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月の女神と夢見る迷宮 第七十二話

戦い終わって

カスロン

 「そうか……シルフィとルシフェリアにそんな事が……」
 そう言ったきりカスロンは黙り込んだ。彼には全てが初耳だったに違いない。アルカスが疫病に襲われ、ゾンビの町になってしまった事。シルフィがゾンビになってしまった事。シルフェリアがネクロマンサーになった事。そして、彼がその首謀者だと思われていた事……

 全てがシューとマスコミによる陰謀だったとは言え、ショックから立ち直るのには時間がかかるに違いない。
 「お父さん、私がお母さんにちゃんと伝えるわ。お父さんは何も悪くなかったって」
 シルヴィの言葉に、カスロンは眦に涙を浮かべながらこう言った。
 「あぁ……シルフェリアは許してくれるだろうか……」
 「それは……」
 言いよどむシルヴィ。そんなシルヴィの様子にアンナさんが助け船を出す。

アンナ

 「きっと大丈夫よ。だって家族ですもの」
 「そうですね。でも出来るだけ早くアルカスに戻られる事をお薦めしますよ」
 ミズキさんもそう付け加えた。

 「分かった……。出来るだけ早くルシフェリアに会いに行くよ」
 「ま、その前にやらなきゃならない事が山積みだけどね」

 燃えたパーリの復興支援。欠陥が見つかったスカベンジャースライムの改良。そして不適切な偏向報道を行い、人心を欺いていたマスコミの粛清等、残された問題は多い。

 また、シューの悪政によって失われたパーリ都民の労働意欲を取り戻すのにも時間がかかるだろう。けれどカスロンとアンナさんの2人なら、必ず乗り越えられると信じている。

 「後、あなたたちの扱いなんだけど……」
 「そうか、それがあったね」
 アンナさんとカスロンが話し始める。

 「本来なら街を救った英雄として、公の場で表彰するのが筋なんだけどね、今はこの状況だし……」
 アンナさんが歯切れ悪そうに言う。
 「それは復興が終わり次第という事で」
 察したミズキさんが助け船を出した。

 「ありがとう。今はパーリの名誉都民という肩書きだけ贈らせていただくわ。報償等は後日になっちゃうけど許してね」
 「フランカス領主としても、何らかの形で報いたいと思う。待っていて欲しい」
 「ありがとうございます」
 お嬢様が頭を下げた。

 この申し出は私たちにとって本当にありがたいものだ。私たちの目的は冒険者として名を売る事だからね。

 「それじゃ、また連絡すると思うけど……」
 「はい、ギルド経由でよろしく」
 冒険者ギルドに言付けて貰えれば、全国ネットだから私たちにもすぐ連絡がつくはずだ。

 こうして忙しい2人と別れの挨拶を交わし、私たちは都庁を後にした。シルヴィ? 結構あっさりカスロンに別れを告げてたわ。年頃の娘なんてそんなものなのかな?

バーバラ

 私たちが次に向かったのは冒険者ギルド。大火の中、恐らくバーバラさんと職員の尽力もあって燃えずに済んだ建物の中に私たちは入る。そこには元気になったバーバラさんが待ち構えていた。

 「待っていたぞ」
 「お元気そうで何よりです、ギルドマスター」
 「君たちのお陰だよ。私1人だったら今頃は……」
 あの戦いの後、屋上に倒れていたバーバラさんにヨシュアがヒールをかけた。幸いにもシューのドレインタッチは、彼女の体力を奪っていただけで、生命そのものには影響がなかった。その為回復も早かったのだ。もしかしたら、シューも娘には手加減をしたのかもしれない。

 「さて、君たちには当初の予定通り、エクストラクエスト達成の報酬を与える事とする。本当はそれ以上の働きをしているとは思うのだが……」 
 まぁ、2ランクアップだけでも異例の事だからね。何なら最初のランク試験の件も含めると、短期間に3ランクアップしたことになる。これ以上は流石にランクアップのインフレだ。他のパーティーにも示しがつかないよね。

 「代わりに……と言っては何だが……」
 バーバラさんが提案してくれた事は、私たち──特にライトさんにとって有難いものだった。剣聖への口利き。現在空位である剣聖の座に、ライトさんを推薦してくれると言うのだ。

