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吉川英治『新・平家物語』感想 静御前

 『新・平家物語』では気丈な女性が登場します。静御前もその一人。彼女からは強く生きようとするたくましさを感じます。

『新・平家物語』の静御前

義経との出会い

 『新・平家物語』のなかでは、義経と静は思春期に出会います。

 鞍馬山から脱走した義経(当時は牛若丸)がしばし鎧師の家にかくまわれますが、そこの娘が静。

 義経が義仲追討軍の大将になり再び都に戻って来て、白拍子の静と再会することになります。義経は静を妻(妾)として迎えました。

 義経には静を含めて3人の妻がいますが、思春期に出会った静とは素直に接することができたのでしょう。1番静がお気に入りだったようです。

義経の逃避行

 頼朝から敵視されて都にいられなくなった義経は、3人の妻のうち2人を親元に送り、静と家来たちを連れて逃げます。

 逃避行は惨めです。それでも静は義経に文句も言わずついて行きます。が、吉野山の女人禁制となる場所で義経と別れました。

 その後、静は北条時政に捕まり鎌倉に行くことになります。

鎌倉の静

 鎌倉では静が都で評判の白拍子なので、皆の前で舞うように命がくだります。静はあくまでも義経の妻として鎌倉に来ているのだから断りますが、是非舞を見たいという北条政子の希望もあり、鶴岡八幡宮で舞うことになりました。

 そこで静は「しずやしず…」と義経を慕う歌を謡いながら舞います。

 なんと大胆な行動にでたことでしょう。

 頼朝は静の歌に激怒しますが、政子の執り成しで事なきを得ました。

 鎌倉には静の母親も一緒に行きました。母親の役割は頼朝の意向に沿うように静を説得することです。

 静が義経の子どもを身ごもっていることがわかると、男の子を出産した時は鎌倉方に子どもを渡すように母親から説得するように迫られます。

 母親としては、静と無事に都に戻り平穏に暮らしたいと思うので、静を説得しますが、静は母親に裏切られた気持ちになり暗澹となります。

救い

 静は男の子を無事に出産しました。由比ケ浜に子どもを沈めてしまえと頼朝から命を受けた安達清経という御家人が、良心の苛責から子どもを海に沈めたように見せかけて助けます。

 このストーリーは作者吉川英治氏の創作ですが、赤ちゃんを殺めることがとても嫌だったと『随筆新平家』に書いてありました。

 鎌倉方から解放された静がフラフラと由比ケ浜のあたりを歩いていると、安達清経が静にそっと子どもを助けたことを話し、静は子どものもとへ急ぐところで静の物語が終わります。

 本当に子どもが助かってくれていたらいいなと心から思えるシーンでした。

親のような気持ちで静をみていた

雪の吉野山

 都を離れて逃げ回る義経一行。本当に敗者とは惨めなものだなあと思いながら、逃避行の顛末を読んでいました。

 雪の吉野山を歩いて行く義経たち。深い雪を歩けば着物の裾も濡れるだろうし、下手すれば凍傷になってしまうだろうと、考えてしまう私でした。

 こんなところに静を連れてくるなんて、他の妻たちのように親元へ送るとか、信頼できる誰かにかくまってもらうとかできなかったのだろうか、と思うようにもなっていました。静の母親になったような感情を抱いていました。

 そして、女人禁制だからと義経は静と別れます。無責任な義経だ、さんざん連れ回しておいて、と怒りを感じていました。

 義経は静のたくましさがわかっているからこそ、逃避行に静を連れて行くと決断したのでしょうし、義経と別れてもちゃんと安全なところまで行くことができるだろうと考えたのでしょう。

鶴岡八幡宮での舞い

 鶴岡八幡宮で、大胆にも義経を慕う歌を謡った静。

 頼朝をはじめとして坂東武者たちがいならぶところで舞うことは、非常に緊張しただろうと思います。しかも武者たちの圧は強いでしょうから、想像しただけで緊張からの吐き気を感じます。

 そんな場面で、義経を慕う歌を謡うとは。

 静はその時、死を覚悟していたに違いありません。頼朝に、義経に対する姿勢を変えてほしい、という願いを込めて舞ったのでしょう。

 権力者におもねることなく、凛とした姿勢を貫く静御前。誰でもできることではありません。それをやり抜く彼女は、なんて強い、たくましい、と思います。

もしも本当に静の母親だったら

 静の母親は、静の産んだ子が男の子であったら鎌倉方に渡すように説得します。それは鎌倉方から命じられたからですが。

 鎌倉方に子どもを渡せばどうなるか、わかっていたはずです。

 『新・平家物語』の静の母親は、都へ戻り平穏に静と暮らしたかったのでしょう。子どもの命のことには目をつぶって。

 だから、静に説得を試みたのですね。

 静としては、どういう気持ちで義経の子を産もうとしているのか、母親にはわかってもらえていなかったと悲嘆したでしょう。

 自分が本当に静の母親であったなら、どうすればベストだったのだろうか?と考えました。

 生まれた子をかくまって育てる人を探せば1番良いと思いますが、いかんせん、静と母親は囚われの身です。うまく立ち回れないなあ、とため息がでます。

 だから、安達清経の行為がとても救いでした。生まれた子どもと静と母親が、穏やかに暮らせていければこんなにいいことはない、と思います。

争いの犠牲者

 静御前は、源氏の兄弟の争いの犠牲者です。兄弟の争いといっても、単なる兄弟喧嘩ではありません。

 権力を持つ兄。兄は戦の天才である義経に自分の地位がおびやかされるかもしれないと考えてしまった。そういう兄弟の争いです。

 巻き込まれてしまった静御前。気の毒に、とは思いますが、『新・平家物語』の通りに赤ちゃんが助かって一緒に生活できたなら、ひとりでもしっかり育てていくだろうと思います。

 たくましい静御前です。

 

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