変化

今年の1年間ほど、身自身のさまざまなものに変化が起こった年はなかったかもしれない。

精神や思考の部分では、余計なものがごっそりとそげ落とされた一方で、相反するようにも感じられるけれど、ふたたび野心のようなものが芽生えた。その向く先や、影響の大小、広狭はさておき。

肉体や習慣的な部分では、必要なものも不必要だったものも、ともに多くを失った。失ったと表現したわけなので意図的ではないのどけれど、不必要だったものがなくなったのは、これ幸いではある。

交友関係はごっそりと狭まった。狭まったと書くが、これもある意味不必要だったものが削ぎ落とされた結果でもある。不必要な交友なんてたいした上から目線ではないか? と思われるかもしれないけれど、これも意図的ではなく、そうならざるを得なかったものに対して、事後に客観的評価を下した結果なので、多少は自分へ言い聞かせる意味を含めてもいる。これについての批判はご容赦願いたい。

他にも失ったものはある。それらは少しエロい話になるのでここでは言及しない。エロとは、そういうエロではないということだけは書いておこう。

まだ人生折り返し地点ぐらいと流れのままに過ごしていつつも、普通の感覚としてあるべく状態からの乖離を薄々感じていた。そんなところへ巻き起こった、「まま」に乗れない大きな流れの変化に対する対応力を著しく欠いていたことは、残酷にも認識させられた。

やるべきことはやっておくべきだったし、考えるべきことは考えておくべきだった。当たり前のことを、当たり前だと思わないのは、ロッカーの宿命ではあるが……。

失った結果、得たもが多いのは、割と想定外だった。

上述した野心的なものもそうだけれど、新しい思考や、思想、行動原理、生活様式、時間などが、自分ごととしてすんなりと、そして明確に生まれた。

来年少し経過してからが、これらが実際の運用段階に入り始めるタイミングになるので、それはそれで楽しみにしている。

実運用可能期間がどの程度の猶予として与えられるかは、まだ見えないところではあるけれど、それに関しては、それはそれで、また流れに委ねることになるのだろう。

一年の締めくくりと来年の抱負とするには漠然とした表現に終始したけれど、そういうことで。んじゃ。

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