第十四話 回り道の近道
伊賀晃は男子寮から見えないくらい遠ざかった場所で古い小屋の付近で立ち止まった。
私は大小様々石が足裏を刺激するのを感じ、靴でそれをどかした。伊賀晃がきょろきょろと周りを見渡している。
足裏の痛みが無くなると、今度は固く握られた手がきしみ始めた。
「伊賀晃、そろそろ離してくれないか」
「ああ、すまん」
伊賀晃は握りしめていた私の手を離した。赤くジンジンと余韻が残っている。
何か言いたそうな彼の顔を見て、もどかしく思い私は整地した地面に膝をつこうとしたら慌てた顔でそれを阻止された。
「なぜ止める」
「俺は弟子を取る気はない」
はっきりと伊賀晃は言ったが、私が何度も頼んでいるのに聞いてくれないのか理解ができないと思った。
「不服そうな様だが無理なものは無理だ」
「そうか……」
「お、ようやく分かって…」
「じゃあ承諾してくれるまでお願いするだけだ」
伊賀晃は肩を大きく落とし、その場でしゃがみ込んだ。「どうしたら分かってくれるのかな」と小さく呟く声が聞こえる。
先ほど教室で見せてくれた逃げ出す気も起きない程一瞬の、命を失いそうになる殺気。そして確かな殺しの技術。
全身が震えた。ぞくぞくした。心臓を鷲掴みにされるあの感覚をもう一度体験したい。自分のものにしたい。
その欲望一身で弟子入りに志願した。それなのに、なぜ?
私は昔、白にぃに言われた事を思い出していた。
それは確か5歳くらいのことだ。私が大好きで誕生日やクリスマスに母上や祖母上におねだりしてこつこつ集めていたシルバニアファミリーの人形達。父上に見つかるまいと厳重にケースに入れ、鍵を掛け、押し入れの奥にしまっていた。
友達がいない寂しさを人形で紛らわしていた。
しかし、ポチを自分の手で殺してしまった後、打ちひしがれて部屋にこもり、修行もせずにいたらある日、ケースごと人形や家具セットが全て無くなっていた。
使用人に口を割らせたら父上の命令で燃やしたと話した。渇ききった目から涙すら出ず、ナイフを持ち父上のところへ行く途中。白にぃに呼び止められた。
「ミツキ、雲海様を刺しに行くのかい?」
「うん」
「そうか。そうしたところで、何か得るものはあるのかな」
「わかんない」
「それならぼくはおすすめしない」
「なんで?」
「詳しくは説明が難しいけど、君はきっと後悔すると思うんだ」
「そんなの、やってみないと分からないじゃない」
「分かるよ。僕はずっと君を見てきたから」
「そうなのかな……じゃあ、このナイフはどうすればいい?」
「一旦、自分の高ぶる気持ちは横において、落ち着いたら素振りでもすればいいんじゃないかな」
「落ち着かなかったら?」
「落ち着くさ、君はきっと」
白にぃの言う通り、しばらくナイフを横に置き、縁側から庭を眺めていたら父上を刺しに行くという気持ちはどこかへ消えていた。そして、素振りをしていた。白にぃは部屋から終わるまでずっと眺めていたのだ。
私は感情を一旦隅に置き、伊賀晃にこのまま弟子入りを志願し続けていて叶うのだろうかと冷静に考えてみた。
多分、難しい。私の結論はこれだ。じゃあどうする?
「伊賀晃、もう弟子入りのお願いはしない」
「そうか、それなら…」
「その代わり一つ頼みたいことがある」
「お、おう。なんだ」
弛みかかっていた伊賀晃の顔が再び引き締まる。
「放課後、いや、空いている時で良い。一後輩として相談に乗って欲しい」
「相談か……まあ、その程度なら。もちろん家業がある日は無理だが」
ぽりぽりと気恥ずかしそうに頬を掻く伊賀晃。私は嬉しくて思わず彼の手を取っていた。
「良かった!もちろんそれで構わない」
思わず子供の様に小さく「やった」と笑ってしまったのですぐに彼に見られない様後ろを向いた。
私は決めていたのだ。この青龍学園に入学してからは全てが敵。本当の自分をさらけ出すなんてもっての外だと。
伊賀晃が心配そうに顔を覗き込んできたが、私は問題ないそぶりを見せた。
「明日からよろしくな、伊賀晃」
「ああ、東雲三希」
つまらないと思っていた学園生活に少し光が見えたと私は思った。
第十五話へ続く / この話のもくじ
画像:フリー写真素材ぱくたそ
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