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友人の苦しみ…


週に2回、水曜日と日曜日に更新しようと思ってたのに
師走という時節に翻弄されて更新もしない日々に
どうにも消化出来ない悲しい出来事が次から次に届く。


平静を装って日常をこなしてた最中に
友人から「毎日怖くて眠れなくて…」と連絡がきた。

直接会って話しを聞いて欲しいと言うので
仕事終わりに喧騒に溢れるカフェで彼女と会った。


彼女は今、
先日の悲しい放火事件のあったビルに隣接した職場で勤務していて
毎週決まった曜日になると隣のビルの朝早くからの行列を見ていたと言った。
その行列の正体を今回の悲しい報道で知ったとも言っていた。

その日も行列を横目に出勤して間もなくして
窓の外の騒ぎと異臭に気づいてビルの外に避難したそうで
直ぐに次から次に駆けつけてきた消防車を見守りながら
開放したまんまのオフィスの心配をしていたらしい。

火災は間もなくして鎮火されて
友人は職場の人たちと大事に至らなくてよかったね、って
少し安堵していつビルの中に戻れるのか話していたら
想像の域を遥かに超える数の担架がビルから出てくるから
その日の朝見かけた行列が頭をよぎって震えたと…
涙を流しながら横並びのわたしではなく前を見据えて話した。


彼女が大きく息を吐いたのでわたしは
「怖かったね…火災って怖いよね…」って
現場のことは何も分かってないのに口にしていた。


彼女はトラウマはそこではないと話しを続けた。


点検待ちでエレベーターが動かないビルに戻り
用事で外出しようとすると状況は一変しており、
あり得ない数の報道陣で一帯は埋め尽くされてしまっていて
たくさんのカメラとマイクを向けられて質問をされるので
それらを遮るジェスチャーをしてその場から離れたらしい。

用事を済ませて勤務しているビルに戻った時に
その場の空気とは合わない老夫婦がゆっくり現場の近くに来て
たちまち報道陣に囲まれて矢継ぎ早に非情な言葉を浴びせられて
老いたご主人はその場にへたり込んでしまってるのに
"どういう神経でそんな質問が出来る?"と憤るような言葉たちが
その老夫婦に絶え間なく降り注がれてたのだと、彼女は涙していた。

彼女は「何も出来なかった」と泣いていた。
「火災も何も出来なかったけれど動けなかった」と泣いていた。
もし勇気を出して報道陣から老夫婦を守ろうとしたら
自分に矛先が向かってくると思うと何も出来なかった、と。


報道番組で見た光景が脳裏に浮かんだ。
彼女が見たのはおそらくビルのオーナーご夫婦で
確かにわたしはそのオーナーに詰め寄ったであろう
報道陣が撮影した報道をテレビで目にした。

オーナーご夫婦に"はあ?"と思わせる質問が投げられて
『なんにも分かりません』と憔悴なさりながら答える様子を
短く編集されてる動画内の質問には憤りを感じたが
直ぐに差し込まれた次の動画でわたしの思考も切り替えられた。

彼女の話しを聞くまでわたしは気づいていなかった
長回しでオーナーご夫婦に詰め寄った撮影をした中で
報道しても問題なさそうな使える部分だけが表に出ていた。

ご自身が所有なさるビルで大惨事が起きて
居ても立っても居られなくていらしたのかも知れないご夫婦。

今回の大惨事の全責任がオーナーご夫婦にあるかのような
「多くの命を犠牲にしたことをどう思いますか?」という
非情な言葉を耳にして憤慨しながらも動けなかったと泣く
隣の彼女にかける言葉をわたしは持ってなくて情けなかった。


彼女は「報道陣はみんな興奮状態で目がギラギラしてた」と続けた。
無数のマイクやカメラも怖いが彼らの目が怖くて仕方ないと…。


何も出来なかった自分のことをどう思うかを彼女に問われて
「その場に居たらきっとわたしも何も出来ない」と返事をした。

彼女は「本当に?本当にそう思う?」って幾度も尋ねてきた。
わたしは質問された回数だけ同じ返事をした。

正しいと思うことを行動に移せる正義の味方になれないねって
わたしたちは自分たちの弱さと対峙してカフェの閉店まで過ごした。


「仕事で疲れてるのにごめんね、そしてありがとう」


何にも出来なかったと嘆く彼女に対して何も出来ないわたし…。
彼女からの「ありがとう」がとても心に沁みた夜でした。


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