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月の女神と夢見る迷宮 第四十八話
ゾンビの母捜し
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「もぉーーーーっ!」
「牛っ!?」
「そうじゃないですっ! 茶化さないで下さいっ!」
「しーな……おちついて……」
2人してタッグ組んで攻めてくるのは卑怯じゃない?
「シーナ! もうダメだ、撤収する!」
ライトさんから緊迫した声がかかった。
取り敢えずここからは撤収しなくては。ゾンビ畑で捕まるのは絶対にイヤだ。私はミントにリンチャで指示を送る。
『ミントっ! 薬屋の入り口にライトニングっ!』
『アイアイ、マム! スリー・ツー・ワン……ラーイトニーングッ!』
出力を引き絞ったライトニングが、上空から幾筋もの流星のように降り注ぐ。その光に貫かれたゾンビたちは、一瞬で土に還っていった。
そうして目の前にぽっかり空いた空間を、私たちは走り抜けた。
「ハァハァハァ……」
何処をどう駆け抜けたか覚えていない。雪崩のように迫り来るゾンビの群れを蹴散らしながら、私たちは街の外まで走り続けた。途中で合流したミズキさんとヨシュアは、私の後ろを着いてくるソレの姿を見て、顔が引き攣っていたけど今は説明するのも面倒くさい。
そしてようやく一息ついた頃、流石に黙っていられなくなったのか、ミズキさんが私に話しかけてきた。
「シーナ……この娘は……?」
「見たまんまです。ゾンビの美少女ですね」
ミズキさんが困ったような顔をして私を見る。そんな顔で私を見ないで。決して私が望んだ訳じゃないのよ!
そんな私の思いを知ってか知らずか……いや、絶対に知らないんだろうな……ヨシュアが美少女ゾンビに話しかけていた。
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「あの……君、喋れる?」
「お兄ちゃん……誰? 知らない男の人と話しちゃダメってお母さんが……」
ヨシュア、例えゾンビでも触ったら逮捕だよ。いや、普通に感染してアウトか。
「ヨシュア、この娘をヒールして人間に戻せない?」
お嬢様がヨシュアに話しかける。すると
「僕のヒールは感染直後にしか効かないんです。ここまで完全にゾンビ化しちゃうと無理ですね……」
そうヨシュアは答えた。
まぁ、そうだろうなぁ。ヒーラーがゾンビを人間に戻せるんだったら、この世からゾンビはとっくに絶滅してるはずだ。
「あ、でも……」
ヨシュアが私の顔をじっと見つめた。待って……その目は何かヤバいこと考えてるんじゃない? 私はそっとヨシュアから目をそらす。
そんな事はおかまいなしとばかりに、ヨシュアはこう続けた。
「シーナさんなら出来るかも知れません」
「しーななら……できる……の?」
「そこんとこ詳しくっ!」
当の本人である私を他所に、話が進んでいくのはどういう事だろうか。
「……確かシーナさんがテイムした魔物は、シーナさんと命の共有が起こるんですよね?」
「あぁっ、そうね。そうだったわ」
「しーなのいのち……わたしのいのち……」
待って! 待たれよ、諸君っ!! それは私にゾンビをテイムしろって言ってる!?
そもそも死者を生き返らせるのは、タブーなんじゃないの? 私にゾンビと命を共有しろって!? 何かもうめちゃくちゃじゃない?
「うーん……ミントは難しい事は分からないけど、生き返ったらゾンビじゃなくなるのかなぁ?」
うん……そうなの? 見た目ゾンビのただの魔物になるの……か? 確かに、ブランシェはガーディアンもゾンビと似ているところがあると認めていた。そう考えるとアリなのか?
「私……どうなるの? お母さんに会える?」
美少女ゾンビが不安そうな顔をして尋ねた。
そう、そうよね。本ゾンビの気持ちも聞かずに周りが勝手に決めるのは良くないわ。そう考えて、私は美少女ゾンビに尋ねる事にした。
「ね? アナタ名前は……?」
「名前……名前……ぞんび? みんながそう呼ぶからそうなのかな……?」
「それは種族名というか……とにかく違うわ。お母さんはアナタの事なんて呼んでたの?」
「お母さん……なんて呼んでたっけ……? そう……『しっぱいさく』って呼ばれてた気がする……」
しっぱいさく? 失敗作? そんな酷い名前を親がつけるものなの?
私と同じ事を思ったのか、お嬢様も険しい顔をして彼女に尋ねた。
「貴女のお母さんって何してた人?」
「確か……薬作って……死んだ人生き返らせたりしてた……」
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「ヨシュアっ! そのポーション飲んじゃダメっ!」
薬屋から調達したポーションを不思議そうに見つめるヨシュアに向かって、お嬢様が大声で叫んだ。
「ええ、このポーションは変です。何か邪悪な……嫌な感じがします」
ヨシュアの方でも違和感があったのだろう。飲んでなくて私もホッとした。
「シーナ、鑑定して」
お嬢様の言葉に私はポーションに向かって鑑定を行う。
『死者への誘(いざな)い』
そのポーションは人をゾンビ化する為の薬だった。
間違いない。彼女の母親はネクロマンサーだ。そして、アルカスをゾンビで埋め尽くした張本人に違いない。その目的が何であれ、美しいこの町をこんな風にしたことは許せないし、この娘を造り出した上、失敗作と放置した事も許せない。
「やるわよ、相棒!」
私はラパンに向かって声をかけた。
「しーな……もんすたー……はんとする……?」
いいえ、今回の敵は人間よ。多分とびっきりの悪党だけどね。
「ねぇ、アナタのお母さんって……」
どこにいるの? と聞こうとして娘の様子を見ると、その顔が微かに明るくなったような気がした。
「あ、お母さん……お母さんだ。こっちに来る……」
その言葉にミズキさんが立ち上がり盾を構える。ライトさんはボーンソードを構え、お嬢様は無言でミスリルソードを鞘から抜いた。
私とラパンは何時でも飛び出せる体勢を取り、ゾン美少女の視線の指し示す方向をじっと見つめた。
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「我が名はルシファー。お前たち、私の可愛いゾンビ達をよくも痛めつけてくれたな……」
その横柄な物言いにキレたお嬢様が言い返す。
「ルシファーだかルシアだか知らないけど、町をゾンビで溢れさせたのはアンタの仕業ねっ!?」
「ふん、その通り。我が最高傑作達が町に溢れかえるのは至上の喜びぞ」
「この娘も貴女が造り出したのっ?」
私もその女を問い詰めるように言った。
「そやつは失敗作じゃ。そやつは綺麗すぎる。ゾンビというものは醜悪であればある程、人々に恐怖を与える事ができるのだからな」
「馬鹿言ってんじゃないわよっ! 可愛いは正義って言葉を知らないのっ!?」
お嬢様が怒鳴り散らす。
「そんな世俗の下世話な言葉は知らぬな。まあ、そんな事はどうでも良い。お前達も我が最高傑作の仲間入りをさせてやろう」
そう言いながらルシファーは後ろに下がると、右手に杖を構え呪文を唱え始めた。
「お前たち……やっておしまいっ!」
呪文を唱え終わったルシファーの背後には、異形の集団が形作られていた。