モノカキの世界
※注:今回長いので飽きたら読み終わってくださいm(_ _)m
前のnoteにも書いたのだけど、中学の頃は本の虫だった。読む専門で、自分で何か文章を書くのは苦手だった。小学校の頃の読書感想文とかはひどい有様。中高の現代文の成績は良かったほうだったけど、好きではなかったし、特に勉強もしていなかった。
文章を書くということとは無縁、興味を持たないまま、20代になった。
さて、話が少しだけそれるけど、お付き合い願いたい。
学生時代にやっていたバンドは、メンバー全員同じ大学の学生だったってのもあり、みんな同じような生活リズムで活動していたので、わりとバイトはやりやすかった。夜勤やって、大学来て、サークルバンドとオリジナルバンドの練習して、また夜勤やって……。
週6,7夜勤とか夜勤から日勤通しとか(労働基準法とは……!?)やってたので、学生のバイトで毎月30万以上の収入があった(それに加えて奨学金が毎月5万あったのだけど、それでもギリ赤字かトントンぐらいだったので恐ろしい)。
卒業後、新たに結成したバンドをやっていた頃、僕はウェブ系のバイトをしていた。
昼間の仕事だったのだけど、学生時代のバンドとは違い色々な背景を持ったやつらで結成したバンドだったこともあり、それぞれ仕事の時間帯や休日などもまちまちだった。できる限り活動に支障がないようにと、その頃は昼の仕事は週4日ぐらいに抑えていた。
ただでさえ生活が苦しかったのに収入激減である。
どうしようか思案した結果、家で出来る仕事をネットで探すことにした。
今でこそ、ウェブ経由での仕事の受発注は珍しくもなく、そういうマッチングサイトは数多あるが、当時はそういったサイトは殆どなかったし、あったとしても、僕には仕事に繋がるようなスキルはなかった(ウェブ系の仕事といってもデザインもできなければ、プログラムが書けたわけでもない)ので同じことだったろう。
当時は、はたして出来る仕事があるのか!? という疑問に対するアンサーを探すところから始めたような気がする。
結果、副業でフリーライターをやることにした。文章を書くことにはなんの興味もなかったわけだけど、僕が家で出来そうな仕事がそれぐらいしか見つからなかったのだ。
はじめての仕事は、PCにインストールして使うツール系のソフトのレビューかなんかだったと思う。正直なめていた。だって、日本語じゃん? しゃべれるじゃん? 書けるじゃん? 本も雑誌も読んでるんだから、だいたい雰囲気分かるじゃん?
そんなわけで、はじめての仕事が受注できたときは、ホイホイこなしてメールでしかやり取りしたことのないクライアントさんに意気揚々と納品した。
そして僕は、返ってきたお返事に愕然とすることになる。
「老婆心ながら申し上げますが、最低限の知識は、ご自分で勉強なさってから仕事を引き受けられたほうが良いかと」
「老婆心ながら」という言葉が自分に向けられたことは後にも先にもこのときだけである。その厳しい言葉とともに、商業誌での文章の書き方の最低限のルールが添えられていた。
・「・・・」ではなく、三点リーダ2つ「……」
・「!」「?」など感嘆符の後に文章を続ける場合は、必ず全角スペースひとマス空ける
・見出しやキャプションの末尾に句点「。」は不要
・カギカッコ閉じるの前の句点は不要
・カギカッコ閉じるの最後に感嘆符を入れる場合はスペース不要
などなど。他にもいくつか教わったと思う。ここらへんは、今でもちゃんとした文章を書こうとしているときは意識しているところだ。商業誌に書くことはないので、気にしなくてもよいはずなのだが。三点リーダという言葉も、この時はじめて知った。
このクライアントさんはとても良い方で、結果として、その後も継続発注していただけた。もちろん、だいぶ安く買い叩かれたけども、未経験だし、そもそも自分で仕事量をコントロールし、好きな時間に出来るっていうことだけで、とてもありがたかった。
PCのソフトレビューから、着メロサイト(懐かしい……)の紹介、フリーゲーム(当時流行ってたインストールするタイプのもの)、オンラインゲーム(MMORPGとか)、ファミコン全作品紹介のムック本のレビューとかもやった。
しんどかったのは、フリーソフトやフリゲレビュー、着メロサイト紹介とかで、「テーマとページ数、ページのコマ割り、各コマの文字数、キャプションやスクショの位置」だけを指定されて、素材となるソフトやゲーム、サイト探し、製作者・サイト運営者への掲載許可取りから始まり、ゲームならある程度やり込んだ上でスクリーンショットの撮影まで、着メロサイトならどこのリンクからどう進んだらどこにどの曲が落ちてる……とかまで自分で探してみて、ようやくレビューを書くという段取りになるのだけど、これだけやって見開き1ページで最初は5000円とかだったこと。
