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月の女神と夢見る迷宮 第十五話
時間はお金では買えないのよ
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「いつまでもいて下さっていいんですよ?」
私の悩んでる様子に気づいたのだろうか? ニナがそう言った。
「シーナさんたちは村の恩人なんです。お金の心配はいりませんからね」
「有難い申し出だけど、そういう訳にもいかないのよね」
実は私とお嬢様にとって、お金の問題はそれ程大したことではないのよ。最悪獲物を狩って、その肉を村で売るという事もできるんだし。でもそんなことをしなくても、ミズキさんを通してシャロン家の援助をいつでも受けられるのだ。お嬢様は知らないけれどね。
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問題はお嬢様が出来るだけ早く、冒険者としての立場を確立しなければならないという事なのよ。お嬢様が家を出てから約2ヶ月。そろそろお嬢様の不在が、王都の貴族連中の口に上る頃だ。口さがない者たちが騒ぎ立て、シャロン家のゴシップとして巷に流布しないとも限らない。
そんな事になったらルナ様は勿論のこと、セレネ様やアルテミス様から、お嬢様を呼び戻すよう圧力がかかるに違いない。いくら旦那様と奥様でも、シャロン家の威信に関わると言われたら、抗うことは出来ないだろう。
だからお嬢様は出来るだけ早く一人前の冒険者になって、名前を売る必要があるのだ。しかし現段階では冒険者登録こそしているものの、実績がまるでない最低ランク。今回の事件の解決が評価されたとしても、一人前と言えるかどうか微妙なところなのよ。
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もう一つの懸念はライトさんの事だ。ライトさんの目的は剣聖になることなんだけど、彼の年齢は22歳。多くのスポーツ選手の肉体のピークは20歳~30歳だ。つまり剣聖のような剣技の頂点を目指す者にとっては、やや遅い年齢なのよ。
それに加え剣聖になる為には、実力だけでなく名声を得る必要がある。彼の性格で、初対面からフルネームを名のったのには違和感を覚えたんだけど、少しでも名前を売らなければならないという事情があったのだ。
今思えば武道会を開くという提案は、彼にとってはここに残る事が出来る唯一の選択肢だったのかもね。残念ながら却下されちゃったけど……
以上のことから、事情は違えどお嬢様にとってもライトさんにとっても、この場に留まる時間的余裕がないというのが実情なの。よく時は金なりと言うけれど、時間はお金では買えないのよね。手っ取り早く経験と実績を稼げるようなクエストでもあれば別なんだけど。
『そういう事なら打って付けの案件があるかもぉ』
いきなりチャイムから脳内メッセージが入る。
『なに? 急にどうしたの?』
『えっとねぇ、私たちが前に住んでたところの近くに、洞窟があって……』
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チャイムのくれた情報は、私たちの興味を引くのに十分なものだった。
その洞窟は恐らくダンジョンだと思われること。そしてチャイムたちの知る限り、そこを踏破した冒険者はいないとの事らしい。
『中に入ってみた同族もいたみたいなんだけど、魔物がいて進めなかったみたい』
と言うチャイム。
魔物がいたからと言ってダンジョンであるとは限らない。チャイムたちのように、ただそこを住処にしているだけかも知れないのだ。でも、もしダンジョンだったら……
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「未踏破ダンジョンの発見は、冒険者の実績として十分なものになるだろうね。かなりの名声も得られるんじゃないかな?」
ミズキさんの言う通り、もし未踏破ダンジョンだったら、ギルドに発見の報告をするだけでも大きな実績となる。
しかも、ダンジョンからは、貴重なアイテムを得られる可能性もある。もし万が一私たちが初踏破なんて事になってしまったら、ダンジョンの名前に私たちの名が刻まれるかも知れない。このようにダンジョンとは冒険者の夢がいっぱい詰まったものなのだ。
『多分だけどダンジョンで間違いないと思うのよねー。私たちの祖先もそっから来たって伝わってるしー』
チャイムが言うには、その洞窟から出て来て、山の中に住み着こうとする魔物が少なからずいるそうだ。それはゴブリンとかコボルドなどの弱い魔物で、大抵は繁殖する前に熊などの餌になってしまうのだとか。
『私たちの先祖もダンジョンから追い出された口なんじゃない? 弱っちくて……アハハ』
チャイムが自嘲気味にそう付け加えた。
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「後はその洞窟がどこにあるかですね」
そう言うヨシュアに対して
「らぱん……ばしょ……わかる……あんない……だいじょぶ……」
とラパンが答えた。
「うん、分かった。ラパン、お願いね」
「まかせろり……」
なんか、ラパンがどんどんチャイム化していくような気がするんだけど大丈夫?
『それは、種族特性ってヤツよねぇー』
チャイムがすかさずそうメッセージを送って来た。
とにかく、私たちの次の目標は決まった。ダンジョンでお宝ゲットだz……
私もいい加減毒されてきたわね。