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月の女神と夢見る迷宮 第七十八話

新たなる旅立ちに向けて

シルヴィ

 「お母さん……ごめんなさい……」
 シルヴィがルシファーに向かって小さな声でそう言った。
 「分かっておるよ……シルフィ……いや、シルヴィ」
 そしてルシファーがその言葉に答える。その途端シルヴィの顔がパアッと輝いた。

 イーを倒した私たちは、ルシファーとともに死者の町へ戻った。ルシファーはこのまま死者の町で暮らし、カスロンが来るのを待つそうだ。ルシファーが抱いていたカスロンへの誤解は、シルヴィの説明で解くことが出来ていた。

 死者の町に着いて、この後シルヴィはどうするかって話になった。シルヴィの希望は、私たちと一緒に冒険を続けたいって事だったけど、ルシファーがどう言うかという心配があった。彼女は一応シルヴィの保護者だからね。

 で、シルヴィは自分の希望をルシファーに話して、冒険を続ける許可を貰おうとしたわけ。そして、ルシファーの答えはOKだった。良かったわね、シルヴィ。

 「でもどうやら……目的は冒険だけではなさそうじゃがなぁ」
 ニヤニヤしながら付け加えるルシファー。その言葉を聞いて、シルヴィの表情がふくれっ面に変わった。
 「お母さんっ!」
 「まぁ、妾にも経験がないわけではない。花の命は短くて……じゃ。巻き込んだ妾の言えることではないが、今までの分を取り戻せるように悔いなく生きよ」
 
 そうね……シルヴィにとって今までの人生は、決して幸せなものではなかった。でも、これからは私たちと一緒に探そうね……シルヴィ自身の幸せを。

 「お母さん……」
 今度はシルヴィの瞳に涙が浮かんだ。
 「まぁ、そんな湿っぽくならなくてもさ、また立ち寄ると思うわよ」
 お嬢様がそう話す。
 「そうですよ。また来ます……お母さん」
 ヨシュアもそう言った。それを聞いたルシファーは目を細めた。
 「娘をよろしく頼む」
 ルシファーはそう言うと、そっと目元を拭った。

ユン・ソニア

 「色々ありがとうございましたー。特にディアナ姐さん、このご恩は一生忘れませぇんっ」
 「ディアナ姐さんって……。ユン、あのさ……アナタって幾つ?」
 「来月で十六歳になりますぅ」
 なるほど、イーがユンの首筋を見てたってのは本当のようね。この娘だけは、ぎりぎりストライクゾーンに入ってたんだ。

 「これからどうするの?」
 「一度パーリのギルドに戻ります。『光を呼び覚ます者』から脱ける手続きをしないといけないんでー」
 「あー、なら……」
 私はユンに手紙を託すことにした。 バーバラさんに向けたもので、イーと『光を呼び覚ます者』の事、ユンは単に巻き込まれただけという事などを綴った手紙だ。

 「これ持ってけば話が早いと思うわよ」
 最終的にお嬢様がトドメを刺したとは言え、ユンも一緒になって戦った事には違いない。ヴァンパイアハンターとして、ギルドもそれなりに評価してくれるだろう。

 「何から何までありがとうございますぅ。アンデッドの事で、私が手伝える事がありましたら是非声をかけて下さぁい」
 「分かったわ。その時はお願いね」
 こうして、ユンはパーリへ向かって旅立って行った。

ミズキ

 「ちょっといいかい?」
 ユンと別れた直後にミズキさんから声が掛かった。
 「何ですか、ミズキさん?」
 「うん、実はね……」
 ミズキさんが話しに来たのは『光を呼び覚ます者』たちの事だった。何でも様子が変らしい。

 「まるで人が変わったように見えるんだ」

 イーを倒した後、彼らの処遇について私たちは話し合った。一番良いのはパーリへ連れ戻ってバーバラさんに引き渡すこと。でもそれは、私たちにとって後戻りを意味する。正直に言ってダルい。

 では、ユンに連れて行って貰うか。これはユンが危険過ぎる。なので却下だ。
 
 結局死者の町でしっかりした監視の元、パーリからお迎えが来るまで捕縛しておく事になったのだが……

 「人が変わったってどういう事よ?」
 お嬢様も不思議そうに聞く。
 「それは……まぁ、実際に観て貰った方が早いな」
 ミズキさんの言葉で、私たちは彼らの元に向かった。

 これは……確かに様子が変だ。ミズキさんが困惑するのも頷ける。

 「ねぇ、何であの人たち外に出てるの?」
 彼らは牢に監禁されていたはずなんだけど? お嬢様が心底訳が分からないという顔でミズキさんに聞く。
 「それがね、昨日彼らから申し出があったんだよね」
 
