月の女神と夢見る迷宮 第七十七話
倒壊帝王
マジか……まさか、これほど力の差があるなんて……
戦闘開始3分、私は呆然と立ち尽くしていた。それは何故かと言うと……
と、取りあえず戦闘開始直後から順を追って説明するわ。……と言っても説明になるかどうか分からないんだけど。
お嬢様の言葉が終わるや否や、ルシファーがバインドカースを無詠唱でイーに仕掛けた。さっき杖で地面に書いてたのは魔方陣だったみたい。魔方陣を使えば、どんな魔法も無詠唱で発動できるのよ。
で、相手はヴァンパイアだしって事で、ユンが続けてバインドアンデッドを唱えたの。これはアンデッドの力を弱めて拘束する魔法。ルシファーを拘束してた魔法ね。
普通さ……仮にもヴァンパイアだよ。闇の皇帝って名乗ってるくらいだよ。どっちか1つくらいはレジストすると思うじゃない? なのに、両方とも見事に決まっちゃったのよ。その結果……ヴァンパイア達磨(だるま)が出来上がってしまったのよね。
まさに手も足も出ないイーに対して、ルナティシアの面々は容赦なかった。ここからは詳細に話すのは躊躇われるわね。だって、イジメや虐待を疑われても仕方ない状況だったから。
時系列で簡単にまとめるとこんな感じ。
動けないイーにシルヴィが予め造っておいたホーリーウォーターぶっかける。
ライトさんがボーンソードで殴る。
ミズキさんがホーリーウォーターを絡ませた弾丸を、ゼロ距離で撃ちまくる。
更には上空からミントがスターダストレインを叩き込み、ラパンがホーリーランスでイーの体を抉る。
哀れ、開始3分でイーの体はボロボロになった。流石に酷いと思ったのか、ここでお嬢様の制止が入る。
「みんな、ちょっと待って……このままじゃ、このままじゃ……」
うん、流石のヴァンパイアだって滅びちゃいますよね。それには忍びない……と。
「私の出番がないまま終わっちゃうじゃないっ!」
……あー、そうだった。ヴァンパイアが来るのを、誰よりも楽しみにしてたのはお嬢様でした。まるでクリスマスにサンタさんを待ち焦がれるような感じで……
その声を聞いて、みんなの動きがピタッと止まる。ウチのメンバーは空気が読める者ばかりだからさ、お嬢様の楽しみを奪ったりはしないのよ。
「カースバインドオフ」「バインドアンデッドオフ」
ルシファーとユンが拘束魔法を解除する。
「これ、回復薬です……」
シルヴィがイーに回復薬を渡す。いや、アンデッドも回復できる薬なんてあるの? そりゃ、ヨシュアはルシファーにヒールかけてたけども……
「アンタもさ……ホントにくたばってんじゃないわよ! シャキッとしなさい、シャキッと!!」
お嬢様、無茶言うなぁ……
イーはシルヴィの渡した回復薬を飲み干して、すくっと立ち上がった。おお……ホントにアンデッドにも効くんだ。
「き、貴様等ぁ~っ……殴ったなぁ~っ。パパにもママにも殴られた事ないのにっ!!」
イーがルナティシアの面々に叫ぶ。アンタはロボットアニメの主人公か……? ほら、みんないたたまれなくて、下を向いちゃったぞ……
「うん、ちゃんと回復したわね。それじゃ、やるわよ!」
ルナティシアの面々が見守る中、お嬢様とイーの1対1の対決が始まった。
「おーっと、イーの噛み付き攻撃~っ。これはっ、噛まれるとお嬢様もヤバいかぁ~っ!?」
「まぁ、眷属にされてしまう可能性はあるのぉ」
「となると、ルシファーさん……お嬢様の戦い方としては、今後どのようにするのが望ましいと思いますか?」
「そうさのぉ、やっぱりヒット&アウェーかのぉ……」
「ディアナ姐さん頑張ってぇ~!」
ユンからの声援が飛ぶ。
「でぃあなだけ……ずるい……でぃあなだけ……ずっこい……」
そしてラパンは不満そうに呟いていた。
