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ディジー アトモスフェア


ディジー アトモスフェア
スペシャリティー SP2110LP
1957/2/18

あるジャズ誌がハードバップの特集をするのにトロンボーンの名手カーティス フラーにインタビューをした。最初はカーティスも機嫌良くハードバップの思い出話をしてくれていて、ここまではインタビュアーの思惑通り。恐らく今度のインタビューの成功と自分への評価が上がると期待しただろう。しかし、話はそんな思惑通りにいかないのが世の常。
インタビュー中にカーティスは何度も黒人としての自らのアイデンティティを語るのだが、このインタビュアーがそういう事には全く無関心でハードバップとは何かとか懐かしい思い出話ばかりを聞き出そうとしたおかげで、カーティスはだんだんとイラつきを隠さなくなり、ついには白人の罪に対する問題やブラックミュージックと黒人人権活動との関わりなどの説教が延々と続いたという。

同じく雑誌でアート ブレイキーにハードバップの話を聞き出そうとしてインタビュアーが「あなたの作品で「ハードバップ」というものがありますが、、」と聞いたところ「知らん。」「私が演奏してきたのはビ バップだ。そしてそれはチャーリー パーカーが創造した音楽だ」としか答えてくれなかった。

他にも当時ニューヨークのストレートアヘッドなジャズを演奏する若手が新伝承派などと名付けられていて、その代表格であるドラムのマーヴィン スミティー スミスに、そんなムーブメントがあるという体で話を伺ったところ「そんな呼ばれ方をされているのは知っているけど、今の自分には関係ないね」というクールな答えしか返ってこなかった。

何が言いたいのかといえば、我々ジャズを産んだ人達とは本来縁もゆかりのもない国で暮らしている日本人は、ジャズメディアが勘違いして実際には特にないムーブメントをあたかも有るように錯覚して勝手にモリ上がっているのは、ジャズミュージシャンには滑稽でしかなく、また印象の悪いものなのではないか?
だから僕らがあると信じ込まされていたモードジャズやらというカテゴリーも中間派や新主流派や新伝承派やM-BASE派なんて派閥は本来なかったものなのだから、日常会話でもそんなカテゴリーを口に出すのはもちろん、それを当事者であるミュージシャンに当てはめるなどというのは非常に恥ずかしい事なのではないか?他にもルー ドナルドソンにチャーリー パーカーから影響を受けた話ばかり聞き出そうとして大変機嫌の悪い返答をされたという話も聞く。「言っておくが私とチャーリー パーカーとの共通点は一つだけだ。お互いにジョニー ホッジスのファンだ」で終わらされたとか。日本のジャズメディアの関係者は、そんな自分の知識が日本のこれまでのメディアが勝手に有るとしたものかどうかを見極めてから、相手と話さないといけない。自分のことを勝手に決めつけられて話を進められたミュージシャンは気分悪いに決まっている。

だから、今回は本ブログで以前コロムビアの「ジャズメッセンジャーズ」の項において僕がハードバップというカテゴリーだかムーヴメントだかがあたかも有ったように記して、それは何なのかというのを屁理屈をこね回して書いてしまったことへのお詫びと訂正になります。今の関西では中堅のプロミュージシャンらが集まってハードバップを勉強するというバンドがあって、老人ジャズファンの間でハードバップが大いにモリ上がっているので、それに水を指す記事になってしまうのが大変申し訳無いのだが、始めてしまった以上仕方が無いので続ける。

アメリカのジャズ界ではハードバップなんて言葉はほとんど浸透していなかった。ブレイキーが言う様に全てビ バップである。ベニー ゴルソンも「知らないね、評論家がつけたんだろう」と話し、やはり我々が演ってきたことはビバップだ、と答えている。だからビバップというものは、それが生まれる前と後では全然世界が違っていたということからも本当に存在するので、これは大いに語っても大丈夫。ただジャズに金だけは使う日本のジャズファンが頻繁にハードバップを連呼するので、最近はニューヨークでも使われ出した様ではある。多分口に出したら日本人が金を出すからだろう。

でもビバップをハードバップ(のようなもの)に昇華させた人物がいるのは間違い無いと思う。そしてその人物はとてつもなく偉大な業績を残したジャズジャイアント中のジャズジャイアントに違いない。

ではだれか?
答えはジャズの歴史を紐解いてみればすぐにわかる。あのディジー ガレスピーに決まっているのだ。

ビバップを創造したのはチャーリー パーカーとディジー ガレスピーの二人であるというのは耳にタコができるくらい聞かされている。そして今回はそれに異議を唱える気などさらさら無い。ただ、日本ではディジーの評価が本国に比べてことごとく低いのは事実だ。そしてそれが日本のジャズメディアがジャズミュージシャンにバツの悪い思いをさせられほど恥ずかしい状況を生んでいるのも事実なのでは無いかと僕は強く思っている。ディジーを評価しないということが、どれだけ我が国のジャズ評論が世界的に恥ずかしい状況をうんでいるか?これから検証していこうと思う。

