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月の女神と夢見る迷宮 第七十六話

闇の皇帝VS月に護られし者

ディアナ

 何かと忙しい1日だったけど、ようやく陽も落ち、夜の帳が辺りを包む時間になった。
 
 「楽しみね~、シーナ。どっから来るのかしら?」
 ワクワク感満載のお嬢様が言う。
 「あの……相手はヴァンパイアですよ。いくら何でも侮り過ぎでは……?」
 「何言ってんの。こっちは親玉のリッチを倒したのよ? ヴァンパイア如きに負けるわけがないわ」
 「その言葉がフラグにならなければ良いんですけど……」
 私は小さな声で呟く。

 「なんかぁ……ディアナさん見てると、スライムでも相手にするようで安心しますぅ」
 ユンが感嘆したように言った。
 「スライム相手じゃこんなにテンション上がらないわよ? やっぱり戦うならそれなりの敵でなくちゃ」
 あー、こういうところなんだよなぁ……お嬢様が冒険者になった理由って。

 まぁね、こちらは準備万端で待ち構えている。お化け屋敷で、お化けが出てくるのを待っているような精神状態だ。焦らされるとストレスが溜まるからね。早く来てくれた方が確かに精神衛生上は良いんだけど……

イー・ジョムン

 そしてしばらく時間は過ぎ、夜中になってようやくイーが現れた。
 「ワーハッハッハッ! 我が名はイー・ジョムン。闇を統べる……」
 「能書きはいいからっ! 待ちくたびれたわよっ!!」
 お嬢様が早速クレームを付ける。ヴァンパイアにクレームを付ける女子って、世界中探してもお嬢様くらいだろうなぁ……

 「でも、お嬢様。やっぱり一応聞いてあげないと。それが様式美ってモノですし……」
 「仕方ないわねっ。3分だけ待ったげるわ。30秒で支度しなっ!」
 「うぬぬ……貴様等ぁっ! ヴァンパイアのワシに向かって何たる態度……」
 「あ、やっぱりヴァンパイアだったんですねぇ。ルシファーさん、ビンゴですぅ」
 ユンも天然の煽り体質らしい。イーの顔が更に歪んだ。

 「おのれぇっ……まぁ、良いだろう。ワシは……」
 語り始めるイー。彼の話はなかなか興味深かった。やっぱり聞いといて正解じゃん。聞かずに倒しちゃうと、後で謎が残っちゃってモヤモヤするのよ。犯人が語り始めたら最後まで黙って聞く。これ、ミステリーの常識なんだから。

 イーはシューと正妻との間に生まれたエリートだった。いずれはシューの後を継いでフランカス領主になるだろうと囁かれる存在、それが彼だった。

バーバラ・ハリス

 しかしそんな彼に突然ライバルが現れる。バーバラさんだ。彼女は身元も知れない下賤な女に、シューが産ませた私生児だったが、剣の才能に溢れていた。

 彼女が剣聖になり、巷の人望を集めるようになると、イーの胸の中に嫉妬や羨望の感情が渦巻くようになる。元々自己顕示欲が強かったイーが、バーバラさんに憎悪の念を抱くのは時間の問題だった。

 それはイーの母である正妻も同じだった。実はアンデッド研究の第一人者は彼女だったのだ。『北の政所』と影で囁かれる彼女よって、シューとイーはアンデッド至上主義を刷り込まれていったらしい。そしていつしか彼らも自分自身がアンデッドに……という訳だ。

 「えーっ、それじゃシューがああなっちゃったのも、アナタがそうなったのも……ひょっとしてその女のせいなんじゃ?」
 「母を悪く言うなっ! 貴様許さんぞっ!!」
 悪事の影に女ありって事ですかね。私も気を付けなくちゃ……

 で、その母親はというと……シューが領主の座を更迭されると、とっとと王国の北方にある国に亡命しちゃったらしい。元々そっちの方の出身だったんだって。

 「でもさ、シューは何でバーバラさんをパーリ都長に任命したの? アナタじゃなくて」
 「バーバラを任命するように進言したのは母だ。右手を失った彼女なら簡単に葬れると考えてな……」
 バーバラさんの右手が復活しちゃったから、その目論見が外れたのね。

 「全く、親父も何を考えて……」
 まぁね、バーバラさんの右手を復活させたのはシルフィの回復薬。それを与えちゃったのはシューだからねぇ……

 でも多分、シューはバーバラさんも愛してたんだと思う。仮にもさ、子を産むのを許すくらい愛した女性だったわけだしね……バーバラさんの母親は。その女性との間に生まれたのがバーバラさんだから、思い入れがあったんだろう。

