月の女神と夢見る迷宮 第十八話
ねぇ、私たちっていりますか?
この後、私たちはミントに先導されて洞窟内を探索していった。ミントはこの洞窟内の造りに詳しく、マップを作成しなくても迷う事がないのは有難かった。こうして1時間程探索した頃であろうか。私たちは突如として開けた空間にたたずんでいた。
「ここがね、ミントの住んでたばしょだよ」
そうミントが言う場所は、明らかに人工的な造りを呈していた。
「やっぱりダンジョンなのかな? いや、遺跡という可能性もあるか……」
周りを見回したミズキさんがそう呟いた。
「それを見分ける方法はあるの?」
とお嬢様がミズキさんに向かって聞く。するとライトさんが
「魔物を倒せば分かる。死体が残ればダンジョンではない。しかし残らず消えれば……」
割り込んでそう答える。
「ダンジョンという事ですね」
私もその言葉に続く。
「まあ、後はアイテムがドロップするとか、倒した魔物が再び湧くとかかな? アイテムはいつもドロップするわけじゃないからね」
「まーもーのー? やっつけたらね、これ落とした」
ミントが差し出したのは何か筒状の物。ミントの話が本当ならばドロップアイテムだ。ということは、やっぱりダンジョン?
「でもミント。どうして魔物と戦ったの?」
私がそう聞くと、ミントは嬉々として話し始めた。誰かに聞いて欲しかったらしい。
気がつくとミントはこの空間にいたらしい。恐らくはここで生まれたのだろう。ある時ゴブリンがやってきて、突然ミントに襲いかかったんだそうだ。ミントは必死で逃げたんだけど、ゴブリンは執拗に追ってきたんだそう。魔物同士でも争う事ってあるのね。
「それでね、ミントも手をこうしてね」
とミントは自分の前に両手を差し出す。
「そんで、『消えちゃえー』って言ってこうしたらね、手からなんか出たの」
そう言いながらミントは両手を頭上で交差させる。するとミントの両手が光った。
「ライトニングっ!?」
ヨシュアが叫んだ。え? 魔法?
ミントから発せられた光は空間を引き裂き、壁に当たってその一部を吹き飛ばした。
「す、凄い威力ね……」
お嬢様が放心したように言った。
確かに、これなら弱い魔物などイチコロだろう。ミントの能力は底が知れないわ。
「それでね、ミントもう襲われたくないから、まもののフリしてたの」
あ……。最初からミントはゴブリン妖精じゃなかったんだ。化けてただけなのね。魔法に加えて変身もなんて……ミント、恐ろしい子。
私がミントの能力に感心していると、ツンツンと私をつつく者がいる。
「わたしも……へんしんできる……」
ラパンだった。ご、ごめんっ。決して比べたわけじゃないのよ。アナタには万人を魅了する力があるわ、大丈夫よ。
「今の話からして、ここがダンジョンであることは間違いないだろう」
ライトさんがそう言うと、ミズキさんも
「そうだね。ほら、観てご覧……」
と、ミントがライトニングで吹き飛ばした壁を指差した。
その壁は既に修復が始まっていた。吹き飛ばされた部分の壁が盛りあがり、元の形に戻っていく。
「ダンジョンの壁は壊しても元に戻る性質があるんでしたね」
冒険者になる時に、新人研修で受けた知識を思い出す。聞いてはいたが、実物を観ると感動もひとしおだ。そっかぁ、こんな風になるのかあ……
私たちはしばらくの間その事実に感動し、じっと壁に見とれていた。
そんな私たちをあざ笑うかのように、事態は急転直下を告げた。
「しーな、くるよ……やな感じのくるっ!」
いつにも増して、ラパンが警戒した声で叫んだ。
「キシャーーーーッ!」
同時に鳴り響く叫び声。
「敵っ?」
お嬢様の声に全員が武器を構え、ラパンの視線の先を見る。それは明らかに異形の姿をしていた。これは絶対にテイムなんてしたくないヤツだ。
「ただのスケルトンじゃない。これは……」
ライトさんがそう呟く。スケルトンとは骸骨型のアンデッドである。当然人型をしたモノが多いのだが、こいつの体は人間より一回り大きい。更に特異な点は、骨になる前は翼があったであろう痕跡があることだ。
「おそらくドラゴニュートのスケルトンだね……こいつはやっかいかも」
ミズキさんの声にも曇りが感じられた。
ドラゴニュートとは竜人型の魔物で、他のモンスターと比べても屈強である事が知られている。普通のスケルトンであれば、剣で打ち砕いた後に魔石を取り除いてしまえば良い。骨自体は結構脆いので、経験が少ない冒険者でも比較的容易に倒せる魔物だ。
しかし、こいつの骨はかなり固そうな感じがする。お嬢様やライトさんでも打ち砕けるかどうか疑わしい。ミズキさんのシールドバッシュでは押し返すのがやっとだろう。
こういう時に役に立つのが光系の魔法なのだが、生憎とヨシュアにはそれが使えないのだ。
「ここは一旦引くべきかしらね……」
お嬢様が額に汗を滲ませながらそう言った。確かに今の私たちには荷が重い相手かも知れない。
すると、魔物に向かって一直線に突進する一条の光が見えた。
「ラパンっ!」
ラパンだった。ラパンは駆けながら右手をスケルトンに向けて突き出す。その右手に持っているのは、ミントが先ほど見せてくれた筒状の何かだった。
ラパンはそのままスケルトンの正面から跳ね上がり、額にある穴に向かって筒の先を向ける。そして一言叫んだ。
「しゅー兎(と)っ!」
ラパンがそう叫ぶと、筒状の先端から光の矢が飛び出し、スケルトンの額にある穴に吸い込まれた。
「グゲゲゲケゲッ!グッギャァーーッ!!」
スケルトンの体が光に包まれ、一瞬の後に光の粒子へと変わる。私たちは全員、何が起こったのか分からないまま立ち尽くしていた。
「な、なに? 何が起こったのっ? ラパンっ、無事なのっ!?」
ようやく我に返った私がラパンに向けてそう叫ぶと、ラパンは得意気に振り返りこう言った。
「だい……じょう……ぶいっ!」
ご丁寧にもVサインまで出しながらそう言うラパンは、とても良い笑顔だった。
余りの展開についていけない私たちパーティーの面々。ねぇ、もうラパンとミントだけでいいんじゃない?私たちっていらないんじゃ……
子どもに乗り越えられる時の親の気持ちが、何となく分かってしまった私だった。
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