月の女神と夢見る迷宮 第七十三話
小悪党
「シルヴィ、アルカスに着いたら……その……どうする?」
アルカスに向かう旅路の途中で、私はシルヴィに話しかけた。
「どうする……ですか?」
シルヴィが戸惑ったように返事をする。
シルヴィは私の従魔だ。でも、それ以上に私たちは仲間……ううん、家族という感覚がしっくり来るような関係だ。だからシルヴィがルシファーと一緒に暮らしたいと言うなら、私たちはそれを止めたりしない。
「アナタが私たちとパーリに旅立ったのは、元々カスロンの野望を阻止するようルシファーに頼まれたからでしょう? それが誤解だったと分かった以上もう共に行動する事は……」
寂しいけれど、ここでお別れするのが彼女の為なのかも知れない。しっかりしてるけど、シルヴィはまだ子どもだ。カスロンも近いうちにアルカスに戻ると言っていた。もう一度親子3人で暮らせるかも知れないのだ。
「あの……私は……要らない子ですか……?」
シルヴィが哀しそうに言う。そうじゃない、そうじゃないけど……どう話せばいいのか分からず、私は言葉に詰まった。
「そうじゃないわ、シルヴィ。シーナはね、アナタの幸せの事を考えて言ってるのよ。ルシファーやカスロンと一緒に、アルカスで暮らす方が幸せなんじゃないかって」
言葉に詰まった私に代わってお嬢様がそう言った。
「それは分かってます。私はシーナさんの従魔ですから。気持ちは伝わってるんです……でも……」
そう言ってシルヴィは視線を落とす。
「私もルナティシアの一員だから……冒険者だから……」
シルヴィはそう呟きながら視線を彷徨わせる。そうしてその視線は一点で止まった。
「あー、なるほど……」
お嬢様が何かを納得したかのように言った。それを聞いたシルヴィの表情が変わる。これは……恥ずかしがっている?
人とは違って血が流れてないから顔色は変わらないけど、本当なら顔が真っ赤になってるんじゃないだろうか? それに表情も何か……しっとりした感じ。うーん……何だろう、これは? 不思議に思いながら、シルヴィの視線の先をたどると、そこにはヨシュアがいた。
私が不思議に思い、2人を交互に見ていると、お嬢様が突然ガシッと私の腕を掴んだ。そして私をじっと見ながらこう言った。
「シルヴィはしばらく私たちと旅をする事になったわ。いいわね、シーナ?」
「え……?」
何でそうなったのかが良く分からない私は返答に困った。
「い・い・わ・ね?」
お嬢様が1文字ずつ区切るように言う。
「はい……シルヴィがいいなら……」
私はその圧に負けてそう返した。するとそれを聞いたシルヴィの顔がパァッと輝いた。
「ママの鈍さって……ヤバいわね……」
「しーなのにぶさ……てんかいっぴん……」
何か、ミントとラパンが私の悪口を言ってるような気がするんだけど? 解せぬ……
「おや、そこにいるのは……」
突然前方から男の声がした。
「貴方は……」
その男の顔には見覚えがあった。カルム村にある宿屋の主人、ニナの父親だ。
「どこへ行くのかな? カルム村に戻るなら一緒に行かないか?」
主人はそう言いながら近寄ってくる。その時ラパンが私にリンチャで囁いた。
『しーな……きをつけて……けはい……なかった……』
一介の宿屋の主人が、ラパンの索敵能力に引っかからないのは変だ。それに、彼はシューと連れ立ってパーリへ来ている。これは単なる偶然なのか……それとも……?
「あ……おじ……さん……?」
シルヴィが戸惑ったように言った。
「え? シルヴィ、この人知ってるの?」
「この人です。お父さんの使いだと言って回復薬を取りに来ていたのは……」
思い出したようにシルヴィが言った。
すると突然主人の態度が豹変した。
「ちっ、覚えてやがったか。小娘の癖に記憶力がいい……」
「へぇ、アンタってシューの何? 腰巾着?」
お嬢様が主人を煽るように言った。
「俺はな……イー・ジョムン。シューは俺の父親だ」
そんな、じゃあニナは……ニナはシューの孫?
