第三話 門出②
———その日の晩、東雲家の食卓。
約30メートルも伸びている畳部屋に東雲家、蜘蛛霧衆幹部らが二人ずつ面と向かい合う様にずらりと並び、後ろには各人の付き人が一人ずつ座っている。普段以上に人口密度が高い上、おっさんだらけのこの空間に三希は既に息が詰まりそうになっていた。
入り口から奥に行く程、蜘蛛霧衆の中で地位が高く、再奥である上座には当主である三希の父、東雲雲海が袴姿で堂々と立ち上がる。
「本日は三希の青龍学園入学祝いにお集まりいただき誠に感謝する」
近くに控えていた使いの者達が手際よくお酒を注いだ。雲海の杯には三希の母である楓が注ぎ、三希には助蔵が慣れない手つきで杯を注ぐ。
「それでは、乾杯」
蜘蛛霧衆一同は静かに杯を上にあげそれを一気に飲み干した。そのあとは続々と雲海のもとにお酌をし、それぞれ祝いの言葉を三希に述べた。
三希は、一族達の代わり映えの無い言葉達に対し笑顔を作るが、とても退屈で早く部屋に帰りたいと思った。箸休めで鯛の煮付け、お味噌汁、漬物、ご飯、きんぴらごぼうなどが並ぶ食卓に目をやるが、心底ため息をつく。後ろを振り向くと、助蔵はご飯を片手に黙々ときゅうりの漬物を食べていた。付き人のご飯は本家に比べてとても質素で、メインの魚はアジの開きだ。
「助蔵、にんじん嫌いだったわよね。あげる」
「…………」
助蔵は思った。こんな厳粛な場で三希様に馴れ馴れしく喋れるわけが無いと。
三希は細く刻まれたきんぴらごぼうに入っているにんじんを器用に助蔵の皿へ持っていく。助蔵は「やめてください」と言いたいのだが喋ると「タメ口・呼び捨て」をやれと三希様に怒られ、かといって蜘蛛霧衆の幹部達、ましてや雲海様の前で、それをすればどんな罰が下るか恐ろしく、考えた末、助蔵は結局、食事中は黙ろうという結論に至ったのだ。
三希はそれが面白くなく、ひたすら助蔵に嫌がらせをし続けた。
「すけぞうー好き嫌いしちゃだめだよ」
「…………」
「ちゃんと口に入れなきゃ、私が入れてあげる」
「…………」
「もうなんか言いなさいよ。つねるよ」
「っ…………」
「ちっ……さては助蔵、今日話さないつもりだな」
「…………」
「つまんない。部屋に帰ろうかな」
「…………」
「はぁ、もう分かったよ。明日からでいいから、喋りなよ。退屈で仕方が無い」
「本当ですか?」
「はいひっかっかったー!敬語だめよ、タメ口ね」
「…………」
「ごめん、助蔵。冗談冗談」
「ふぅ……そろそろ怒りますよ」
「そう言って怒ったの、過去あったっけ?」
三希は無邪気に笑った。助蔵はつられて笑いそうになったがさっきまでの三希の行いを振り返り、必死に笑うまいと我慢した。
「あれー助蔵、怒ってる?」
「当たり前です」
助蔵は三希から思い切り顔をそらした。でもなんだかんだ言って助蔵は三希に甘いのだ。それは、幼い時に両親を亡くし雲海に引き取られた助蔵は、同い年の三希とまるで幼馴染のように東雲家の屋敷で過ごしたからだ。
そのため、もちろん雲海が三希に可愛がっていたポチをわざと殺させた事も知っている。
"いずれ人を殺すための訓練"と助蔵は雲海から説明を受けていた。
しかし、その度に実の父へ恨みを積み重ねていく三希や、恨まれると分かりつつもあえて厳しくする雲海を見て、助蔵はとても心が苦しかったが、付き人はただ見守るしかないのだ。
東雲家の宴会は夜更けまで続いたが、三希は切りの良いところで早々に助蔵と一緒に抜け出し自室でつかの間の休息を取った。
第四話 門出③へ続く
画像:フリー写真素材ぱくたそ
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