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インプットは「他者」からだけじゃない
現代のぼくたちは、多分にインプットというものに対して過敏になっていると思うんですね
インプット至上主義と言いますか…
常にインプットしなきゃいけないというバイアスにかかっていると思うんです
もちろん、インプットは大事だけど、ちょっと考え方を変えればグッと楽になる…
インプット先を探して疲弊していませんか?
そんなにやっきにならなくても、もっと落ち着いてインプットできます
だって、インプットは他者からだけではなくて、自分からもインプットできるんですから…
今日はそんなお話をしたいと思います
では、今日もよろしくお願いします
でも、まずはお知らせをお許しください
<お知らせ①>【企画やってます】「ミエハルカラオケお正月カラオケ2025!」
noteのお正月恒例企画!
「ミエハルカラオケお正月カラオケ2025!」が始まっています!
好きな1曲をピックアップし、みんなでコメントをし合う、という企画です!
自由参加!
おかわり大歓迎です!
1月31日(金)までやっていますので、ぜひ、ご参加ください!
詳細はこちらをご覧ください!
お正月、カラオケで盛り上がりましょう!
マガジンはこちら!
みなさん、お待ちしてます!
<お知らせ②>チェーンナーってどんな人?
ぼくの自己紹介です
やっぱりnoteの中のぼく、だけではないリアル世界のぼくのこと…
なぜ、「繋ぐ」のか?
おおきなマインドチェンジ…、ぼくのパラダイムシフトが起きた日
などのお話をしています
ちょっと長いので、何回にかに分けて読んでいただくとありがたいです!
<お知らせ③>チェーンナーラジオ
ぼくは、平日、最寄り駅まで毎朝、自転車10分こぎながら、ラジオ収録をしています
2021年1月から丸3年…、2024年2月から、note同様、新生アカウントになっていますが、基本、平日5日間ラジオでしゃべっています
基本的にラジオでしゃべったことを、文字お越ししてnoteを書いていますので、ある意味、ここがチェーンナーの脳の最前線でもあるわけです
日々の気づきを何とか絞り出しています
よかったら、お聴きください!
では、そろそろ本番です
■インプットは「他者」からだけじゃない
先日、動画アバタロチャンネルさんの動画で、「ショウペンハウエルの読書について」をやっていて、それを観て、noteも書かせていただきました
簡単に言いますと、このような感じです
前回のnoteから抜粋しますと…
多読は良し、本はなんでもたくさん読んだ方がよい…
世間的にはそういう考えなんじゃないかなと思います
ショウペンハウエルは違うんですね
意味がない本だってありますよ
しかも、それって多い
それを多読することによって弊害生じるよ
それは何かというと
本来人間が持っている、考える力というのを摩耗させていくよ
ということを ショウペンハウエルは言っていて、多読に気を付けようねと言っているようなんですね
このような感じで、つまりインプットについて警鐘を鳴らしているわけです
確かに、ぼくら団塊ジュニアの世代では、「情報のインプット」は非常に貴重なものだったんですよ
インターネットがない時代なので、知識を持ってる人間が強かったんですよね
その知識を得るために、ぼくらは必死に勉強したし、雑学を漁ったし、他人と交流していろんな情報を仕入れた
その情報とその知識に価値があった時代なんですよね
それが今や誰でもインターネットで簡単に知識を得られるようになってしまったので情報インプットの価値が下がっている
情報が手に入れやすくなっている
なので、インプットした知識のみでビジネスはできないし、それによってリスペクトを集めることもそんなにない
ぼくらの世代と今の世代では、情報の価値に大きな格差があると思います
・・・
しかし、ぼくらにとってこのインプット至上主義というバイアスはおそらく一生消えないと思うんですね
そういう世代として生きてきていますし、頭でわかっていても、なかなかアンインストールへ難しい…
なのでついついインプット過多になってしまうというのはしょうがないのかなと思います
では、このインプットは重要ではないのか、と言えばそんなことはありません
いろいろ考え方、ノウハウ、生きるための価値とか自分のビジョン…
そういったぼくらにとって大切な人生感覚は、いろいろな構成要素を体に頭に心に注入していって醸成させなきゃいけない
でこれは、インプットしていかないといけない
いろいろな断片を仕入れていって、それを構成要素として自分の中に新しい気づきとか考えを醸成させていく
これが悟りだと思うんですね
こういうものを得なければいけないと思いました
なので、ぼくらはインプットの質を変えていかなきゃいけないなと思っています
もうすでにこれをされている方もいます
ぼくのような凡人より一歩も二歩もリードしてるのは、ほれが所以だと思うほどです
では、どうやってこのインプットの質を変えていくのかということで悩むと思います
どんなやり方でインプットすればいいのか?
