見出し画像

ブラックトーク/チャールズアーランド

ブラックトーク/チャールズアーランド(オルガン)
PRESTIGE 7758
1969/11/15


映画「サマー オブ ソウル」が日本で公開されてからはや2年になる。元町Doodlin’時代、1本の映画でここまで盛り上がったことはないほど盛り上がった映画だ。

映画「サマー オブ ソウル あるいは革命がテレビ放映されなかった時」は1969年夏、ハーレムのマウントモリスパークで6週間に渡り(多分)無料で開催されたハーレム カルチュラル フェスティバルという音楽祭の模様を1時間半くらいに収めたドキュメントである。音楽の他に当時これを目撃した黒人聴衆の証言や踊りまくるノリの良い超オシャレな聴衆の姿も挟まれる。
その出演者はスティービーワンダー、マヘリアジャクソン、ニーナシモン、フィフスディメンション、ザ ステイプルシンガーズ、グラディスナイト & ザ ピップス、スライ&ザ ファミリーストーン、B.B キング、マックスローチとアビーリンカーン、レイバレット、ソニーシャーロック、ヒューマセケラ他。これに編集から漏れたけどカウントベイシーも出演していたというからジャズミュージシャンもそうとうな人数が出演していたと予想できる。まさに夢のような豪華さであるが、これがついこないだまで誰にも知られていなかったのと、全く同じ時に同じニューヨーク州内であのウッドストックロックフェスも開催されていたというから驚きだ。この映画は何でもテレビ局の地下室からひょいと出てきた膨大な量のビデオテープから厳選して編集したものらしい。ちなみに会場となったマウントモリスパークは現在ではネイション オブ イスラームに影響を与え、ジャマイカの黒人の間では英雄となり、その肖像はジャマイカの20ドル札になっている活動家の名をとったマーカス ガーヴェイパークになっていて、場所はレノックス アベニューの1ブロック東、120丁目と124丁目の間にある。
この本を読んでくださっている方はジャズが特別にお好きだと思うので、やはり気になるのはラテンミュージックとジャズの巨匠、レイバレットだと思う。しかし映画の性格上ジャズにはあまり時間をとってはくれてなく残念ながらほんの少し申し訳程度に映っただけだったが、レイの風貌は写真で確認できる通り仲本工事にそっくりだったのだけど、予想をはるかに超える体格の良さで、異様な迫力があったというのをまず伝えておこう。いっちまっている巨大な仲本工事は何か見てはいけないものを見てしまったという印象だ。イッツタイムを演ってたマックスローチとアビーリンカーン夫婦もほとんど素通りみたいな時間だったけれど、やはりカッコ良かった。多分カッコいいのと黒人意識が高いからこのフェスティバルに選ばれたのだろう。ただし全く盛り上がっておらず、ジャズは誰のせいかはわからないけど当時はもう既に習う音楽に堕ちてしまってたのだなあと感じさせられたのは少々辛かった。習う音楽は大衆の心なんて動かせないという現実を突きつけられた様だ。

大衆の心を動かしたのはやはりソウルやポップス他ジャズ以外の人達だ。スティービーは主役級の扱いだが、若いのにとても芸達者でものすごい情熱を感じるステージングだったし、マヘリアジャクソンはさすが全アフロアメリカンの母という風格を持っていたし、小さなキーボードに大きなスピーカーを6~7台繋げていて思わず笑ったスライはやはり突拍子もない面白さだった。恐るべしは映画ではクライマックスに登場したニーナシモン。この人は白人を憎むあまり精神に異常をきたしたという反抗者(バックラッシュ)なのだが、黒人ばかりの聴衆に向かって「白人の家を燃やす準備は出来てる?」と扇動する様は異常としか言えない。まあこれがニーナの心の叫びなのだろうし、これを収録したのも凄いとしか言いようがないけど、それにしても当時はここまできていたのか、と改めてアフロアメリカンの歴史の奥深さにハマるきっかけとなった。

しかし、この映画を観たDoodlin’で知りあった音楽に命を捧げた様な人達と僕とが共通して圧倒されたのがフィフスディメンションだ!歌ったのは名曲「AQUARIUS」当時ブロードウェイでウケていたサイケデリックなロックミュージカル「HAIR」の主題歌だ。これをディメンションのメンバーは華麗に幻想的に歌いきる。これは映画でもけっこう長い時間をかけていたし、それを観た聴衆代表の高齢黒人男性は「あれほど美しい人を見たのは初めてだ」と証言していた通り、その息をのむ美しさとそれが引き起こす迫力に我々は映画の聴衆と一緒に悶絶したのだ。映画館なので当たり前だが声も出ないとはこのことだ。素晴らしいフィフスディメンション!これはその後何ヶ月も渡ってDoodlin’で語り草となったものだ。