 私たちの目の前には、何故かゾンビとともに町造りを行う『光を呼び覚ます者』たちの姿があった。

 前回私たちに敗れた時も、彼らはルシファーの元で町造りを手伝わされる事になった。しかし、彼らは頑として受け入れなかったらしい。特にリーダーと黒鎧の戦士は、食事さえもほとんど取らずに抵抗していたと聞いている。それが今は進んで働いてるように見えるんだけど……

 「一応私とライト、ラパンの3人で監視は続けてるんだけど、何か企んでるって感じでもないんだよね」
 「いつからこんな感じなんですか?」
 「町造りをしたいと言ってきたのは昨日なんだけど、少し前から反抗的な感じはなくなってたね。そうだな……」
 どうやらイーを倒してから、少しずつ変わっていったみたい。
 
 私たちがそんな話をしていると、女魔法使いが私たちを見つけ、側にやって来た。

 「あの……今まで色々とごめんなさい。信じて貰えないのは分かってます。でも、私たち……この前まで自分の考えで行動してなかったというか……」

 あー、これはもしかしたら……

 「何であんな事したのか、頭がモヤのようなものに包まれてた感じで……自分でもよく分からないんですが……」 

 多分間違いなさそうね。

 「多分ですけど……この人たち、イーに洗脳されてたんじゃないかと思います」

 恐らくは……イーの最大の能力は、人を洗脳し、操る事だったんじゃないだろうか。決して武闘派ではない彼が、『光を呼び覚ます者』たちを従えていた理由も、それなら分かるような気がする。そしてイーが滅びたが為に、彼らの洗脳が少しずつ解けてきたのだろう。

 それに、パーリの街のマスコミを操って、情報操作をしていたのも彼の仕業だったんじゃないかな。側近たちもほとんどが洗脳されていて……だから20年近くもシューの政権が続いたのだ。

 けれど側近の内、唯一洗脳されなかったのがアンナさんだった。彼女はハーフエルフだからレジスト能力が人より高い。そう考えると筋が通るわ。

 「議員全員が洗脳されてなかったのは幸いだったわね」
 お嬢様がそう呟いた。

 そうなっていたら、事件が明るみに出た時にシューが更迭されることはなかっただろう。多分、操れる人数に制限があったんじゃないかな。イーが滅びた今、それを証明する手立てはないけど。

 「あの……今はとっても心が軽い気がするんです。何かみんなの役に立つことをしたいというか……」
 自分自身を取り戻したって事みたいね。何にせよ良かったわ。

 「しばらく様子を見るようにって、ルシファーにも言っておきましょう」
 こうして当面の問題は解決したように思える。後は私たちが今後どうするかなんだけど……

 「一度カルム村に戻りますか? それとも……」
 今ここには、ルナティシアのメンバー全員が揃っている。パーリでもやったけど、パーティー会議ってやつだ。

 「牧場の方はどうなってるの?」
 お嬢様が私に尋ねた。私はチャイムから聞いている情報を、みんなに掻い摘まんで話す。

 「まだ少しかかるって事だね」
 牧場の方はほぼ準備完了したらしいんだけど、テーマパークとしての準備にまだかかるらしい。チャイムの事だ。きっとこだわりがあるんだろう。

ニナ

 「ニナの事はどうするんですか?」
 ヨシュアが皆に問いかける。
 「ニナ……さんって誰です? 女の人ですか?」
 何か……シルヴィの表情がなくなってるんだけど。どうしたの!?

 「あー、カルム村で宿屋をやってる娘よ。イーに引き取られて育てられたって娘」
 何故か……お嬢様が焦ったようにシルヴィに説明した。

 「うん、彼女も天涯孤独になってしまったしね。やっぱり義理とは言え、父親の事を黙ってる訳にもいかないか……」
 そうね、彼女がイーにどんな気持ちを抱いていたかは分からないけど……仮にも家族だったんだから。きっと彼女には知る権利があるわ。

 「うん、アタシも彼女に会って話したい。言い訳にしかならないかも知れないけどね」
 イーにトドメを刺したお嬢様が言った。

 「ということで、カルム村に戻るって事でいいかな?」
 ミズキさんがそう締めくくった時だ。チャイムから突然のリンチャが入る。

 『しーちゃん、大変よ、大変っ! ヘンタイがタイヘンなのっ!!』
 な、何事っ!? 困惑した表情を浮かべる私に、みんなの視線が集まった。

 


 

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