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月の女神と夢見る迷宮 第七十四話

セカンドバトル

シーナ

 リーダーの掛け声と共に戦闘態勢に入る冒険者達。こうして戦いの幕は切って落とされた。

 「この前は不覚をとったが今度はそうはいかんぞ!」
 まず、敵のリーダーがミズキさんの元に駈け寄る。
 「飛び道具など、当たらなければどうということはないっ!」
 リーダーの振るう剣は、真っ直ぐミズキさんに振り下ろされた。それを「ガキッ!」と盾で受け止めるミズキさん。前回から続く因縁の戦いが始まった。

 「貴様の相手は俺だな」
 ライトさんが向き合うのは黒い鎧の戦士だ。全身をプレートアーマーで固めた戦士が、大剣を振り回しながらライトさんに迫る。

 「はぁんっ! まぁた兎と鬼ごっこかよっ!」
 黒づくめの男をラパンが追う。スピードはラパンの方が上だけど、男は投げナイフを上手く使いながらラパンの追撃を交わしていた。

 「ラパン、毒に気をつけてっ!」
 前回この男の毒に、ライトさんとお嬢様がやられた事を思い出して叫ぶ。するとシルヴィがマジックバッグからポーションを取り出した。
 「私に任せて下さいっ!」
 シルヴィはそう言うと皆の頭上にポーションを投げ上げた。

 「ミントさんっ!」
 「了解っ! ライトニングアローっ!」
 ミントが放った光の矢がそれを撃ち抜く。ポーションの瓶が砕けると、中の液体が水滴となって辺りに飛び散った。アンチポイズンポーションの雨。それが全員に降り注ぐ。
 「これで毒は無効化されるはずですっ!」
 シルヴィの声が戦場に響いた。

 「シーナはそっちの娘をお願いねっ」
 お嬢様はそう言うと、女戦士に向かって駆け出した。そっちの娘って……女魔法使い!?

 何故か戦線に加わろうとしない対アンデッド魔法使いの横で、杖を構える女魔法使いが呪文を唱え始める。

 「マズい、呪文を唱え終わる前にっ!」
 魔法使いとの戦闘ではスピードが勝負の鍵だ。呪文を唱え終わる前に、相手の懐に飛び込めればこちらの勝ち。お嬢様は私の脚力を考え、女魔法使いとの戦闘を私に任せたのだろう。

 「行っけーっ!」
 私は全速力で魔法使いとの距離を詰めようとした。

 「まぁ、普通そう思うわよね~」
 もう少しで女魔法使いの元にたどり着くという時に、彼女の手から炎の玉が撃ち出された。
 「ファイヤーボールっ!?」
 私はこっちに向かって来るファイヤーボールを見てパニックに陥った。まだ呪文は唱え終わってなかったはずなのに……なんでっ!?

 「私の杖は特別製なのよ。予め5つまでの魔法がストック出来ちゃうのよね」
 女魔法使いがニッと笑った。

 マズいっ! 回避が間に合わないっ! 私は急ブレーキをかけながら、左手を前に出して防御姿勢をとる。でも、こんなのは気休めだ。直撃すればただでは済まない。

 だけどそこで不思議な事が起こった。飛んできたファイヤーボールが、突き出した左手の前で突然消えたのだ。
 「なっ!?」
 驚いたのは女魔法使いだ。彼女は慌てて次の魔法を撃った。彼女の放ったライトニングの矢が私を襲う。だが、今度も私の左手の前でその矢は消え失せる。

 何が……起こったの? 女魔法使いだけでなく、私にも訳が分からない。不思議に思いながら自分の左手を改めて見ると、その手には『空』が握られていた。

 「まさか『空』の力?」
 全てを切り裂く『斬』に対して、全てを消し去る『空』。まさか……魔法も消し去る事が……出来る?

 「それならっ!」
 『空』を体の前に突き出しながら私は走る。女魔法使いに向かって。
 「何? 何なのっ、そのチート? もう嫌~っ!」
 女魔法使いは続けて魔法を連射する。ウォーターボール、ストーンバレット、サンダーボルト。そのことごとくが『空』の前で消え去った。

 「チェックメイトっ!」
 私は女魔法使いの杖を『空』で薙ぎ払った。

 「あわわわわっ!」
 女魔法使いが敗れ去ったのを見て、対アンデッド魔法使いが尻餅をつく。私はその娘に向かって声をかけた。
 「アナタはどうするの?」

 すると対アンデッド魔法使いはアワアワしながらこう言った。
 「私は対アンデッド専門ですから~っ。人に有効な魔法を持ってないんですぅ~っ」
 「そう、分かったわ。でも……アナタよね? ルシファーを拘束してるのは」
 対アンデッド魔法使いが、ルシファーに拘束魔法をかけていたのは明らかだ。その為に彼女は戦場を離れられなかったのだろう。

