すりおろしりんごと夕陽
7/14(水)
久しぶりに、熱を出した。
というのも2回目のワクチンを打ち、その副作用なのだが。
朝から37.7度で、午前中は普通に打ち合わせをして、昼過ぎにちょっとしんどくなったので解熱剤を飲み、午後はそこまでやることがなかったので布団の中で軽く作業をしつつ、ほぼ寝ていた。
かなり忙しい毎日を送っているにも関わらず、大人になってから熱を出すことはほぼなく、熱を出しても1日で治っていた。(解熱剤をぶちこんでいつも普通に仕事をして早めに寝ると大体治っていた、多分あまり良くないですけど)
そのため久しぶりの発熱に、ああ熱ってこんな感じだったなあ、と妙に冷静にその身体の感覚を味わっていた。
小学生の頃はよく熱を出していたような気がする。
その度に、少し楽しみなものがあった。
熱を出すと基本食欲がなくなるのだが、昼過ぎて少し食欲が出てくると、母が土鍋でお粥を作ってくれた。
お粥の付け合わせはいつも同じで、大根おろしにじゃこを和えたものと、鰹節に醤油をかけて混ぜたおかかと、梅干しひとつ。
土鍋で炊いたお粥はなんとも言えず美味しく、いつもぺろりと食べてしまっていた。
夕方にまた少しお腹が空いていると、りんごをすりおろしたものが出てきた。
普段は一切食べないすりおろしりんごなのだが、これが妙に美味しく、熱がありながらも楽しみになっていた。(元気やないか)
いつもは自分の部屋でベッドで寝ているのだが、熱が出た日は母の目が届くように、リビングの横にある畳の部屋に布団が敷かれ、そこで寝ていた。
母は専業主婦なので、私を見つつも家事をテキパキとこなしていたのだが、布団の中から母が色々なことをしている様子を見るのが好きだった。
夕方になると姉と父が帰宅し、大丈夫〜?などといいながら夕食の準備をみんなでとりかかる。
そして夕ご飯を食べている楽しそうな会話を聞くのも、また好きだった。
熱が出た夜は大体、胃腸の様子を見ながら食べるものを決めたのだが、私は決まってうどんをリクエストしていた。鰹出汁が効いた、卵をふわりと入れ、白ネギがたくさん入ったうどんだ。
リビングで座って食べることはせず、私には布団の上に小さな机が出され、そこでうどんを食べた。元気があればそこから家族と会話をし、食い意地が張っている私は必ず「今日のご飯なにー?」と聞いては、「今日は◯◯よー、少し食べる?」と少しだけお裾分けしてもらったりしていた。(本当に病人か?)
そんなことを思い出しながら、昼間は食欲がなかったが薬を飲まなければならないので胃になにかを入れたく、パウチのお粥を温め、鰹節と醤油でおかかをつくり、冷蔵庫にあった梅干しを一粒入れる。
懐かしい組み合わせだなあと思いながら食べていると、ふと、冷蔵庫のなかにりんごがあることを思い出した。
すりおろすのはさすがに面倒だったので小さくカットし、メールを返しながらサクサクと食べていたのだが、だんだん昔の光景が蘇ってきた。
白いスープボウルに入れられた、薄い黄色のすりおろしりんご。ゆっくり食べなさいと言われ、小さなデザートスプーンで少しずつ口に運んでいたあの時。
窓が大きな家だったので、夕方の部屋の中にはたっぷりと西日が差し込み、私と母しかいない家の中はいつもの賑やかさと打って変わってしんとしずまっている。
熱もありぼおっと庭の木々が揺れる様子をみながら、ふわふわとしたりんごをただ口に運ぶ。
すりおろされたそれは甘く優しく、するりと身体の中に染み渡っていくようだった。
熱が出るのはもちろん身体的には辛かったが、その1日を確かに楽しんでいる自分もいたのだった。
カットされたりんごを食べ終わるとテキパキとまな板や包丁、皿を洗い片付ける。
すりおろしりんごを私が作ることになる日は、果たして来るのか?
そんなことを思いながらMacBookを片手にベッドに入り、また仕事を再開したのだった。
こうして今日も、生きたのだ。