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月の女神と夢見る迷宮 第七十九話

お前ら、最高だぜ~っ!
 

シルヴィ

 アルカスを出てから三日後、私たちはキューラビランド(仮)まで後少しという所まで来ていた。これは行きのペースよりもかなり早い。

 『しーちゃん、早く帰ってきてぇー!』
 というチャイムの要請があってからすぐ、私たちルナティシアの一行はカルム村に向かった。多分、他の冒険者たちよりずっと早いペースで歩き続けて来たと思う。

 当初の予定だと、後数日はかかるはずだった。シルヴィの事を考えると、無理は出来ないと思っていたからだ。でもそんな予測は外れた。シルヴィが思いの外頑張ったのだ。

 「シルヴィ、ちょっと休もうか?」
 と私たちが声をかけても
 「全然大丈夫です。まだ行けます」
 という答えがいつも返ってくる。もちろん、時にはミズキさんの背に負ぶわれる事もあるんだけど、それはスピードの問題があるからで、疲れを気にする素振りが全くないのよね。

 私の従魔になった影響なのかなと不思議に思ってたんだけど、最近になってその秘密がようやく判明したの。

 「シルヴィってホント体力あるわよねぇ」
 とお嬢様が呟いた時の事だった。
 「いえ、そんなにある方ではないですけど」
 とシルヴィが答えたの。

 「でもさ、全然疲れた様子がないじゃない?」
 と私もシルヴィに話しかける。すると
 「あ……それは……」
 シルヴィがチラッと視線を向けた先……そこにいたのはヨシュアだった。その時私はピンと来たの。

 「あーっ、そういう事!?」
 「はい、そうなんです……」
 シルヴィが恥ずかしそうに答えたの。

 つまりはこういう事。シルヴィが疲れる素振りを見せる前に、ヨシュアが回復していたのだ。よく考えてみれば分かる事だった。フィーナやルシファーを回復できるヨシュアなら、それは容易い事だったのだ。

 「あ、もしかしてアルカスからパーリまで行くときも……」
 あの時もシルヴィは不思議な程元気だった。
 「はい……」
 そっか……もうそんな前から2人は仲良しさんだったのね。あ、もしかして……

ヨシュア

 「シルヴィがポーションでヨシュアを回復させてあげてたり?」
 「はい……実は……」
 なるほどね。ヨシュアも冒険者としては線が細い感じの子だ。それが今回の強行軍に難なく着いて来られたのは、そういうカラクリがあったからなのね。

 「いつも2人でカバーし合ってたんだ。良いコンビよねぇ……」
 お嬢様がニヤニヤしながらそう言うと、シルヴィの顔が真っ赤になった。え……真っ赤……?

 「シルヴィ、アナタ顔が赤いけれど……」 
 「もうっ! シーナさんまでっ。知りませんっ!」
 「アナタの血って……赤いままなの?」
 私がそう聞くと、お嬢様が
 「え? そっち……?」
 と言い、シルヴィも目が点になっていた。

 『ママ……ないわ~、それはないわ~』
 「しーな……にぶはら(鈍すぎハラスメント)……」
 上空のミントと、横にいるラパンから何故か呆れられてしまったんだけど。解せぬ……

 まぁ、取りあえず……そういう事なら今後の旅の心配が一つ減ったわ。急いで行くわよ……ふんっ!

 数時間後、私たちルナティシアの一行はキューラビランドに着いた。
 「驚いた。立派な建物がいっぱい建ってるわね……」
 私たちがここを出るときにはなかった建物が、何棟も建てられている。
 「チャイムたちはどこにいるのかな?」
 そう言いながら事務所らしき建物の中に入る。すると、突然何者かが私に向かって跳んできた。

 ラッシュ

 「しーちゃん、危ないっ!」
 「ひゃっ!」
 チャイムの叫び声とともに、私は何者かに抱きつかれた。そんな……こんなに簡単に懐に入られるなんて不覚だ。私は次に来るであろう攻撃に恐怖する。敵はどこを狙ってくる? 首?……それとも心臓?