 「先代の剣聖の立場からしてもな、いつまでも空位のままにしておく訳にはいかないからな」
 「だが……今回の戦いでも俺は力不足を感じた。まだ1人では、高レベルモンスターに勝てない……そんな俺が剣聖になっても良いのだろうか?」
 ライトさんがそう言うと
 「その気持ちは分かる。だが、良い仲間に恵まれるというのも剣聖になるには必用な事だ。なぁに、剣聖になったからと言って、それで剣の道が極まった訳ではない。むしろ、そこから始まるんだよ」
 とバーバラさんが答えた。

 さすが先代の剣聖。言葉に重みがある。ライトさんはその言葉に納得したのか深く肯いた。

 「まぁ、私が推薦したからと言ってすぐになれるわけではないがな。ただ、その心づもりだけはしておいて欲しいという事だ」
 バーバラさんがそう言った時、後ろに控えていたギルド職員が口を開いた。

ギルド職員

 「お話中のところ済みません。少しよろしいですか?」
 「構わんよ。ちょうど話も終わったところだ」
 バーバラさんがそう言うと、職員は軽く会釈をして続けた。
 「えっと……皆さんの新しいギルド証が出来ましたのでお渡しします」
 ライトさんはB、他の者はCランクのギルド証が手渡される。
 
 「それでですね……パーティーランクもCランクに上がっていまして……これからは指名クエストが入ると思うんですよ」
 指名クエストとは、ある程度ランクが上がったパーティーに対して、依頼者もしくはギルドから直接依頼されるクエストだ。指名料という訳ではないが、当然報酬は高くなるし、冒険者の実績や評判も上がり易い。

 「ただ、皆さんのパーティーには名前がありませんので、依頼主に紹介するのがですね……」
 そうだ。私たちのパーティーにはまだ名前がないんだった。これでは依頼する方も困るし、口コミも期待出来ない。店名のない店のようなものだからね。

 「なんだ? まだパーティーの名前がないのか?」
 バーバラさんが呆れたように言う。
 「すみません、現在保留中でして……」
 ミズキさんが額に汗をかきながら言う。
 「決まってないなら私が付けてもいいか?」
 バーバラさんがそう言うと、お嬢様が食いついた。

 「え? どんな名前?」
 するとバーバラさんがお嬢様を見つめながらこう言った。
 「ルナティシア……この辺りの旧い言葉で『月に護られし者』と言う意味らしい。どうだ?」
 「月に護られし者……」
 お嬢様がじっと考え込む。
 「悪くない名前だとは思うけど、何で月?」
 お嬢様の問いかけにバーバラさんは
 「さて? それは私ではなく、君のパーティーメンバーに聞くべきだと思うが?」

 バーバラさんの言葉に全員がハッとした顔をした。あの時……あの戦いの最後に、お嬢様が見せた姿を思い出したからだ。あれはまさしく月の光を身に纏ったとでも言うべき姿だった。そっか、バーバラさんも見ていたのね……

 そんなみんなの思いには、気づいてないとでも言うようにお嬢様が聞いた。
 「みんなはどう思う?」
 「私は……良いと思います」
 「響きが良いね。良いと思うよ」
 「ああ、問題ない」
 「カッコいいと思いますよ」
 「私たちはルナティシア……」
 みんなきっとお嬢様に対して聞きたいことがあるのだとは思う。でも、何だか聞いてはいけないような気がして、賛同の言葉だけを紡いでいたように感じた。

 「つきのひかりにみちびかれ……」
 これっ、ラパン。何歌ってるのよ!?
 「うーん……ルナルナ……?」
 いや、ルナしかあってないわよ、ミント……

ディアナ

 「そっか、みんなが良いって言うなら仕方ないわね。アタシとしては妹の名前が入ってるのがちょっと……なんだけどさ」
 あー、ルナ様ねぇ。お嬢様が家出しなければならなくなった原因の1つでもあるからなぁ……

 「まぁ、何度でも変えられるみたいだし、取り敢えずこれでいっかぁ」
 お嬢様がそう締めくくった。でもさ、指名が入るようになったら、そうそう社名は変えられませんよ、お嬢様。ほら、クライアントが見失っちゃうでしょう?

 そう言いたいのを我慢して、私は大きく肯いた。


 

 

 

 

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