田舎の猫 街に行く 第十二話
田舎の猫 夕ご飯を食べる
「あのぅ……さっき名乗るほどの者ではないって言っちゃったけど、やっぱり名乗ってもいいですか……?」
羞恥に頬を引きつらせながら私は言った。滅茶苦茶かっこ悪いけど、このまま名無しちゃんで通すのも無理があるよねって思ったからだ。それと、やっぱり彼女たちの安全の為に、背後の男達の処遇についても話しておかなければならない。コミュニケーションの基本として、自己紹介は必須だろう。
彼女たちがこちらに目を向けたことを確認してから私は話し始めた。
「私は虹乃音子よ。見ての通り猫人なの。故郷のグリーフィールドからシーオーシャンへ向かう旅の途中」
背後の男達が気になるので、自己紹介は簡潔に済ます。
「で、後ろの男達についてなんだけどどうする? 私としては後腐れなくしておいた方が貴女たちの安全の為にはいいと思うんだけど?」
暗に『殺ってしまった方が良い』と仄めかす。前の世界で情けをかけたが故に、子孫が滅びた武家の話を私は知ってるからね。祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きありだ。
私の声が聞こえたのか、背後でざわめきが起こる。まぁ、自分達を殺すという提案がなされたわけだから当然だろう。
さっき彼等の命を助けるように言ったリーシャは、縋るような視線をマーシャさんに送っていた。
「その事なのですが……。ちょっとお話したいことがありまして……」
彼等をチラチラ見ながらマーシャさんが小声で話す。どうやら男達には聞かれたくない話らしい。
私は彼等にスリープをかけ眠らせた。怪我をしてる者もいるが、眠ってしまえば痛みも感じないだろう。
「話は食事をしながらでいいですか?」というマーシャさんの問いかけに、私は「分かったわ」と答えた。
歩き始めた4人に着いて行くと、森の中に少し開けた場所があり、そこにテントが張られていた。その傍には石で作った簡易の竈もある。
私は「前の世界では学校行事でキャンプさせられたっけ……」と懐かしい気持ちを覚えた。
男子はテント、女子はバンガローで宿泊する学校行事は、バンガローに虫は出るわ、トイレは水洗でないわ等で、参加させられた当時は文句タラタラだった。でも社会人になってそういうのに参加する機会もなくなると、「あの頃は楽しかったよなあ……」と胸が締め付けられるような感覚に襲われるんだよね。いつだって大切なものは失ってから気づくのだ。
そんなノスタルジーに浸っていると、マーシャさんが竈に魔法で火を点けた。エルフだけに魔法の使い方がスマートだ。エルフの魔法は精霊魔法なので厳密には精霊が火を起こしてるんだけどね。精霊ならば火の出力を間違えて森を焼け野原にする心配もない。
マーシャさんが料理をしている間、3姉妹と話したところによると、彼女たちはこの森の奥にあるエルフの村で暮らしているらしい。用事があって森から出て来たところを、男達が待ち伏せしていたそうだ。どうやら森の奥にエルフたちが暮らしている事はよく知られているようなのだが、その村までの道はエルフ縁の者しか進めないようになっているみたい。ファンタジー名物『帰らずの森』ってヤツだよね。
そうこうするうちに夕食が出来上がって、私たちは簡易のテーブルについた。マーシャさん手作りのシチューは塩加減が絶妙で、とても美味しかった。意外だったのはお肉たっぷりのシチューだったこと。エルフって草食で肉は食べないんじゃないかと思ってたんだけど、猫人も住んでるみたいだから当然なのか。今日初めての食事にありつきながら、私はマーシャさんの話を聞くことにした。