月の女神と夢見る迷宮 第六十一話
エクストラクエスト
固まってしまった私たちに、ギルドマスターは更に続けた。
「そんなに驚く事でもなかろう? そちらの従魔たちも職員の鑑定を受けたと思うが?」
そうだった。ラパンとミントも職員の鑑定を受け、従魔として登録された。これは即ち視る人が視れば、魔物と人との区別は簡単につくという事だ。
そしてこのギルドマスターは魔核の新鮮さまで見抜く力を持っている。シルヴィが人間でない事など直ぐに分かったに違いない。
「ふふふ……と言うのは冗談だ。1度人間だと認めた者を鑑定するのはルール違反なのさ。この娘は既に冒険者として登録してるからね。鑑定などしていない」
え? じゃ、どうして……
ギルドマスターはシルヴィに向き直って話を続けた。
「覚えていないか? シルフィ……いや、レミュエラ・シルフィ……私のことを」
レミュエラ・シルフィ──それはシルフィがシルヴィに変わる前の名前。レミュエラ・カスロンの娘として存在していた頃の名前だ。それを知っているとは何者なんだ……この人は……
「あ……」
シルヴィがギルドマスターの顔を見て驚いた表情を浮かべた。
「まさか……バーバラおば……いえ、バーバラさん?」
「気を遣わなくてもいい。以前のように、バーバラおばちゃんと呼んでくれていいんだよ?」
ギルドマスターは、どこか懐かしむような優しい眼差しを、シルヴィに向けて言った。
腑に落ちないという顔をしている私たちに、ギルドマスターは語り始めた。
「私はかつて、この娘の母親であるルシフェリアと親交があったのさ……」
冒険者だったバーバラは、ある時魔物との戦いで、再起不能の怪我を負った。右手首より先の部位欠損。剣士である彼女にとって、利き手である右手の欠損は致命的だった。
だが、若き剣才と呼ばれた彼女にとって、その運命は受け入れがたく──治す術がないか、治せる者はいないかを探し求める日々が続いていた。
そんな折、彼女の元にある噂が舞い込んだ。それはアルカスに腕の良い薬師が棲んでいる。彼女の造るポーションは、どんな怪我や病気も治す事ができるらしいというものだった。
あまりの絶望感で心を病みかけていたバーバラは、藁にも縋る思いでアルカスに出向いた。そしてルシフェリアと出会ったのだ。
「ルシフェリアの薬は確かに素晴らしかったが、それでも部位欠損を治す事は適わなかった……」
「治らなかったんですか?」
「治ったよ、ほら」
そう言ってギルドマスターは、私の目の前で右手を振って見せた。
「ルシフェリアの造るポーションでは治らなかった。だが……」
バーバラの視線が再びシルヴィに向く。まさか……
「シルフィの造ったポーションがそれを可能にした」
部位欠損も治す回復ポーション(超)。それをかつてシルフィが造ったと言うの?
「でも、私……回復ポーションを造ったのはこの前が初めてです……けど……」
この前というのは、ルシファーと戦った後の事よね?
「余りに危険過ぎたからな。シルフィはきっと母親の見よう見まね、遊び感覚でたまたま造り上げてしまったのだろう。回復ポーション(超)とは知らずにな。だが、それを人に知られたら……」
天地がひっくり返るくらいの大変な騒ぎになるわね。
「それこそシルフィの身も危うくなりかねない。金の卵を産む鶏だからな……」
「それにルシフェリアは平穏な暮らしを望んでいた。親子3人、平穏無事に暮らすのが彼女の夢だった……」
そうね。ルシファーもそう言ってたわ。
「だからシルフィにはその後、回復ポーションを造らせなかった。その時シルフィが造った回復ポーションはそれ1本きり。手に入れられた私は運が良かった……」
「そして私はルシフェリアと約束したのだ。この事を誰にも話さないと」
ここまでを一気に話すと、ギルドマスターは再び暗い顔をした。
「その後私は冒険者として無事復帰した。そしてしばらくして、風の噂でアルカスの事を知った……」
アルカスに疫病が流行り、ルシフェリアがポーションで人々を救おうとした事。それを手伝ったシルフィが誤ってゾンビ化してしまった事。
「だが、ここにこうしてシルフィがいる。幼い頃から美しかったからな……成長したとて見間違えるはずもない。例え名を変えたとしても。それで……この娘は……ゾンビなのか?」
「今は、シーナさんの従魔になりました。そのお陰でゾンビではなくなりました」
「そんな事が……。いや、そんな事などどうでも良い。お前に再び逢えたこと……それが全てだ。私は嬉しいよ、シルフィ……」
感動の再会。涙する2人。映画ならここでエンダーだ。でも、私は別のことを考えていた。それは……
何か引っかかる。ルシフェリアはシルフィに回復ポーションを造らせないようにしていた。だけど調合を手伝わせてはいたのよね?
そして、シルフィはカスロンがすり替えたレシピで死者への誘いを造ってしまった。回復ポーションを造ろうとして……?
「ねぇ、シルヴィ? アナタ回復ポーションをずっと前から造っていたんじゃない? お母さんに隠れて」
図星を突かれたシルヴィが俯く。
「……はい……その……実は……」
それならあれだけ手際が良かったのも肯ける。でも何故黙っていたんだろう?
「造ったポーションはどうしたの?」
お嬢様が鋭く切り込む。たまにお嬢様は……いえ、何でもないです。
シルヴィはしばらく黙っていた。しかし観念したように話し始めた。
「お父さんに渡していました。ポーション代を払えない人たちに与える為だと言われて……」
それはおかしい。ルシフェリアは造ったポーションを無償で配っていたはず。それもあって材料が手に入らなくなったのだ。
「繫がったな」
「そういう事だったんだね」
いえ、私何も繋がってないです。勝手に納得しないで下さい、ライトさん、ミズキさん。
「どういう事?」
ほら、お嬢様も分かってない。良かった、私だけじゃなくて……
「シーナさん、ディアナさん、つまりこういう事です……」
ヨシュアの裏切り者~っ。貴方は分かってると言うのねっ。
その後男性陣3人による謎解きが始まった。な、なる程……確かに繫がってるわ。
恐らくカスロンはシルフィが回復ポーション(超)を造れる事に気づいていたのだ。だからルシフェリアに隠れてシルフィに回復ポーションを造らせていた。そしてシルフィが隠れて造った回復ポーションの中にあったのだ。回復ポーション(超)が。
それが何本だったのかは分からない。しかしそれを売り捌く事で、カスロンは莫大な金を手に入れたのだ。そして、それを政治資金にして、短期間でフランカス地方領主の座を手に入れた。
こう考えれば、今も尚シルフィを追い求めているのが理解できる。金のなる木を再び手に入れようって事よね。自分の娘を騙して金儲けに利用しただけでなく、死者への誘いまで造らせたなんて……。カスロン、何て奴……
「話は分かった。君たちにエクストラクエストを依頼する。カスロンの身辺を探れ。その推理が正しいのならば、冒険者ギルドとしても放っておく事はできん。但し、ダークスライムの件も同時進行で頼む」
そう告げるギルドマスターの瞳が、怒りで燃えているのを私たちは見逃さなかった。