月の女神と夢見る迷宮 第五十七話
パーリの裏側
「さて……聞かせて貰えるかな? 君たちの雇い主は誰なのかを」
ミズキさんがリーダーに問いかける。
「何度も言わせるな。冒険者が雇い主の事を漏らす訳が……」
「はいはい、御託は聞き飽きたわ。ゾンビになりたくなかったら、とっとと吐いた方がいいわよ?」
お嬢様がかなり辛辣なのは、このところの戦闘で敗北続きだからなのかも知れない。
「そうさのぉ。ゾンビの能力は元の体に左右されるからのぅ。こやつ等は良いゾンビになると思うぞぇ」
ルシファーもそれに追い打ちをかける。
「ひっ……」「やだっ!」「ゾンビになんてなりたくない、ううっ……」
どうやら女性陣の方を堕とす方が早そうだ。そりゃあそうだよね。私もゾンビになんてなりたくないもの。
冒険者達はシルヴィアが全員バインドで拘束した。だから身動き1つ取れない。煮るなり焼くなりご自由にの状態だから、さぞや恐怖を覚えているだろう。
ちなみにリーダー以外の男2人は、まだおねんねの最中である。
「リーダーより貴女たちの方が話が分かりそうね。教えて貰えるかしら、貴女たちの黒幕を」
「話しますっ。話しますからどうかゾンビにだけは……」
「おいっ、お前達っ!」
リーダーの制止も甲斐なく、対アンデッド専門の魔法使いがペラペラと喋り始めた。
「……という訳なんです……」
不服そうに睨みつけるリーダーの横で、彼女達3人は全てを喋った。
「なるほどねぇ……」
お嬢様が深刻な顔で肯く。今の話が本当ならば、笑えない話だ。
依頼主は思った通りカスロン。それともう1人、現パーリ領都長──アンナ・イゾルデ。彼等の目的は優秀なネクロマンサーを集める事。その為にルシファー若しくはシルヴィを拉致する。ここまでは私たちも想像していた。
問題はその理由だ。今、パーリの街には深刻な問題が起こっていた。それは、オ・セイヌ川の汚染である。そういえば、カルム村の村長もそんな事を言っていたような気がする。
で、その汚染の原因がダークスライムと呼ばれる魔物。その魔物がパーリの下水道に大量発生してしまったのだ。そのダークスライムが垂れ流す汚染物質でオ・セイヌ川が汚れ、疫病が流行り始めているらしい。
早急にダークスライムの駆除をする必要がある。しかし駆除をする為には大きな問題があった。
ダークスライム自体はそれ程強い魔物ではなく、せいぜいスライムに毛が生えた程度のモノらしい。だから街の民が総出で当たれば出来ない事はないのだが、問題はパーリの住民の性格にある。
彼等は基本的に怠け者で人任せなのだ。その上プライドが高く、汚れ仕事を嫌がる。下水道に入ってダークスライムの駆除なんて誰もやろうとしない。
もしフランカス地方の領主が貴族なら、強権発動も出来ただろう。しかしフランカス領主は民衆が選挙で選ぶ。強権発動などしようものなら、次の選挙で確実にその座を奪われる。それが分かっているから無理に事を運ぶ事が出来ない。従って手詰まりなのだ。
「酷い話よね。自分たちの生活を守る為なのに……」
お嬢様がそう呟いた。
「民衆政治の弊害って奴ですかねぇ……」
うーん……みんなで話し合って決めるというのは一見良いように思えるんだけどね。話し合いには時間がかかるから、緊急時には対処できないって事かなぁ……
「時に民衆は愚かな選択をする事がある」
ライトさんが苦々しく呟いた。
「水が低い方に流れるように、人は楽な方へと流されやすいからね……」
ミズキさんも眉間にしわを寄せた。
「それで?」
お嬢様が先を促す。何故ネクロマンサーが必用になるのか。いよいよ話の核心部分だ。
「人々がやりたがらないんなら、アンデッドに任せれば良いんじゃないかと考えたそうよ……」
女戦士がそう言った。
なるほどねぇ……。確かに筋は通っている。アンデッドなら文句を言わずに働くだろうからね。でもそれなら何故秘密にしてるんだろう? わざわざ冒険者まで雇ってルシファーやシルヴィをさらわなくても、ちゃんと依頼すれば良いんじゃない?
「何か裏がありそうじゃな……」
「どういう事?」
「アルカスで疫病が流行った時の事を思いだしてな……」
ルシファーが静かに語り始めた。
疫病が流行る前のアルカスが、フランカス地方随一の観光地として栄えていたのは前述の通り。カスロンの政治的手腕によって急速に発展したアルカスだったが、裏ではその弊害も起こっていた。
急激に増加した観光客による環境破壊である。観光客が出す汚物やゴミがアルカスを静かに蝕んでいたのだ。表通りはとても美しいが、一歩裏通りに入るとゴミが溢れ、ネズミ等が蔓延る町となってしまった。
「カスロンもそれを気に病み、何とかしようとしていたんじゃが……」
人の手だけではゴミの処理が間に合わない。ならどうするか? 人ならざるモノの手を借りるのはどうだろうか? そんな話をルシフェリアにカスロンがした事があったそうだ。
それから暫くしてゴミの処理効率が急に上がった。町のゴミや汚物は一掃され、アルカスは以前のような表も裏も綺麗な町に戻った。観光客の増加はそのままでだ。
今から考えてみると、それには不自然な点がいくつもある。その後疫病が流行ったのだから、何か裏があったのでは……とルシファーが考えるのも無理はないだろう。
「そう言えばパーリの街でも最近スポーツの祭典があって、観客の出すゴミ処理問題で困っていたと聞いたことが……」
女戦士がそう言った。
「何だか状況が似てるわね」
お嬢様の言葉に
「どの道パーリには行くつもりだったんだ。行って直接確かめた方が早そうだね」
ミズキさんがそう反応した。
カルム村の村長さんには近づかないように忠告されたけど、流石にこれは放っておく事はできないわよね。そう考えた私たちは、早速パーリへ旅立つ事にした。
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「シルフィ……いや、シルヴィ……元気での。カスロンの事をくれぐれもよろしく頼む」
「うん、お母さんも元気で……ね」
元の姿に戻ったシルヴィがルシファーに別れを告げる。
「冒険者達の事は頼んだわよ」
お嬢様がそう言うと、ルシファーがニヤリと笑いながら答えた。
「任せとけ。死者の町作りを手伝わせてやるわぃ」
今回の事が解決するまで、冒険者達はここに拘束して貰う事になった。カスロンにこちらの事を知られたくないからね。彼等には、ちゃんと言うことを聞かないとゾンビにされるよと脅してある。
リーダーは頭が固くてなかなかウンと言わなかったが、他の冒険者達は柔軟な態度で恭順の意を示した。女性陣からは「協力するから一緒にパーリへ連れて行って欲しい」と必死の形相で頼まれたんだけどね。流石にさっきまで敵だった者達を信用するほど、私たちもお人好しじゃないのだ。
ただまぁ、遠見のスキルを持った男──彼に協力させれば、この先役に立つのではと思ったんだけど、これはお嬢様が嫌がったのだ。身内に毒を使う者がいるのは安心出来ないって。
そんな訳で、私たちのパーティーにはシルヴィ1人が加わったのみ。それでも8人の大所帯だ。そろそろパーティー名を決めた方がいいのかもね。この先も私のせいで増える可能性があるしさ。