月の女神と夢見る迷宮 第七十話
戦闘開始！
「さて、お話も尽きたようだし……」
お嬢様がじりっとリッチに一歩踏み出す。
「ふん、人間風情がどこまでやれるかの？」
それに対してリッチもそう嘯いた。
まだ動くのは早い。少なくとも敵の手の内を見定めるまでは。そんな私の思惑は見事に裏切られた。
「せんてひっしょう……いーぐるすとらいくっ……」
「ちょ……ラパンっ！？」
戦いの戦端を切ったのは、ラパンの光の剣から撃ち出される鳥の形をした光の矢。ラパンが前回の先頭で『奥義イーグルストライク』と呼んでいた技だ。
だが、その光の鳥がリッチを捕らえることはなかった。光の鳥は、リッチの体をそのまますり抜けて行ったのだ。
「ふん、そんな攻撃当たりはせぬよ……」
リッチが不気味な笑い顔をしながら言った。骸骨の顔の癖に器用な笑い方をするのがムカつく。
しかし、これは私たちにとって精神的な焦りを与えた。ラパンの攻撃でさえ当たらないとすると、下手をすればこちらの攻撃が全く当たらない事になるからだ。
あれは実体ではない？ それとも瞬間的に別の場所にジャンプして戻って来ている？ 私の頭の中で疑問符が飛び交っていた。
「ラパン、もう一度お願いっ！」
今度は上空のミントを通してリッチの動きを見極める。私はそう考え、視界の全てをミントからの映像に切り替える。
「いーぐるすとらいくっ！」
ラパンから再び光の鳥が放たれた。今度は一度に二羽の鳥がリッチに向かって飛んだ。
「無駄じゃよ、無駄……」
今度も光の鳥はヤツの体をすり抜けた。だけどミントを通して観た映像に、不自然な点はない。何処かへ飛んで戻ってきたなら、残像くらい残るはずなのに……
「こうなったら……」
お嬢様がリッチに向けて駆け出す。そして一太刀を浴びせた。
「ダメっ！ 手応えが全然ないっ！」
やはりお嬢様の剣もリッチを捕らえることは適わなかった。
「マズい、囲まれたっ！」
リッチに気を取られている隙に、アンデッド達が私たちを取り囲んでいた。押し寄せるスケルトンやゾンビの群れを、ミズキさんが盾で押し返す。ライトさんがボーンソードを横凪に振ると、数体のスケルトンの体が砕け散った。
『ミントっ！ 支援してっ！！』
『了解っ！ スターダストレインっ！』
上空のミントからライトニングの矢がアンデッド達に降り注ぐ。久々に使う魔法のせいか、全く手加減のない激しい攻撃だ。まさに流星雨とでも言うような攻撃が、アンデッド達をなぎ払った。なるほど、スターダストレインね……言い得て妙だわ。
私も戦闘に加わろうと、前方のアンデッドに向かって賭けだそうとする。するとその時ラパンからリンチャが飛んできた。
『しーな……かんていする……』
鑑定？ 私の鑑定は物や罠にしか……生きている物は鑑定出来ないんだけど。ん？ 生きている物……？
『そっか、分かった！』
「鑑定！」
私はリッチに向かって鑑定をした。すると、鑑定結果が頭の中に浮かんだ。
《リッチの幻影》
遠影の魔法により、本体とは別の場所に投影された影分身
相互攻撃不可
出た！ リッチは……アンデッドは物扱いなんだ。やっぱりこれは本体じゃない。道理で攻撃が当たらない訳よね。相互攻撃不可って事は、ヤツもこちらを攻撃出来ないって事？
「ラパンっ、お嬢様っ、そいつは幻影です！ 本体は別の所にいますっ！」
「了解っ！ 一旦下がるわっ！」
お嬢様がこちらへ向かって駆け出した。ラパンはそのままイーグルストライクを放ち続け、周りのアンデッドを殲滅し始めた。
「ちっ、バレてしもうたか。じゃが、お前たちにワシの居所は分かるまいよ。それならこれはどうじゃ？」
そう言うリッチの幻影の側に、レイスの群れが現れた。ルシファーとの戦闘でも苦戦したレイス。それを見た私たちは緊張に包まれる。
「アイツ嫌い！」
前回、レイスのドレインタッチで気を失ったお嬢様が、吐き出すように言った。その時、それまでミズキさんの陰に隠れていたシルヴィが声を発した。
「何とかなるかも知れません」
「何か手があるの？」