 しかし私の思いをよそに、そうした攻撃はいつまで経っても来なかった。その代わり

 さわさわさわ……

 何者かの手が私のお尻をなで回すのが感じられた。

 「んっ……なにっ……?」
 「しーちゃんを離せーっ、このエロじじいっ!」
 チャイムが何者かに跳び蹴りを食らわそうと跳ねる。するとソイツは私の体から離れ、スルリとチャイムの蹴りを躱した。

 「ハーハッハッハ……ユー!お前もまだまだネっ!」
 そう言いながら後退るのは歳を取った兎人……いや、もしかしてチャイムたちと同じキューティーラビット?

 シャキンッ!
 そのウサ老人を後ろから羽交い締めにしたお嬢様が、首筋に剣を突き付けた。
 「おイタが過ぎるとケガをするわよ? お・じ・い・ち・ゃ・ん……」
 目が笑ってなくて怖いです……お嬢様……

チャイム

 「しーちゃん、大丈夫? 変なところ触られなかった?」
 近寄ってきたチャイムが私に話しかける。
 「触られたけど大丈夫よ。アーマーの上からだから」

 そう、冒険者は普段分厚いアーマーを装着しているからね。特に乙女にとって大事な部分はちゃんと守られているのよ。

 「ひゃあっ!?」
 その時お嬢様から悲鳴があがった。
 「おおーっ、やわらかでアール。ビッグでアール」

 声のした方を見ると、どうやったのかは分からないけど、ウサ老人とお嬢様の位置が入れ替わっていた。そしてウサ老人の手がお嬢様の胸元に入り込んでいる。アーマーの隙間から……

 「こんのぉーっ!」
 お嬢様がブチ切れて、ミスリルソードを振り回す。ウサ老人がそれを間一髪躱す。その後、凄まじい攻防が繰り広げられた。しかし、そんな激しい戦いにもやがて終止符が打たれた。

 ゴンッ!
 ライトさんが軽く振り下ろしたボーンソードがウサ老人の頭を捉え、ウサ老人は床に沈んだ。

 「ライト、ナイスっ! コイツ切り刻んでやるわっ!」
 「待って下さいっ、お嬢様っ!」
 私は慌ててお嬢様を止めに入る。胸を触られて激高しているお嬢様は
 「退いてシーナっ! そいつ殺せないっ!!」
 と私に叫んだ。

 「殺しちゃダメですっ、お嬢様!」
 私はある一点を指差しながら言った。そこにはセージとローズマリーが、オロオロしながらこちらをうかがっていた。

ディアナ

 「で……コイツは何者なの?」
 床に伸びているウサ老人を指差しながらお嬢様が苦々しく吐き捨てた。
 「コイツはねー……ラッシュと言うんだけど、変態セクハラクソジジイよ」
 うーん、なかなか酷い紹介文だ。

 「で……?」
 この人はアレよね?
 「そう、セージとローズマリーの祖父になるわ。そして、マリちゃんが……」
 「初めてテイムした魔物なのね?」
 うん……とチャイムが頷く。

 実は……私はチャイムからリンチャで話の概要を聞いていたの。だからまぁ、想定内の出来事だったんだけど、まさかお嬢様があそこまでやられるとは……

 「あんなに不覚を取ったのは初めてよ。今でも生きた心地がしないわ……」
 なるほどね。どちらかと言うと、お嬢様の怒りは胸を触られた事よりもそっちなのね。つまりあれが敵だったら、心臓をグサリと刺されていたかも知れないって事。乙女として辱められたからではなく、冒険者としてのプライドが傷つけられたから激怒しているんだ。お嬢様らしいわね。

 「確かに……身のこなしが普通じゃなかったですね」
 「そうなの、いつの間にか体勢を入れ替えられてたわ。どうやったのか、今でも訳分かんないわよ」
  「フィーちゃんもそう言ってたわ。あれは並の変態じゃないって……」
 フィーナも被害に遭ったのね。狼にセクハラする兎かぁ……なんかシュールだわ。

 「それで……マリスさんのパソコンについては何か分かったの?」
 「それなんだけどねぇ……」

 さわさわさわさわ……

 「ひぅっ!」
 その時、またお尻を撫で回される感触が私を襲った。今度はアーマーの隙間から直接手が入り込んでいる。その手が伸びる方向を私が睨みつけると、気絶から目覚めたラッシュがニヤリと笑っていた。

 「お前ら、最高だぜ~っ!」
 人のお尻を撫で回しながら、ラッシュがそう叫んだ。



 


 
 

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