田舎の猫 街に行く 第十三話
田舎の猫 驚愕する
「実は、1年ほど前に私たちの村の近くにあるタンジョンがスタンピードを起こしたのです……」
マーシャさんがポツリとポツリと語り始めた。ダンジョンスタンピード。この世界にもファンタジー名物ダンジョンが存在する。まぁ、エルフがいる時点でお察しだよね。
スタンピードとは要は魔物の洪水である。大雨が降ると行き場を無くした水が川からあふれ出るように、ダンジョンから魔物があふれ出すのだ。それが起こる原因はよく分かっていないのだが、一旦それが起こると周囲に甚大なる被害をもたらす。洪水は時が経てば自然に治まるが、魔物はそうはいかないだけにやっかいなのだ。駆逐しない限り被害は出続けるからね。
その為ダンジョンには定期的に冒険者が入り、スタンピードの兆候がないか常に監視を怠らない。最もダンジョンから得られる物も多々あるので、普段から冒険者はダンジョンに出入りしてるんだけど。
「そして、ダンジョンからあふれ出た魔物が村を襲ったのです……。村の男たちは村を護るために全員戦いました。そして、スタンピードを治める事には成功したのですが……」
そこまで話してマーシャさんは俯いた。
「ほとんどの男の人たちが犠牲になって……。私たちのお父さんも……」
マーシャさんの話を引き継ぐようにリーシャが言った。
ああそうか……。父親を亡くした痛みを知ってるからこそ、この娘は自分たちを攫おうとした男達を赦すように言ったんだ。自分と同じ悲しみを男達の家族にもたらしたくないと願ったんだ。私は……そんな思いを踏みにじろうとしたんだね……
すると今まで黙って話を聞いていたミーシャが突然言葉を発した。
「あの男の人達を村へ連れて行きたいの」
………………。
「は?」
その時の私は今まで生きてきた中で最も間抜けな顔をしていたに違いないと思う。いや、男達の家族の為に赦すって話だったよね? とても良い話だったはずだよね?
ミーシャは続けて話した。
「今、村には男手がなくて困ってるの。このままだと村の存続も危ういの」
サーシャが続く。
「村にはね~、いっぱい年頃の女の人がいるんだけどぉ、番(つがい)になる相手がいないんだよねぇ。お姉ちゃんたちもさ、そろそろお相手を見つけなきゃならない年頃だしぃ、私もそろそろ弟か妹が欲しいな~って」
おい……。家族の為にって話はどこ行った?男達の家族を悲しませたくないって話だったんじゃないのか?
「あの人達の家族や親戚、知り合いの中に独身男性がいるかも知れないじゃないですか? そういう人が一人でも多く村に来てくれたらなあって思うんですよね」
リーシャの放った言葉に私は絶句した。
更にマーシャさんが追い打ちをかける。
「一度村に入ったら森を抜けられませんから、諦めて下さるんじゃないかと思うのです。エルフの女も猫人の女も人と交配できますし、仮に暴れたとしても人間よりエルフと猫人の方が強いのですから問題ありませんし」
何か? この人たちは人攫いを攫おうというのか? 既婚者を帰す代わりに独身男性を連れて来させるつもりなのか? もしかして私余計なことしちゃった?
「まぁ、連れて行きたいのであって連れて行かれるのは本意ではありませんから、音子さんには感謝していますよ」
いや、エルフの魔法と猫人の身体能力があれば4人でも余裕だったのでは?
ミーシャが後を引き継ぐように言う。
「近隣の村々に、この辺にエルフの女がよく現れるって噂を流してから、1ヶ月くらい経ってもなかなか『えも』……交渉相手が来てくれなくてキャンプにも飽きてきてたの」
今獲物って言おうとしたよね? これ完全に計画的犯行だよね? 人攫いの皆さん、選ばれたのはアナタ達でした。
「これだけ待ったのに下手に傷つけてしまうとトラウマになって、私たちのお相手をしていただけなくなるかも……と思うと怖くて……」と、リーシャ。
そうかぁ、最初から生け捕るつもりだったかあ……。種馬ゲットだぜってことかあ……。エルフこえぇ~。ハーフこえぇ~……
「なんとか村まで全員連れて帰ることはできませんでしょうかねえ……」
マーシャさんの呟きに
「出来るよ」
私は引き攣った笑顔できっぱりと答えた。