 「もう一つ質問があるんだけど……」
 私は答えてくれたらラッキー……くらいの感じで質問を繰り返す。
 「なんだ?」
 「アナタ眷属は? どこにもいないみたいだけど……」

 そう……さっきから上空で待機しているミントの視界に、イーの他は誰も映っていないんだよね。どっかに隠れてるんだろうか。口を滑らせてくれたらラッキー。それくらいの淡い期待でした質問。

 「そんなものはおらん」
 「えっ? いないの?」
 「ワシは孤高のヴァンパイアだからな」
 「えー……でもさぁ……『光を呼び覚ます者』がいるよね? 何で彼らを眷属にしなかったの?」
 「何でムサイ男と老けた女を眷属にせねばならんのだ?」
 「老けたって……まだ彼女たちは……」
 男の方は何となく分からないでもない。でも女戦士と魔法使いはまだ20代そこそこだと思うんだけど……

 「ワシの眷属に相応しいのは15歳までっ。それ以上はパスっ!」
 あっ!? こいつロリコンだっ! ヤバいヤツだっ!!
 「じゃあ、シルヴィを狙うのって……?」
 イーはシルヴィに視線を移すとこう言った。
 「この娘は実にいい。年齢的にも元アンデッドという面でもワシの好みにピッタリだ」 

シルヴィ

 「いやあっ!」
 その言葉を聞いてシルヴィが背筋をゾゾッと震わせる。分かる、分かるよ……シルヴィ。変態め、ウチの可愛いシルヴィをそんな目で見るなんてっ。絶対許さんっ!

ニナ

 「ちょっと待って……じゃあニナは? ニナはアナタの眷属なの?」 
 チャイムからの情報では、身寄りのないニナをイーが引き取ったって話だったはず。   
 「勿論そのつもりだったのだが……」
 あー……イーの喋った事が余りに生々し過ぎるので私が翻訳するね。

 つまり……食べるつもりで買ったお菓子を、大事に取って置いたら賞味期限が切れちゃったって事らしい。こいつ……救いようのないアホだ。

 「さて……そろそろいいかしら? とっくに3分は過ぎちゃったんだけど。もう言い残す事はない?」
 お嬢様がイーに声をかける。そうね、聞きたいことは粗方聞いたかな?
 「遺言を言い残すのは貴様等の方だ。覚悟しろ!」
 イーもお嬢様に言い返す。

 「じゃ、そう言う事で。ユン、そろそろ良いみたいよ」
 「はぁい……じゃ、行っきまーす!」
 ユンがお嬢様に答えた。何かね、さっき2人で打ち合わせしてたのよね。何するつもりだろう? イーも不思議そうに見ている。

ユン

 「ルナティシアの皆さーん。『戒厳令』の発令でぇっす。武器を取れ! 隊列を組め! 敵は幾万ありとても。興国の一戦ここにありっ。欲しがりません、勝つまでは~っ!!ガンホー、ガンホー、ガンホーっ!」
 ………………何も言うまい。ツッコんだら負けだ。

 気まずい雰囲気が辺りに流れる。イーは目を点にしてユンを見ていた。ミズキさんは頬を人差し指でポリポリと掻き、ライトさんは無言で横を向いた。

 ミントは空を飛びながらずっこけ(器用だな……)、ルシファーは杖で地面に何やら書き始めた。ヨシュアとシルヴィはお互いに見つめ合っている。(ここだけ雰囲気が違うのは何故?)

 そして、ラパンはと言うと……
 「しょくん……わたしは……せんとうが……すきだ……よかろう……ならば……せんそうだ……」
 すっかりこの雰囲気に馴染んでいた。

 「ディアナさぁん、どうしましょ~っ? みんな微妙な雰囲気になっちゃいましたよ~……」
 「っかしいわねぇ……戦意高揚にはピッタリの台詞のはずなんだけど。時代が変わったのかしら……?」
 いや、お嬢様……時代って……

 「ま、いいわ。今度は私ね……闇の皇帝だか夜の帝王だか知らないけど、さっさとくたばりなさい。ロリコンは逝ってよしっ!」
 「お嬢様っ、それは淑女にあるまじきお言葉ですっ!」
 さすがにこれは見逃せず、私は思わずツッコんだ。と、とにかくよ……ドラは鳴ったわ。

 行くわよ……れっつらゴー!


 

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