月の女神と夢見る迷宮 第五十三話
死者の町
翌朝、私たちはアルカスの町に戻った。しかし町は閑散としており、ゾンビの姿も消えていた。
「やっぱりゾンビって昼間は活動しないのね」
そう言って付近の民家を覗き込むお嬢様。
「家の中にいる気配もなしか……」
「取り敢えずシルヴィの薬屋に行ってみよう。そこに何か手掛かりがあるかも知れないからね」
ミズキさんの言葉に全員が肯く。ただ1人シルヴィだけは沈んだ面持ちで、何かを考え込んでいた。
「もしかしたら罠が張ってあるかも知れない。シーナ、頼んだ」
私は罠の鑑定を行う。その間に薬屋の中の様子をラパンとミントが探ってくれていた。
「罠はありません。中に人もいないそうです」
自分の鑑定結果と、ラパンたちが伝えてきた事をみんなに報告する。
「本当に全部消えてしまったみたいね……」
お嬢様が首を傾げながら呟いた。
「何か手掛かりはないんでしょうか?」
ヨシュアもじっと考え込んでいる。
「あ……そういえば……」
思い出したようにシルヴィが呟いた。
「どうしたの、シルヴィ?」
私が尋ねると
「店の裏手に薬を造る為の作業場があるんです。お母さん専用の……。入るなと言われてたので、私は入った事ないんですけど……」
「確かめてみよう」
私たちは店の裏手へと回った。そこには小さな庵とでも言うような建物があった。先頭で扉に手をかけたライトさんが
「鍵がかかってるのか? 扉が開かないな」
と振り返って言った。
私は罠の有無がないかも含めて鑑定を行う。幸い罠はなかったが、扉には結界が施されているようだ。
「結界が施されてるみたいです」
「解除する方法はないのか?」
「シルヴィ、何か分かる?」
「いいえ、入った事がないので……」
全員がその場で何か良い方法がないかを考え始めた。しかし、誰も良い案が浮かばない。すると、その時突然ラパンが私に話しかけた。
「しーな……『れつ』つかってみて……」
「あ……」
そうか、何でも切り裂く事の出来る『裂』なら……。もしかしたら結界も切り裂けるかも知れない。
私はいつもより集中して、イメージを頭に思い浮かべる。生命エネルギーを『裂』に注ぎ込むイメージを。
すると『裂』の白い刃の輝きが増したような気がした。私はそのまま『裂』を振りかぶると、扉に振り下ろした。
ズッ……何かがズレるような音がして、扉が開いた。
「開いたっ!」
お嬢様はそう叫ぶや否や、中に飛び込む。次いでライトさん、ミズキさんの順。そしてヨシュア、私、シルヴィ、ラパンが入り、最後にミントが文字通り飛び込んで来た。
「特に何もないみたいだけど……」
最初に入ったお嬢様が、色々と物色しながらそう言った。小屋の中はきちんと整頓されていて、ポーション作成の為に使うと思われる道具が整然と置かれていた。
「小屋の中を全員で探索してみよう。何か見つけたらシーナに鑑定して貰うんだ」
ミズキさんの指示に従って全員が各々部屋の中を探索し始めた。とは言っても、小さな小屋だ。探索できる場所はそれ程多くはなかった。
その時……どこかからカチッと音がした。音のした方向に振り向くと、お嬢様が驚いたような顔をして手元を見つめていた。手には小さな薬瓶を持っている。多分それはお嬢様の前にある棚に並んでいた物だろう。
そして……世界は暗転した。
「ここは……どこだ?」
「ごめん、やらかしたっ」
お嬢様がみんなに向かって手を合わせて頭を下げていた。
「どうやらテレポーターが作動したみたいだね。まさかこんな仕掛けがあったとは……」
辺りを見回しながらミズキさんが言った。その言葉に全員がその異様な風景に注目する。
そこにはアルカスに似た町の風景が展開されていた。しかし、そこがアルカスであるはずがなかった。何故なら今アルカスは朝だからだ。それなのに目の前に見える町は夜の帳に包まれているのだ。テレポーターに時間を越える機能はなかったはず。そして何よりもここは……
「たどり着いてしまったか……」
「お母さんっ!?」
「ルシファーっ!」
いつの間にか私たちの目の前にルシファーが立っていた。シルヴィを覗く全員が、瞬時に戦闘態勢に移行する。
「……待て。もう争うつもりはないのじゃ」
「そんな事が信じられると思うっ!?」
前回の闘いで後れを取ったお嬢様が、激しい口調でルシファーをなじる。
「信じられぬのも無理はない。だが、妾にはそなた等と争う理由がなくなった」
「どういう事?」
「それはこれから話す。こちらへ……」
そう言ってルシファーは歩き出そうとする。
「その前に此処はどこだ?」
ライトさんがルシファーに尋ねると、ルシファーはこう答えた。
「ここは死者の町じゃ」
「この町にゾンビ達が暮らしてるって言うのっ!?」
「そういう事じゃ」
そう短く答えてルシファーは再度歩き始める。私たちはその後ろ姿を追った。
しばらく歩くと、小さな公園のような場所に着いた。そこには水路があり、綺麗な水が流れている。ルシファーはそこで立ち止まると、私たちの方を向き話し始めた。
「シルフィから聞いたのであろう?」
何を……とは言わなかったが、彼女の沈んだ表情が全てを物語っていた。
「お母さん……」
「まだ、妾を母と……? お前に酷いことをした妾の事を許すと……?」
「シルヴィが許しても私は許さないわよ!」
お嬢様が激しく詰め寄る。
「シルヴィ? そうか、新しい名を貰ったのじゃな」
「ええ、シルフィと命を意味する言葉のヴィでシルヴィと名付けさせて貰ったわ」
私がそう言うと、ルシファーは目を細めて私を見つめた。
「娘よ、感謝する。我が子を救ってくれてありがとう。これでもう妾に思い残す事はない……」
「どういう事? 貴女の目的は旦那さんを甦らせる事でしょう?」
「シルフィ……いや、シルヴィに聞いたんじゃな?」
「ええ」
「そうじゃな……表向きはそういう事になっておった。じゃが……」
えっと……表向きはって事は、本当は違うって事?
「シルヴィの父親は死んでなどおらん。今も生きておる」
「お母さんっ!?」
全員が息を飲む中でシルヴィだけが驚きの声をあげた。
「奴は……カスロンは生きておる。パーリの街で今もな」