「ロリコンはダメです……ロリコンは……」
シルヴィはヨシュアと手を繋ぎながら、遠巻きに観戦している。ミントがその横でポップコーンを片手に座っていた。いや、アナタ食べられないでしょうに……
「雰囲気よ、雰囲気……ママも食べる?」
「ライトさんとミズキさんは良かったんですか? お嬢様に任せてしまって」
「俺は十分殴った。まあ、特に恨みがあるわけでもないしな……」
「それだよね。悪党だとは思うけどさ……何か小者臭がしちゃって、イマイチ本気になれないと言うか……」
「お二人とも、クールなご意見ありがとうございました……」
「さて、戦いも徐々に盛り上がって参りました! あーっ、ここでお嬢様の体が輝き始めたーっ!! これはシューとの戦いの再現かーっ!?」
「ふっ……夜に強いのはアナタだけじゃないのよ。アナタが闇の皇帝なら、アタシは闇を切り裂く月の化身。闇あるところ、必ず月の光が差ーすっ!」
お嬢様……大きなお友だちが大喜びしそうな台詞ですね……
「ムーンライトソードっ!」
「ヒでぶっ!」
「ムーンライトクリスタルっ!」
「タわばっ!!」
「ムーンライトシャイン……ファイナルシュートっ!」
「うっぎゃあー! やぁな感じーっ!!」
お嬢様の三連撃を食らったイーは、何も反撃出来ないまま倒れ崩れた。やっぱりさ……闇の皇帝は言い過ぎで、夜の帝王くらいの小者だったみたい。それでまぁ……倒壊帝王、奇跡の復活……とはならなかったね、うん。
こうしてヴァンパイア=イーとの死闘? は終わった。何だろう、この虚無感は……
♢♢♢
え、何でそんな拘束魔法が効いちゃうの? 仮にもアナタ、ヴァンパイアでしょ? レジストしなさいよっ! 気合いが足りないのよ、気合いがっ! グランド10周走らせるわよっ!!
目の前でボロボロにされていくイーの姿を見てアタシは焦った。
あっ、ライトっ! 殴りすぎよっ。タコ殴りじゃないっ!
うわっ、ミズキっ! 何発撃つのっ!? 普段弾がもったいなくて撃てないからって、バラ撒きすぎじゃないのっ!?
あーっ、ミント、ラパンっ! 容赦なさ過ぎっ!
これじゃ……こんなんじゃ……終わっちゃう。何も出来ないまま。ただ見てるだけで。折角楽しみにしてたのにぃ。ヴァンパイアと戦える機会なんてそうそうないのよっ!
『私の獲物に手を出すなっ!』
そう叫びたくなる気持ちを抑えて、私はみんなに制止をかけた。すると流石は我がパーティーメンバー。イーに対する虐……コホン、攻撃がピタッと止んだ。
ルシファーとユンがイーの拘束を解き、シルヴィがイーに回復ポーションを渡してくれた。さぁ、早くそれを飲んで回復しなさい。
待った甲斐があって、イーの体力は回復したようだ。うん、タフなところは評価出来るわ。ただ基礎的な能力が不足してるのは否めないわね。まぁ、お坊ちゃまだから仕方ないのか……
回復したイーに向かって、私は改めて宣戦布告をする。
『さぁ、宴はこれからよ。ちゃんと愉しませてね』
そんな気持ちを込めて。
戦闘が始まってもイーのヤツは鈍くさかった。欠伸が出るような攻撃スピードしか出せないのか、こいつは。父親はもうちょっと強かったわよ?
爪で抉る攻撃も、牙で噛み付く攻撃も、体幹がなってないから当たらない。全くダメダメだ。でも観客がいるし、シーナも何故かノリノリで実況してるし。少しピンチを演出して……っと。
イー……アンタもっと真面目にやんなさいよっ! こんな温い攻撃じゃみんな寝ちゃうわっ!!
はぁーっ、ダメだ。時間の無駄だ。仕方ない。不完全燃焼だけど終わるかぁ……
アタシは必殺技の3コンボをイーに見舞う。はいっ、これで終了~っ。イーの体は灰になって崩れ落ちた。
さようなら、イー・ジョムン。まぁね……期待したアタシがバカだったわ……