中和の哀しみ

中和の哀しみと、不完全の温かみ。ずっと書きたくて、下書きのテーマ入れに放り込んで1カ月、いやそれ以上がたちました。例によって結末はないお話ですが…

先月化学の実験で、フェノールフタレインの合成をしました。正確にはフェノールフタレインとちょっと構造が違うもどきだったのですが、塩基性で色が変わるという性質は持っています。肝心の工程はさっぱり忘れてしまいましたが、できた試薬に妙に親近感を覚えたことははっきり覚えています。何故だろう、と考えるともなく考えていたのですが、それはたぶん、試薬が完璧でなく不完全なものだったからです。

きちんと合成が成功したかどうかを確認するために、作った試薬に水ナトこと水酸化ナトリウムを加えて呈色を確認して、今度は塩酸を加えて色が消えるのを確認して、という作業をするんです。きちんとできていれば、塩基があるときにだけ呈色し、中和すると何度でも無色にもどるからです。なんとなく察しはつくかもしれませんが、私たちの班が作ったものは、塩基に反応しての色の変化はきちんと見られましたが、中和しても完全にもとに戻らなかったんです。色が薄くなったものの、ぼんやりと淡い色が残っていました。

まるで、さっきまで存在していた水ナトたちが、自分たちの生きた痕跡を必死で刻み付けていったみたいに思えました。いつも滴定の時などに使うフェノールフタレインはあまりにもよくできていて刻めないけれど、これなら、私たちの合成した粗削りな試薬なら、とばかりに。

同時に、市販のフェノールフタレインって、ちょっと冷たいような気もしてきました。水酸化物イオンと水素イオンが出会って水になって中和が起こるのだから、彼らはなくなってはいないし、1度ついた色がまた完全に元に戻るのも頭ではわかっているのですが、もの寂しい。水ができる以上、今までNa⁺と仲良くイオンでいたOH⁻たちの一部は違う道に足を踏み入れるわけですが、H⁺とくっついたあかつきのラクな生活に惹かれて分子になったのではなくて、強い力に抗えなくて、どうしようもなかったんだ、そうだといいな。その弱さをわざわざ鮮やかなピンク色を発して告発するフェノールフタレインって、やっぱり冷たいな。でも彼には彼なりの理由があったんだろうな。その点今作ったものは、塩基に入れたときの色もたしか青っぽかったかな、そんな色で、ちょっと遠慮がちでいいな。そんなことに、その淡い色を見ながら思いを馳せていました。何かをなした時、それがプラスであれマイナスであれ、反対のもので完全に打ち消されてしまうのはちょっと寂しいな、と。いや、もしかしたら中和反応だって完全なものではなく、詳しい人に聞けばちょっと前後で変わっているものがあるのかもしれないんですが、私の目にはそう映ります。

現実の世界ではむしろ、自分の行動が思わぬところで思わぬ人へ影響していて愕然とすること、軽率な行為を後悔することの方が多いかもしれません。中和という言葉は、あえて分けるならポジティブな言葉に分類される気がします。嫌なことは中和してしまいたい。悲しみを喜びで、辛さを甘さで。けれどどんなに必死になって跡を消そうとしたって、どこかに消えぬ痕跡、癒えぬ傷が残ってしまう。それは時にとてつもなくつらいことなのだけれど、やっぱりそれは温かさをも含んでいるのかな、と考えました。

自然の世界には直線がありません。小学校の図工で先生にそう教わりました。だから、自然を書くときには曲線でかくといいですよ、定規は使っちゃいけませんよ、と。まっすぐに見える植物の茎だって、よく見るとでこぼこしていたり光に向かって曲がっていたりします。人だって、完璧な人なんていない、というのはあまりにも陳腐な文句ですが、完璧に見える人間、自分を完璧に見せようとしている人には、私はあまり魅力を感じない気がします。柔和な人は、行きすぎて何かいうとすぐ自分のせいだと思って謝ってくれてしまうのでものが言いにくかったり、意志が強くてかっこいい人も、他人を自分と同じと思って真っ向から否定してかかるので彼女ほど強くない人には酷だったり、明るくて元気で人づきあいが本当にうまい人が、仲良くなってみるとすごく疲れることを打ち明けてくれたり。そういう、自然や社会にある不完全が、あったかい。不完全を目にしたときに、生きている、という感じがします。


ここからは、全く関係のない余談。最近、毎晩大好きな友達と通話をしながら勉強をしています。彼女とは別の、ロマンチストのあの心友の言葉を借りるなら、べんでんです、勉強の電話。かさかさと紙の音が間近でするのも、たまに何やってる?という会話ができるのも、わからないところを教えあえるのも、楽しいです。

私の最寄りの図書館が人気で、行くと学校帰りの通り道の、ちょっと遠くの家の人たちがいて、ちょっとテーブルは離れているけれど同じ空間で勉強できる、この間は気づいて手を振ってくれた、あの心休まる高揚感も、すきです。

今日は一部だけ、種明かしします、中和、柔和、通話、お気づきの方がいらしたら、心からの歓喜と感謝と感服のまなざしをもれなくプレゼント!

2021/12/5

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