私がそう聞くとシルヴィは
「私の造った水を、ラパンさんの光の剣で撃つんです」
と言った。
クリエイトウォーターで造った水に、イーグルストライクの光をエンチャントする。それが出来れば……確かに起死回生の一発になるかも……
「やってみよう！ それしか方法はないっ」
ミズキさんがそう叫んだ。
「クリエイトウォーター！」
「行けっ！」
シルヴィの造った水球を、お嬢様が空に向かって打ち上げる。
「いーぐるすとらいくっ！」
数瞬の後、ラパンが放った光の鳥がそれを直撃した。
バシュンッ！
「綺麗……」
戦闘中にも関わらず、私は思わず感嘆の溜め息をつく。ラパンの放った光の鳥が水球の中に入った瞬間、それが弾けた。そして四方八方に飛び散った水が、幾筋もの光の雫となってレイスに降り注ぐ。
ウォオーン……！
レイスの叫びとも言えない声が辺りに響く。幾百、幾千もの光の雨を浴びたレイス達は、苦悶の表情を浮かべながら跡形もなく消え去っていった。
「ホーリーウォーター成功です！」
シルヴィが嬉しそうな声で叫んだ。
「なんじゃとっ！？」
この攻撃に驚愕したリッチが思わず叫ぶ。
「もう一丁行くわよっ！」
「ホーリーウォーターっ！！」
シルヴィとお嬢様とラパンの合わせ技、ホーリーウォーターが再びアンデッドの群れに降り注いだ。
「この水を剣に纏えば、アンデッドも楽に倒せるはずだ」
私は『裂』に、ライトさんはボーンソードに、降り注ぐ光の雨を纏わせる。そして、アンデッドの群れを次々と切り刻んで行った。
上空からはミントのライトニング。降り注ぐホーリーウォーター。そして私とライトさんの剣によって、周囲を埋めつくしていたアンデッド達も徐々に数を減らしていく。だけどまだ油断はできない。リッチ本体の居所が分からないからだ。
どれだけアンデッドの群れを葬ろうとも、リッチ本体が残っている限り、ヤツは再びアンデッドを復活させてくる。そうなればこちらはジリ貧だ。どこだ……本体はどこにいる……？
「気をつけろっ！ ヤツは後ろにいるぞっ！！」
その声を発したのはバーバラさんだった。彼女の声を聞いた私たちは、全力で回避行動に移る。そして彼女の警告通り、私たちの後方からファイヤーボールが、間髪入れず撃ち込まれた。私たちの後方にある建物の屋上からリッチが放った必殺の一撃だ。だがそれを私たちは間一髪で躱す事に成功した。
「バーバラさんっ！？」
建物の屋上で向かい合う、バーバラさんとリッチの姿が見えた。
「おのれぇっ……何故だバーバラ、何故邪魔をするっ！？」
「久しいな、シュー・ジョムン殿。いや、親父殿と呼ぶべきか……その節は世話になった」
「そうじゃっ、お前を都長に取り立ててやった恩を忘れたかっ？」
「忘れてなどおらんさ。だが……私の今の立場は冒険者ギルドのギルドマスターだ。モンスターから人々を護るのが私の役目。そしてもちろん冒険者たちの味方でもある」
バーバラさんが静かに答えた。
「相変わらず頭の固い……あの時お前が領主になっておれば、こんな回りくどい事をせずに済んだのじゃ！」
「私は元々冒険者なのだ。私には政治の世界は向いとらんよ」
言葉こそ穏やかだが、言葉の端々に威圧感を感じる。それは彼女が一流の冒険者である証拠だった。
「右手を失ったお前の為に、回復ポーションを用立てしてやったのは誰だと思っとるんじゃ」
「だからその節は世話になったと言っただろう？ それに……あれは私で人体実験したんだろう？ 効果の程を確かめるために」
バーバラさんが目を細めてリッチを睨んだ。
「仕方なかろう。回復ポーション（超）が部位欠損まで治せると言うのはあくまでも噂に過ぎんかった。誰かが確かめてみるまではな」
そうよね。鑑定で回復ポーション（超）と知る事は出来たとしても、その効果や性質までは分からないはず……よ……ね？
「そうだろうな。それに関しては素直に感謝しよう。だが……その後に貴様が行ったおぞましい所業を……赦すほど私は腐っておらん！」
バーバラさんはそう言い捨てると、腰に差した剣をすらりと抜いた。