ディズの功績を聴くのにディズが参加していないレコードを紹介することになってしまうが、ビバップまたはハードバップ(のようなもの)の正体を知るには僕はこれを聴くのが最も手っ取り早いのでは無いかと思う。1957年2月に録音され、SpecialtyというR&Bの専門レーベルから発売された「ディジー アトモスフェア」である。これはディズの参加は無かったが、ディズのビッグバンドから厳選されたメンバーで吹き込まれたものだ。
スペシャリティーはロスに本社を持ち、1952年にロイド プライスをデビューさせ、55年にはリトル リチャードと契約。他にもパーシー メイフィールド、それにサム クックも加わったゴスペルのソウル スターラーズもリリースした。ジャズだけが偉いと古いジャズ喫茶で洗脳されたジャズファンには理解できないだろうが、ジャズだけを録ったレーベルとはブラックミュージック全域を視野に入れている点からして比べ物にならないくらい偉大なものを残したレーベルなのだ。

そんな黒人音楽を正面から見据えたレーベルがジャズも録音してみようと考えた時にディズが選ばれたということであれば、これはいかにディズが黒人音楽家としてジャズだのビバップだのを超越した人気と信頼を得ていたかという証であるのでは無いか?他にこのレーベルからのジャズはバディ コレットやジェラルド ウィルキンスのものがあるらしいが、多分金にはならなかったと見えて、その数枚のみで終わっている。ジャズなんかで功績を残さなくても、ここまでブラックミュージックの発展に貢献したのだから、もう十分すぎるだろうと言いたい。そしてそれは、このディジーのバンドメンバーらが作り上げた音楽とその後の影響を考えると一目瞭然であると確信できる。

「ディジー アトモスフェア」はそんなディジーのビッグバンドからのピックアップメンバーで録音された正真正銘のビバップアルバムで、ウィントン ケリー、ポール ウェスト、チャーリー パーシップのリズムセクションにアル グレイのトロンボーン、ビリー ミッチェルのテナー、白人のビリー ルートのバリトン、それにディジーの代わりのトランペットで当時19歳だったリー モーガンがフロントである。これは当ブログでは事あるごとに引き合いに出される大傑作「ガレスピー ビッグバンド アット ニューポート」(ヴァーブ8242 )のメンバーだし、これにルートもとなれば同じくヴァーブの「バークス ワークス」(ヴァーブ8222 )が出されているらしい。
ジャズレコードコレクターの方ならば、こういうリーダーのいないジャムセッション形式の作品は、えてしてまとまりの無いただソロを廻して片付けていて少し物足りないものに終わる可能性を指摘されるだろう。しかし、これはガレスピーバンドのメンバーであるからして、まずまとまりが無い訳は無い。それに本作にはロジャー スポットという謎の人物と知将と称されたベニー ゴルソンが、しっかりと作編曲を担当しているので、全く心配はない。そんなものにボスの名前を借りようなんて、このメンバーがまず考えないということは普通に考えればわかる。
本作には合計8曲が収録されていて、その曲数からしても、ひたすら長尺な通常のジャムセッションを記録したものではない。むしろ考えに考え抜かれた楽曲を出来る限り簡潔に収めて、その良さを出そうとした結果なのではないか?それだけ全曲が粒揃いの「作品」であるのは最初に申し上げておこうと思う。
しかし、それだけで終わる訳がないというのがガレスピー一門の恐ろしい所であり、それこそがディズが後進達に残そうとしたビバップの精神の表れだと思うのだが、それはどういう事かと言えばとにかく全曲が恐ろしいほど豪快、痛快に全力で演奏し切っているという事に尽きるのではないか。

ロジャー スポットという人がどんな人なのかは調べてもわからなかったが、スポットの楽曲にしてもゴルソンの楽曲にしても、斬新で優れたものを演奏するのは、テクニック的にも表現力にしても大変難易度は高かったのではないかと思われる。まだ前例が揃っていない当時ならなおさらではなかったか?
しかし、このメンバーにそんな事を感じる要素は微塵もない。とにかく全員が全曲で出せるだけの力を出して猛烈にグルーヴしている上、全く余裕を持って演りきっているのだ。特にA面の頭に持ってきたDishwaterは形式上では普通のブルースなのだが、彼らは完全にその後のハードバップ(のようなもの)の優れた斬新な作品で聴かれる曲調のものでいとも簡単そうに仕上げてしまっているのだ。痛快爽快ジャズここに極まれりだ。これは後にたくさんのジャズプレイヤーが再演するベニー ゴルソンの「ウィスパー ノット」でもスタンダードの「デイ バイ デイ」でも、もっと時代を先取りしてジャズファンクの香りさえ漂う「サムワン アイ ノウ」でも同じだ。彼らに難しい楽曲をいかにも難しい事を演っていますという顔を見せるのは許されなかった。

