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月の女神と夢見る迷宮 第六十話

ランクアップ

ギルド職員

 「へ……? もう戻ってきたんですか?」
 ギルド職員が驚いたというよりは、呆れたという顔をして言った。
 「試験を放棄したパーティーの最短記録更新ですよ。まぁ、無理もないですけど……」

 課題をクリアした私たちはその足でギルドに戻った。ギルドを出てからまだ半日も経っておらず、ミントのクリーンで汚れもニオイもすっかり消えている。つまり私たちは、課題を達成せずに戻ってきたと思われたのだ。

 「いえ、これを見て下さい」
 ミズキさんがそう言ってマジックバックから魔核を取り出す。取り出す……更に取り出す……。数にしておよそ100個は下らない魔核の山が、ギルドカウンターに出来上がった。

 それを見た職員は、ポカーンと口を開けている。女性が人前で見せてはいけないんじゃないかと思うような顔だ。その女性職員はおよそ1分程それを続け、ようやく再起動した。

 「あの……これを何処で?」
 あー、これって絶対疑われてるよね。私たちはまだパーティー名も決まってない程のノービス。最低ランクのパーティーだ。それがこんなにもたくさんの魔核を持ち込んだのだ。闇取引でもしたんじゃないかと思われても仕方がない。

 「失礼ねっ! ちゃんと課題のダークスライムを駆除して来た結果よっ!」
 お嬢様が早速ブチ切れモードに入った。

 「そんな馬鹿な……。歴戦のパーティーでも一度にこんな数を駆除できた事はないんですよ? ああ、そうか。試験を受ける前に既に駆除を……」
 「いや、俺たちは今日パーリに着いたばかりだ」
 ライトさんが端的に言い放つ。今度こそギルド職員は絶句し、目の前に詰まれた魔核を見つめるだけになってしまった。

バーバラ・ハリス

 「なんだ? どうしたんだ?」
 突然現れた女性が職員に話しかける。年の頃は30代前半というところだろうか。美形ではあるのだが、どこか冷たさを感じる風貌をしている。

 「あ、ギルマス。実は……」
 ギルド職員が、カウンターの机に詰まれた魔核を指差しながら、説明を始めた。
 「ふーむ、にわかには信じがたいが……。例え嘘であっても問題ない。我々には駆除されたという結果だけが重要なんだからな」
 そう言うと彼女は私たちに向き直った。

 「失礼。私は冒険者ギルド・パーリ支店でギルドマスターを務めているバーバラ・ハリスだ。君たちを歓迎する」
 ギルドマスター? 道理で……。怜悧な女性という雰囲気がプンプンとするものね。

 「それで君たちに改めて頼みがあるのだが、話を聞いて貰えないだろうか?」
 「我々の事を信用して下さったという事ですか?」
 ミズキさんが尋ねた。
 「これだけの魔核を短時間で集められたのだ。しかも、これらは皆新鮮な物ばかり。決して予め用意していたり、他者から買った物ではないと分かるからな」
 魔核が新鮮かどうかまで分かる物なの? 私が不思議に思っていると、ギルドマスターはそんな私の様子に気づいたのだろう。説明を始めた。

 「魔核は魔物の核だ。ここに魔素や生命エネルギーが蓄積されているのは知っているな?」
 うん、それはギルドの研修でも習った事ね。

 「魔物の体から魔核が取り出されると、その魔素や生命エネルギーは徐々に抜けていく」
 なるほど、使わなくても減っちゃうのね。

 「抜けていく量は取り出した直後が一番大きく、徐々に収束していく。だからその魔核が放出している魔素や生命エネルギーの量を視れば、取り出した直後かどうかが分かるのだ」
 魔力感知とかのスキルがあれば分かるという事ね。

 「それで……だ。……後の話は私の部屋でした方が良いな。君たちの為にも……」
 ギルドマスターが意味深な笑顔を浮かべて言った。
 
 その時、ギルド職員から声がかかった。
 「あの……ランク試験の判定はいかが致しましょうか?」
 ギルドマスターは暫く考える様子を見せていたが、職員にこう答えた。
 「課題をクリアしているのだから、合格なのは間違いないな。普通にそれぞれランクアップの手続きを行うように」
 
 「分かりました。では、皆さんの冒険者ランクとパーティーランクは……」

 ミズキさん、お嬢様、私、ヨシュア、シルヴィの冒険者ランクがEランクになった。これは最底辺のFランクからワンランクアップである。

 ライトさんだけは元々Eランクだったので、今回Dランクになった。そしてパーティーのランクもEランクにアップ。これでパーリへと旅立った最初の理由、ランクアップが達成出来た事になる。

 「無事にランクアップ出来たようだな。それではこちらへ……」 
 ギルドマスターに案内されて建物の一室に入る。そこは部屋の隅に事務机が1つと、大きめのソファーが2つあるだけの簡素な部屋だった。

 「何もなくてすまんな。部屋をゴテゴテと飾るのは好きじゃなくてな」
 ギルドマスターは私たちにソファーに座るよう勧め、自分はその対面に腰を降ろした。

「早速だが、君たちが倒したダークスライムとは、どういう魔物なのか知っているか?」
 「あくまで噂で聞いた限りですが……」
 ミズキさんが捕らえた冒険者から聞いた話を、さも噂話のようにして話す。

 「そうか、そこまで知っているなら話は早い。君たちに頼みたいのは、ダークスライムの更なる駆除と、ヤツらが湧く原因を突き止めて欲しいんだ」
 「原因……?」
 「そもそも自然界にはダークスライムという魔物は存在していない」
 それって……どういう事?

 「ここからはオフレコで頼む。……私はダークスライムが人為的に造られた物だと思っている」
 私たちは驚いてギルドマスターの顔を見た。その顔には苦々しさが浮かんでいる。

 「我々にメリットはないと思うのですが……」
 そうだ。私たちにはカスロンと接触するという目的がある。
 「メリットならあるさ。まず、君たちのランクをギルマス権限で2ランクアップさせよう」

 それは……剣聖を目指すライトさんには有難い処遇だ。一気にBランク冒険者になれるからだ。Bランクの上はAランクとSランクのみ。もしAランク冒険者になれれば、剣聖にかなり近づく事になる。

 「そして……この娘の情報は秘匿する事を約束しよう」
 そう言ってギルドマスターはシルヴィに視線を移した。
 「この娘は人ではない。そうだろう?」

 そのギルドマスターの言葉に、シルヴィはピクッと体を震わせた。私たちはその場に凍り付き、何も言葉を発する事が出来ずにいた。
 
 

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