結局映画「サマー オブ ソウル」は僕にとって音楽の話をすれば楽しいと感じる人は全員が観に行き、共に興奮したものだ。今調べたら2021年の8月末の公開だからまだまだ暑くて、今思えばこの映画のおかげでコロナ禍の嫌なことなど忘れられた熱い夏を送れたというものだ。
すぐにそっちの方に話を持って行ってしまって申し訳ないのだが、反対に同じ音楽ファンでもジャズ喫茶でジャズを覚えたジャズ原理主義者の人達はこの映画には全く反応を示さず、ジャズではないので観ませーん、という人ばかりだったので、この頃はこの話が出来ず特に何も話すことがなくて辛かったなあ。ジャズ以外のポップスなどはミュージシャンが金を儲けるために「演らされている」を信じてしまうとこんな素晴らしい体験を逃すということである。日本独自のこの論調、一体どのくらい日本のジャズファンを世界的に孤立させてしまっているのだ。まさに恥だ。
嬉しかったのはDoodlin’によく来てくれていた当時まだ22歳くらいのプロとして活躍している優れた女子テナーサックス奏者がこの映画を観て感動して、こんな凄い人達が差別と戦わなくてはならなかった当時を思うとオンオンと泣いてしまったという事。正直あるジャズ喫茶信奉者とコロナのせいでジャズファンや関係者に愛想もクソも尽き果てようとしていた時にこんな可愛いジャズテナー奏者がこれを観て心を動かされて泣いてくれる。彼女が尊敬するマックス イオナータなんて全く知らないけど、まだ日本のジャズも救いようがあるのではないかと僕に少しでも灯りを見させてくれたのだった。この様に僕らは映画の関係者でもないのに観たという人にはついお礼を述べてしまっていたほどだ。それほど感動したのだ。
ただし後々この子は映画は何を観ても泣く、泣きに映画館へ行くという今時の涙が止まらない世代の見本のような娘だったのが発覚するというオチがついたものの、この感動は2年たった今でも変わらない。

以上、1本の映画でここまで盛り上がった店が神戸の元町という小さな町に存在したという話でした。しかしこの「サマー オブ ソウル」の舞台になった1969年夏のハーレム カルチュラル フェスティバルというものが、音源だけでも発表されていたり少しでも映像が知られていれば、こうは衝撃を持たれて元町なんぞの小さい村でおっさんらに大喜びされていなかったのではないだろうか。そしてそれはこのフェスティバルが52年間誰にも語られていなかったのが原因なのは間違いないだろう。
では、それまで本当にこのフェスティバルが爪の垢ほどの成果も残していなかったのか?ひとつでもフェスティバルがきっかけで残されたものはないのか?と考えてみたとき、たった1枚だけ、あ!そうか!これはそうか!というレコードを思いついた。

そのレコードというのがチャールズ アーランドの「ブラックトーク」だ。これは本書ではお馴染みになっているプレスティッジが60年代から70年代にかけて量産したオルガンファンクジャズ路線の中で、ボブ ポーターのプロデュースによる典型的な1枚だ。
オルガンのチャールズ アーランドのリーダー作は本書では初登場かも知れないが、この人がここまで登場しなかったのは不覚だと謝りたいくらい完成されたオルガニストであり、テクニック、ソウル感覚、人をトランス状態に陥れる技の全てが完璧というスーパーマンである。おまけにメンバーはバージル ジョーンズのトランペット、ヒューストン パーソンのテナーサックス、メルヴィン スパークスのギター、アイドリース ムハマドのドラム、バディー コールドウェルのコンガというのだから、もうプレスティッジのお抱えの中でも最も贅沢なジャズジャイアントが揃い踏みしていて、それがまた完璧なスコアが用意され、この名手達が軽々と自分のスタイルをさらけ出しているという超一級品の名盤である。
そして、注目なのがここでAQUARIOUSが収録されているということだ。録音は69年の11月。だからフェスティバルでフィフスディメンションがハーレムの人達の度肝を抜いた約3ヶ月後である。レコードの裏のライナーノートには全く触れられてはいないが、これはその勢いのまま演奏してみようとなって用意されたものではないのか?事実フィフスを思い起こさせる重厚で華麗でスペイシーだ。チャールズらはあの現場に居たのだろうか?それはわからないけど、そうだとすればDoodlin’が所有するレコードの中で唯一フェスティバルの成果を確認できる作品である。
そして、このレコード、聞いた話によると当時プレスティッジのオルガンジャズ作品の中ではかなりのセールスを記録したものだという。こういうレコードは当時どこのどういう人達をターゲットにして発売されていたのか?今では謎の部分は多いけれど、やはりハーレムの一般黒人ピープルに喜ばれるのは一番の目標だったと思う。それだと、まだディメンションの興奮が冷めていない人達に喜ばれ売れたのは想像出来るというもの。
また本作には当時ヒットしていたMore Today Than Yesterdayも収録されているが、これが売れたレコードで素晴らしいスコアによるジャズの名演だったものだからか、今でもこの曲はジャズオルガン奏者の定番として演奏されている。白人ポップロックグループのスパイラル ステアケースによるMore Today~は現在では一般アメリカ白人ピープルの間では懐メロとして親しまれていて、近年はクリント イーストウッドが映画「運び屋」でハイウェイを爆走中にカーラジオに合わせ気持ち良さそうに歌っていた。何とそこではスパイラルの原曲とこのアーランドのジャズヴァージョンの両方が使われていた。アーランドの「ブラックトーク」はそれだけ売れたのだ。ジャズ好きで有名なイーストウッドの作品だが劇中で使われたジャズはこの1曲だけだった。この頃のジャズの演奏がこれだけアメリカ一般ピープルの支持を得られているのは稀な例だが、それがチャールズ アーランドのプレスティッジのものであるというのはソウルジャズを愛する者には嬉しいことだ。

小倉慎吾(chachai)
1966年神戸市生まれ。1986年甲南堂印刷株式会社入社。1993年から1998年にかけて関西限定のジャズフリーペーパー「月刊Preacher」編集長をへて2011年退社。2012年神戸元町でハードバップとソウルジャズに特化した Bar Doodlin'を開業。2022年コロナ禍に負けて閉店。関西で最もDeepで厳しいと言われた波止場ジャズフェスティバルを10年間に渡り主催。他にジャズミュージシャンのライブフライヤー専門のデザイナーとしても活動。著作の電子書籍「炎のファンキージャズ(万象堂)」は各電子書籍サイトから購入可能880円。
現在はアルバイト生活をしながらDoodlin’再建をもくろむ日々。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?