『しーちゃん、それは違うわ。ニナは養女なんよ。身寄りのないニナを、宿屋の主人が引き取ったんだって』
私の疑問を受け取ったのだろう。チャイムがリンチャでそう連絡してきた。
「それで、シューの息子が今更何の用?」
お嬢様が更に煽る。
「貴様らが……貴様らさえいなければ、俺が次期フランカス領主になるはずだったのに。許さんぞ、貴様ら!」
宿屋の主人が激昂して言う。
「あー、なるほどねー。シューはアンタを次期領主に就けるつもりだったんだ。いくら何でも前科があるシューが、再び領主になるのはマズいもんね」
「そうだ、そして親父と共にこの王国を手に入れるはずだった」
「でも、その夢は潰えた。シューは滅びたわよ」
「知っている……あの親父が負けるなど信じられなかったが……」
「じゃあ、今更どうしようっての? 仇でも討つつもり? アンタじゃどう見ても役不足だと思うけど?」
宿屋の主人とお嬢様の舌戦は続いた。
「俺の力だけじゃそうだろうな。だが……これならどうだ?」
「なっ……!?」
男が視線をやった先には、ここにいるはずのない者の姿が……
「お母さんっ!?」
死者の町にいるはずのルシファーがそこにいた。捕らえられていたはずの冒険者達と共に。
「済まぬ……油断した……」
シューが滅びるのを見ていたイーは、私たちより一足先にアルカスに向かったのだ。そして、私たちがカスロンに捕らえられたとルシファーに吹き込んだ。イーはシルフィだけでなくルシファーにも面識があったらしい。その為すっかり騙されたルシファーは、死者の町を出て私たちを救出しにパーリへ向かうことを決意したのだ。
だが、今のルシファーはゾンビの身。死者の町やアルカスを離れれば力は弱体化する。そこを狙われ、イーが死者の町から逃がした冒険者達に捕まってしまったという事らしい。
「こやつら冒険者共は、この男の手の者だったのじゃ……不覚をとった……」
恐らく魔物を拘束する魔法がかけられているのだろう。身動きの取れないルシファーが悔しそうに言った。
「親子揃って卑怯な真似が得意よね。ホントにバーバラさんと血が繫がってるの?」
全くだ。お嬢様の言う通り、剣聖のバーバラさんとは似ても似つかない小物感がヒシヒシと伝わってくるわ。
「あのような下衆な女と一緒にするなっ! 俺は親父の嫡子であり正当な跡継ぎだ!」
正妻の息子なんだ。まぁ、だから何だって話だけどね。悪党の跡継ぎだから小悪党ってところかしら。
「お前ら、やってしまえっ!」
イーの合図と共に冒険者たちが前に出る。
「ふん……この前は不覚を取ったが、今度はそうはいかんぞ!」
冒険者達のリーダーがそう言うと同時に、後の5人が動いた。
「アンタ達、カスロンに雇われてたんじゃなかったのね」
「私たちはイー様の配下だ。イー様がシュー様の従者であった時からな」
シューがパーリを追われた時に、従者として連れて出たのがイー。彼等はイーのスパイとしてパーリに残ったのだそう……冒険者として。そして、カルム村とパーリの街を定期的に行き来し、連絡を取り合っていた。宿屋の雑誌や漫画等が最新だったのはその所為だったのか……
「今は『光を呼び覚ます者』という名のある冒険者パーティーでもある」
リーダーがそう言うと、パーティーの中から
「私は雇われ魔法使いだけどねー」
と声が上がった。対アンデッド魔法を使う魔法使いの女だった。
「悪党の手下が『光を呼び覚ます』って悪い冗談よね」
お嬢様が皮肉たっぷりの笑顔でそう言うと、リーダーがブチ切れた。
「その減らず口を二度ときけなくしてやる! お前達、行くぞっ!」
こうして彼等との2度目の戦闘が始まった。