 「うぅ……はい……」
 「なら、分かるわね?」
 「はいぃ……バインドオフぅ……」
 対アンデッド魔法使いが呪文を唱えると、ルシファーの拘束が解けた。

 「すまん。感謝する……」
 魔法から解放されたルシファーは、私にそう言うと膝をついた。死者の町から離れている為、本来の力が取り戻せないのだろう。
 「大変だったわね、ルシファー。少し休んでて」
 私はそう言うと戦場に目を走らせた。

ディアナ

 お嬢様と女戦士との戦いは、お嬢様の剣技が女戦士を圧倒していた。シューと戦った時のような不思議パワーは使っていないようだけど、それでも剣同士の戦いで遅れをとるようなお嬢様ではない。お嬢様の剣が女戦士の肩を切り裂き、2人の戦いは呆気なく決着が着いた。

 ライトさんと黒鎧の戦士は、一進一退の戦いをしていた。スピードはライトさんが上だけど、パワーは戦士の方が上のようだ。しかも戦士の鎧は硬く、ライトさんのボーンソードのダメージが入らない。でも流石はライトさんだ。戦士の足下をライトさんの剣先が掠めたように見えた時、それは起こった。

 「何だとっ!?」
 突然戦士の足がたたらを踏んだかと思うと、前のめりに倒れ込んだ。
 「鎧の中の脚を砕いた。もう立てまい」
 戦士の鎧には傷がついていない。恐らくこれは……ダークスライムを駆除した時に見せてくれた剣圧の力。それで内側から戦士の脚を打ち砕いたのだ。こうして黒鎧の戦士とライトさんの戦いも終焉を迎えた。

 「ほーら、こっちだゼェーっ!」
 黒づくめの男とラパンの追いかけっこは、ラパンが男を追うも中々その差を詰められない。追いつきそうになると、男はスッと方向を変える。まるで後ろに目が着いてるかのように。でも……なんだかラパンは本気を出してないように見えるんだよね。なんで……あ、そういうこと?

 「あーらよっ! 狙い通りい~っ!」
 男がシルヴィに向かって手を伸ばす。いつの間にか男の進路上にシルヴィの姿があった。男は最初からこれを狙っていたのだ。ヤツはこまめに進路変更しながら、シルヴィに近付くよう意図的に逃げていたのだろう。シルヴィを人質にする為に。でもね……狙い通りなのはお互い様なのよ。

 「クリエイトウォーターっ!」
 シルヴィが叫ぶ。
 「ラぁイトニングぅ アローっ!!」
 シルヴィが造った水のカーテンに男が突っ込んだ瞬間、ミントから渾身のライトニングが叩き込まれる。パーリからの道すがらシルヴィたち3人が開発した必殺技。ライトニングカーテンが決まった。

 シューとの戦いで、シルヴィのクリエイトウォーターとラパンのホーリーランスを複合した技──ホーリーレインはアンデッドを殲滅した。でも、あれは相手がアンデッドだったからだ。普通の魔物や人には効果が薄い。

 それなら……という事で従魔たち3人組が新たに開発した必殺技。それがライトニングカーテンだ。まずクリエイトウォーターで水をカーテン状に展開する。そこにミントのライトニングを撃ち込む。ライトニングは電気的な性質を持つ魔法だ。シルヴィたちは水が電気を通すという性質を利用して、電気の壁を面状に展開したのだ。

 その電気の壁に自ら突っ込んだ男は、悶絶しながら気を失うしかなかった。
 「ふっ……さくし……さくに……おぼれる……」
 ラパンがボソリと呟いた。

 最後はミズキさんだ。復讐に燃えるリーダーは、ミズキさんに接近戦を挑んでいた。
 「飛び道具はな、距離を詰めれば無効化出来るんだよ!」
 リーダーはそう言いながらミズキさんの懐に潜り込もうとする。

 「それは正しいんだけどね。よっと……」
 近付くリーダーにミズキさん下から盾を突き上げる。ミズキさんの十八番、シールドバッシュだ。そしてバランスを崩したリーダーに連続して蹴りを見舞った。これもダークスライムの駆除に使ったコンボ。鋭い蹴りを食らって宙に浮きながら吹っ飛ぶリーダー。
 「はい、ゲームセット!」
 ズガァンッ!!
 そして最後にミズキさんの銃が炸裂した。

 こうして私たち『ルナティシア』と『光を呼び覚ます者』のセカンドバトルは、私たちの圧勝で終わった。めでたし、めでたし……じゃないっ! イーは、イーはどこっ!? 辺りを見回してもイーの姿はどこにもなかった。

 「そんな……逃げられたのっ!?」
 私はその場に呆然と立ち尽くすしかなかった。
 

 

 
 

 
 
 
 
 

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