今までと、違ったやり方をしなければならないとわかっているけど、そのやり方がわからないという人もいると思うんですね
そこで ぼくが気づいたことなんですけど、
インプットは、他者からするものだと思ってないか?
常に他者から仕入れていく情報や考え方というのがインプットと思ってないか?
それが違うんだと、ぼくは、気づくことができました
自分から仕入れていくインプット
そんなものもあるんじゃないかと思ったんですね
・・・
ショウペンハウエルの読書についてでも語られています
読書というのは他人に考えてもらう作業、だと…
情報を仕入れるだけじゃなくて、考え方も仕入れてしまう
情報過多になって、思考そのものを仕入れてしまうと自分で体系付けて考えないということになってしまうわけですよね
もちろん情報を仕入れてその情報について考えるという作業は発生するんですけども、新しい情報は、元々自分の中にないものをインプットするので、それは多分に他者の考えが影響します
他者の文章で頭に入れていくわけなので影響を受けないわけにいきません
インプットを他者だけに依存してしまうと、自分の中に醸成される幅というのはすごい狭くなってくると思うんですよね
他者の考えを多分に含んだ言葉で、他者の考え方をインストールしてしまっているわけで、いわば、他者がハックして勝手に考えてしまっている状況になります
厄介なのはそれを他者が憑依してしまっていると気づかないで、自分の考えだと思ってしまうことです
これに気づかないでクローンのような哲学が自分の中に植え付けられてしまう
それが増幅していってそれが自分のアイデンティティになってしまうとしたら、これ怖いですよね
インプットの仕入れ先は、すごく大事です
もちろん他者から仕入れることはすごく大切なことだと思います
ただ、その有力な仕入れ先として
自分というものがある
というのはこれ強烈に意識したほうがいい…
他人から情報から考え方まで丸ごとパッケージで仕入れなくても、ぼくたちは、日々様々なインプットを行なっています
そして、常にそれを自己で醸成させていっています
自然に出来上がってるんですよ
それがなぜ、ぼくにわかるかというと、毎日、その醸成された自分の成果物をアウトプットし、そして、インプットしているからです
ぼくはスタエフで毎日話していますし、noteに毎日記事を書いています
毎日毎日ぼくは新しい情報を仕入れるわけにかなくて、でも毎日何か喋らなきゃいけない…
もう絞り出すようにしゃべり、書いています
その絞り出している内容は、他者から丸ごとインプットしたものではない…
今までなんの気無しに取り入れてた情報の断片を、自分が日々、自然と醸成させているんです
既に、です
それを絞り出していって言葉、自分の考えとして、アウトプットし、それはそのまま、インプットとなる…
それでも充分、新しいものがどんどん生み上がっていく…
これ、とてもすごいことです!
新しい思考を他者からインプットしないでも新しいものを自分の中から作り出す、ということがぼくはできている
そして、もうひとつ言いたいのは、絞り出したアウトプットをぼくらは、発信によって、コンテンツとして保存できている、ということです
つまり、また時間をおいて、その醸成された自分の思考を、時間という醸成器に掛けることで、別のタイミングで別の感覚でそれをインプットすることができる
1年後などに自分の思考をまた読み返し、インプットをすることでさらに新しい思考が醸成されていく
こうなると、自分という宇宙で循環して生成される思考がある以上、他の思考を取り入れすぎることに、もったいなさを感じてしまいます
人間は誰もが思考の醸成器なのであって、それを錆びつかせておいて、他人のパッケージをインポートし続けることは、やはり、もったいなさを感じてしまいます
みなさんは、どうお考えになるでしょうか?
・・・
本日のnote
いかがだったでしょうか?
なにかを感じてくれたり、ぼくと繋がりたいと思ってくださった方は、コメントください!
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