎の猫 ダンジョンに突入する
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そのダンジョンはファティマ村から北に2時間程離れた所にあり、帰らずの森とは隣接している。マーシャさんとリンクした後彼女をインドアに招き入れた私は、ダンジョンにへ一瞬にして跳んだ。そこでマーシャさんを放出した途端彼女が顔をしかめた。
「これは……こんな……」
「どうしたの?」
私が聞くとマーシャさんは絞り出すような声で呟いた。
「ダンジョンから瘴気が漏れて周りに広がっています。スタンピードの兆候が……。まだ1年しか経ってないのにどうして……」
ダンジョンのスタンピードはそれ程頻繁に起こるわけではない。一度スタンピードを起こしたダンジョンはエネルギーが低位の状態になり、魔物の沸きが緩くなる。半休眠状態になるのだ。その期間が少なくとも50年は続くのがこの世界の常識だった。
「中に入るわよっ!」
私がそう言うとマーシャさんが
「この瘴気を止めないと周りにも影響が出てしまいます。帰らずの森に住む生き物たちが魔物化してしまったら大変なことに……」
と激しい口調で言った。
「困ったわね。私の力では瘴気を止めることは出来ないし……」
そう、私のスキル『フィールド』では実態のないものは止められない。そして『クリア』は瘴気の大元まで行って使わないと意味が無い。元を絶たないとずっとこの場に張り付いていなければならなくなる。
「どうすれば……どうしたらいい……?」
「精霊の力でもこの瘴気を『はらう』ことは出来ません。これを『はらう』にはもっと別の力でないと……」
その時私に天啓の閃きが舞い降りた。
「はらう……祓う……お祓いっ! ラフィっ!!」
禍々しいものを祓うのもまた『まじない』の力なのだ。彼女ならこの瘴気を何とか出来るかもしれない。
私はすかさずラフィにリンクを繋げた。
「ラフィ!今暇っ!?」
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「急に頭の中で叫ぶんじゃないわよっ!?頭が割れるでしょうがっ!!アンタには常識ってもんがないのっ?」
相変わらずの罵詈雑言がすかさず返ってきた。
「ラフィ、よく聞いて……実は……」
私はラフィに事情を説明した。それまでの経緯からこの先起こるかもしれない未来予想図まで。この瘴気がまき散らす災厄は、ダンジョンがスタンピードを起こすだけでは済まないかもしれない。
「分かった。直ぐに準備するわ。ラビィにも声をかけるけどいいわね?」
「了解。30分後に迎えに行くわ。それでいい?」
「OKよ。これからラビィを迎えに行く」
私はラフィとの会話を一旦終了するとマーシャさんに言った。
「シャーマンの知り合いに助けを頼んだわ。彼女なら何とか出来るかもしれない」
「確かに……。シャーマンの『まじない』の力であればこの瘴気を消せる可能性があります」
「瘴気を消すことが出来たら直ぐにダンジョンに突入するわよ」
「それならば村の人たちにも強力を仰ぎましょう。ダンジョンを探索した経験のある者もいます。ミーシャもリーシャも経験者です」
私はミーシャとリーシャにリンクを繋げ、今の状況を説明した。
「分かりました。私とミーシャで村人に話をします。30分で準備しますのでよろしくお願いします」
……30分後、ラフィとラビィ、ミーシャとリーシャを含むファティマ村のダンジョン探索隊がこの地に集結した。
「ラフィ、お願い」
「任せなさい。ちゃちゃっとやるわよっ!」
ラフィがおもむろに服を脱ぐ。シャーマンはその力を使うときは身に何も着けないのだ。この場に男性がいなくて良かったわね。
錫杖を鳴らしながらラフィが舞い始めた。時刻は丁度夕闇がかかる頃合いである。ラフィの動きがどんどん激しさを増す。すると少しずつラフィの躰を光のオーラが包み始めた。ラフィが舞うと残像のようにオーラも舞う。
「綺麗……」
こんな時にも関わらず私は溜め息を漏らした。この場にいる者たち全員が同じ気持ちだったと思う。それくらいラフィの舞は圧倒的で耽美だった。
そうして小一時間程経っただろうか。日が完全に沈むと同時に、ラフィが生み出す光のオーラは渦となって周りの瘴気を飲み込んだ。
「……取り敢えず終わったわ。」
光の渦が収まるとラフィが呟くように言った。
「凄かった、見直したわ。」
私は素直にラフィを褒めた。するとラフィは納得が言ってないとでもいうような顔でこう言った。
「不思議なのよね……。なんか訳が分かんないんだけど滅茶苦茶調子よくて。特に日が暮れてからは万能感というか、全てが上手く行くっていうような感覚がどんどん湧いてきてさ……」
ラフィが言うには、みんなを不安にさせるのが嫌で言えなかったが、成功確率は50パーセントに満たなかったそうだ。しかし実際に儀式に入るとどんどん力が湧いてきて、終わった今でさえまだ力が有り余っているという。
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「まるで何かに取り憑かれているみたいな感覚よ。悪い感じじゃないんだけどね」
その言葉を聞きながら私も不思議な感覚に囚われていた。本来日没後の今、私の力は最大限のパフォーマンスを発揮する。体の奥底から力が湧き上がる感覚を覚えるはずなのだが、それがないのだ。まるで力を誰かに吸われてしまったように……
「うーん、私も平和に慣れすぎてボケたかな……?」
そう独り言を呟くとマーシャさんが近寄って来た。
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「ダンジョンの外側の瘴気は全て消えました。でも時間が経つとまた中から湧いてきてしまうでしょう。今が突入するチャンスです」
「分かった。突入しましょう!」
私は念の為全員にリンクを繋げると、右胸に左手を当て呟いた。
「シャイニング レインボー」
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バトルモードにチェンジした私はダンジョンに向かって駆けだそうとした。
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「待ちなさいって!」
その私をラフィが押し留めた。
「まだダンジョンの中には瘴気が充満しているはずよ。そのまま行っちゃったら瘴気に侵されるわよっ!」
そう言うが早いか再びラフィが舞い始めた。
「みんなをここに集めてっ!」
再びラフィが光に包まれた。そしてその光が天上に伸びてはじける。すると集まった全員に光のシャワーが降り注いだ。
「これでよしっと……。この光を纏っている間は瘴気に侵される心配はないわ。でも念の為私も瘴気を浄化しながら着いていく」
私たちはその場で簡単なフォーメーションを決め、ダンジョンに臨むことにした。
先頭はダンジョンを探索したことのあるエルフたち2人が務めることになった。道案内をしてもらう為だ。その次に私たち戦闘可能な人員が続く。そして殿がラフィとラビィだ。ラビィは舞いながら進むので、戦闘が起こる最前線からは遠ざけてある。
こうして遂に私たちはダンジョンに突入した。