ゲームをこんなに苦しみながらやったことは、後にも先にもなかったなぁと思う。ひどい時は5000円のために数日かかったりとかね。もちろん同時並行で他の記事の作業もしているのだけど(もはや文章を書くこと、ではなく作業がメインだった)。
やっている内に、ちょっとずつ認めて貰えるようになって良いこともあった。最終的に単価も倍になったし、ペンネーム付きで月刊誌に連載をもたせて貰えたりもした。数こなす内にダメ出しも徐々に減り、最低限納期だけは守っていたし、急な依頼にも出来る限り対応していたので信頼は得られたようだった。
途中、別のクライアントだったフリーライターの方のアシスタントとしても働いていた。その人が捌ききれない仕事をおすそ分けしてもらうのだ。その人とは実際に何度かお会いしたし、師匠と弟子みたいな感じで色々と教わった。
ぶっちゃけアダルト系の仕事が多かった。
その人からの教えで、印象に残っているのは、
「こういう系の文章書くときは、"体"ではなく"身体"という漢字を使ってね」
という言葉。なるほど、確かにエロさが違う……。
フリーライターは二年弱ぐらいの期間だっただろうか。苦しかったけど、自分が書いたものが商業誌に載っている、連載も持っているというのは、実に高揚感があり、いつの間にか文章を書くことが好きになっていた。
今でも何か文章を書いていると、それがビジネスであれ、プライベートであれ、熱中してしまう。だから長くなる。
今回もテーマがテーマだけに、例にもれず、とても長くなってるのだけど、ここでようやく本題。
モノカキ(物書き)と一口にいっても、小説家のように芸術として文章を書く人と、要点を分かりやすくまとめ、整理された文章を書くようなことを生業とする人では、情熱の向く方向が全く異なる。
今、僕は文章を書くことが好きだ。好きだけれども、好きなのは、文章を整理整頓する作業だったり、職業柄、読み手に隙きを見せない(ある意味リスクヘッジ満載な)文章を構築することだ。流れや構成を作ることだ。センテンスごとの作りとして美しい文章を書くことだ。言葉を組み立てることだ。
いわゆる芸術的な表現としての美しさではない。
小説を書くということへの憧れがないといえば嘘にはなるけれど、人にはそれぞれ役割分担、適材適所があるってもんだ。後にプロの小説家の方と懇意にさせていただいていた期間があって、その方の小説も何冊か読ませていただいたが、やはりモノが違う。身近な方の書いた作品で涙を流せたのも、とても素晴らしい体験だった。
ただ、後者の文章であっても、それは自分の子供であり、作品だ。ビジネスメールですらも、そう思えてしまう。なんだか不思議な感覚だけど僕の中ではそういう感じ。もしかしたら僕が異常なだけなのかもしれないが。
ちなみに、僕が熱中して書いた長い文章は、仕事上は長過ぎるとよく注意されるので、重要なビジネスの文章は、とりあえず一気に垂れ流しで書いた後、何度も推敲して余分なものを省く作業を繰り返しすることが多い。それこそ、十回、二十回と修正を繰り返すこともある。
ここはnoteなので、なが〜いまま垂れ流すので、これが僕のモノカキスキルではないということだけ……笑
最後に、その他、整える作業をする際に、注意してる点をざっと羅列して終わりにしたいと思う。ただの自己満note。もし誰かのなにかの役に立つことがあるのであれば、それはそれで嬉しく思う。
・一文に同じ助詞を2度以上使わない
・短い文章構成なら、一つの事象を伝えるのに同じ接続詞を2度以上使わない
・同じく、重複する意味の単語は言い換えたり削ったり、使わなくて良い構成に組み替える
・助詞とそれに続く熟語が丁寧語になる場合など、異なる単語でひらがなが続いて読みづらいと感じる場合は読点を入れる
※これはこれはご丁寧に ← 区切りが分からない
※これはこれは、ご丁寧に ← ひらがなを離すだけでスッと読める
・同じく異なる文章で漢字が続く場合も読点を入れて文節を分ける
※書いた後何度も ← ✗
※書いた後、何度も ← ○
・文節分けすぎに注意(熱中すると分けすぎがち)
・1文に丁寧語が続いて重たい場合は、丁寧語や文節自体を削ったり、単語の言い換えなども使用しつつ、軽くする
※ご指摘いただきましたご意見につきまして、後日ご返信差し上げたく存じますが、お客様におかれましても、お気づきの点がございましたら、ご遠慮無くご連絡いただけましたら幸いです。 ← 重すぎる
※ご指摘いただきました件につきまして、後日ご返信差し上げたく存じますが、お気づきの点がございましたら遠慮無くご連絡いただけましたら幸いです。 ← 丁寧さは残しつつ、軽めに。ってか例文がユーザーサポート笑
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