そして、それこそがディジー ガレスピーが教えたビバップの意味だったのではないだろうか?どんな楽曲でも余裕をこいて魅せろ、笑っていろ、それがビバップだ、と彼らはディズの元で習得したのではないか?どんな状況でも熱演激演しないと意味はない、音楽的に優れているかいないかなんて評論家に言わせておけと。だからビバップはとんがっていてカッコ良くて楽しくてエキサイティングなのだ。
個人主義のチャーリー パーカーにはあまり門下生はつかなかったし、バンドメンバーには辛く当たるばかりでその辺りを直接教えることはなかった。しかしディズは教え、その音楽がハードバップ(のようなもの)に昇華させたのだろう。だからハードバップ(のようなもの)は実はガレスピーが創造した音楽であり、ガレスピーミュージックであるという僕の持論を証明してもらうのに本作にご登場してもらった訳だ。

もう少し、無理やりな持論を。
R&B(またはジャズ)という森にビバップという大木が生え、それは根元の段階で3つの大きな枝に分かれた。1本はディジー ガレスピー、2本目はチャーリー パーカー、3本目はその他の偉大なビバッププレイヤーである。そしてそのガレスピー枝からさらにハードバップ(のようなもの)やアフロキューバンやソウルジャズという枝が派生した。
つまりハードバップ(のようなもの)はガレスピーから派生した枝なのではないか?ガレスピーの偉大さを考えると僕はそう思う。そして、チャーリー パーカー枝もいくつかの小枝を生やすものの、なぜかぶっといまま途中で成長を放棄した。

だからなのだが、これをビバップという木とハードバップという木があると考えている人のジャズは僕にはあまり面白くもカッコ良くも感じることは出来ない。
日本では本国に比べディズの評価は著しく低い。それにブルーノートのハードバップ(のようなもの)が大人気だ。なのでそう考えるプレイヤーが日本に多いのは仕方がないとは思うが、このハードバップ(のようなもの)にこだわった者はガレスピーをあまり聴いていないからか、おしなべて、楽理的にハードバップ(のようなもの)を捉え、譜面上でブルーノートのレコードなどの再現性で評価をいただこうとしているように思う。そうして間違えないことが優先され難しいものを難しい顔して演奏している。しかしそれは残念ながらディズの教えとは真逆だ。彼らの音楽にはディズの教えたビバップの精神が生かされていない。
Doodlin’をやっていると、ライブに誘われたりCDを聴かせてくれたりは多い。感謝はしている。しかしハードバップ(のようなもの)を目指しているはずのプレイヤーのものにディズの精神が見つけられないものがいかに多いか。これはオリンピックで柔の精神を理解せず、メダルを獲る柔道ばかり見せられた様な心境になる。審判に待てと告げられても首を締め続けた選手が勝つのだ。彼らはディジーガレスピーはビバップだからテーマとしてハードバップ(の様なもの)を演奏するには取り上げないと言う。魂の部分は知らぬ存ぜぬということなのだろうか。
熱演は身内でのセッションで行なっているからいいと彼らは言うかも知れない。しかしそのセッションにしても半習いがやれリガチャーを変えたとか、譜面を間違わずに吹きましたなんて世界で終始している。まるでビバップが鉄道模型やカメラを品評する趣味みたいになっている。

日本のジャズが悪いなんて僕は思っていないが、日本のジャズ業界になると僕は決して良いとは言わない。一体この底たらくは何なのか?答えは決まっていて、これまでのジャズメディアがディジーガレスピーを不当評価してきたからだ。そのツケはいま色々な形で回ってきているのだ。

小倉慎吾(chachai)
1966年神戸市生まれ。1986年甲南堂印刷株式会社入社。1993年から1998年にかけて関西限定のジャズフリーペーパー「月刊Preacher」編集長をへて2011年退社。2012年神戸元町でハードバップとソウルジャズに特化した Bar Doodlin'を開業。2022年コロナ禍に負けて閉店。関西で最もDeepで厳しいと言われた波止場ジャズフェスティバルを10年間に渡り主催。他にジャズミュージシャンのライブフライヤー専門のデザイナーとしても活動。著作の電子書籍「炎のファンキージャズ(万象堂)」は各電子書籍サイトから購入可能880円。
現在はアルバイト生活をしながら「炎のファンキージャズ」の紙媒体での書籍化をもくろむ日々。

2024年西元町でDoodlin’再建

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