第二話 門出①
「三希様ーー!三希様ーーー!み・つ・き様!!どこですかーーー」
声変わりがようやく始まった少年の、かすれた声が思いきり叫ぶ声が野山に響き渡る。呼びかけに返事は無く助蔵は眉を一層たらし情け無い顔をした。
「早くしないと暗くなっちゃうじゃないか。帰れなくなっちゃうよー……もう、なんで三希様はいつも僕を置いてどこかへ行ってしまうんだ。付き人の役目、果たせないじゃないかぁ……」
心細さから目に涙が溜まる。歩みを進める気力は山道に削がれ、その場に座り込んでしまった。助蔵はこのまま屋敷に帰れず、獣に食われて一生を終えてしまうと考えたら涙がにじみ出てきた。
急に、顔の真横を何かが横切る。丁度目の前にあった木に細長いものが刺さる。
「ひぃぃいいいいいいいいいい……矢、矢がぁ……」
良く見ると、小指ほどの小さな矢に紙がくくりつけてあった。
”HA HA HA この泣き虫野郎が”
助蔵は矢が来た方向を思い切り向いた。そこにはお腹を抱えて大爆笑している三希の姿があった。助蔵は必死に袖で拭いて涙を隠し、三希に近づく。
「きゃはははは、ほんっと助蔵はアホだね。ずっと近くにいたのにどんだけ方向音痴なの」
「三希様!からかうのもいい加減にしてください」
「からかってませーん、あそんでるんですぅ」
「もっと性質が悪いです……」
「あーん、なんか言ったか?」
「いえ、なにも」
「よろしい。そんなに怖かったの?助蔵くーん。泣いちゃってさ」
「泣いてません!」
「ぷぷぷぷぷ」
顔を真っ赤にする助蔵の頬を三希は人差し指でつついた。
「そうそう、何度も言ってるでしょ。二人でいるときは”様”禁止、敬語も禁止!」
「そ、それはだめです」
「なんで」
「三希様の父上に……雲海様に殺されます」
「はぁ?あのクソ親父に助蔵を殺させなんかしないよ」
助蔵は山の空気が急に冷え込んだ気がした。三希に父、雲海の名は禁句。すっかり忘れて口に出した時には三希の機嫌は一気に悪くなり、気が済むまで八つ当たりを受ける。助蔵は思わず生唾を飲んだ。
「まあいいわ、その心配も全部明日から忘れられるか」
明日は4月1日。三希と助蔵は青龍学園忍科入学する。青龍学園は6歳から18歳まで小中高一貫の学校である。学科は忍科、占科などがあり、将来日本を影で支える特殊技能を持った生徒達が通う学校だ。三希は東雲家という歴史と由緒のある家系なので、12歳までは蜘蛛霧流のしきたり、忍術などを学びそのあと青龍学園へ編入する流れとなる。
「どれだけ強いやつがいるのか楽しみだわ。荷物の準備は済んだ?」
「大体は……あとは三希様の下着だけです。半分はスーツケースに入れたのですが全て入れると蜘蛛霧の里に戻られた時困るかなと思いまして……」
「はい、あんた今なんて言った?」
「え?ですから、下着を半分……」
「私の下着に触れたのかぁぁああああ」
「ひぃいいいいっ」
三希は少し顔を赤らめさせながらしれっと答える助蔵めがけて、袖の中にある隠し武器から小さな針を飛ばした。助蔵はギリギリのところで避け、針は真後ろの木に綺麗に刺さった。
しかし、三希の動きが少しばかり早く、助蔵の頬にかすり傷を作り血が少し滲んだ。
「あ、解毒しないと死んじゃうかも」
「へっ……」
「うっそー」
「もう、本当にからかうのはやめてください!」
「エロ魔人を退治したまでですぅー正当防衛ですぅー。罰として今日の夕飯の時、私と喋る時はタメ口、呼び捨で私と話をすること。もちろん父上の前で。いいね」
「…………」
「返事は?」
「はい…………」
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